無自覚な覚醒 水分子と境界
「ククククク。凍らせた勢いで砕くつもりだったのだが……。もう一押しが足りなかったか……。どうだ、身動きできまい? いや、ここまで氷漬けにしたのだ。既に死んだか? だが、念には念をだ」
シェディムは右手を握り締めると、魔理沙に向けて打ち放とうとする。
「これで終わりだ!」
シェディムの拳が魔理沙に到達せんとする瞬間だった。
「な、なんだ!? ぐあぁあああああああああああああああ!?」
突然絶叫するシェディム。無理もなかった。彼女の右拳はレーザーで消し飛んでしまっていたのだから。攻撃したのは霧雨魔理沙。氷漬けにされた彼女の腕部分だけが既に溶け、手に持つミニ八卦炉から微かな煙が上がっていた。レーザーを出した痕跡である。次第に腕部分以外の体全体も溶けだし、魔理沙は氷漬けの状態から解放されていった。
「ば、ばかな。完全に凍っていたはずだ!? 少なくとも仮死状態になるくらいには……! なぜ動けている!?」
「さあな」
シェディムの問いに短く答えながら、魔理沙は箒をブンと振り、溶けた水滴を払い飛ばした。
「ふざけるな。この世界には存在しない低温にさえ達することもある私の炎が効かないわけがない。何のからくりを使っている!?」
「種も仕掛けもないんだぜ? 気付いたら溶けてたんだ。案外お前の術、大したことないんじゃないか?」
「戯言を抜かすな……! 調べてやる。お前が私の炎から助かったマジックの正体をな!」
シェディムは再び、青い炎を繰り出した。空気中の水蒸気が次々と凍っていく。その冷気は魔理沙に届き、また魔理沙の体を氷漬けにする……はずだった。
「な、なに!?」
シェディムが驚嘆の声を上げる。間違いなく、凍てつく炎の影響下に入ったはずの魔理沙に何の変化も生じないからだ。
「なぜだ、なぜ凍らない!? ……はっ! 小娘、お前……!」
シェディムは気付く。魔理沙の周囲にある『水分子』がおかしな挙動を起こしていることに……。真四元素をこの世界に顕現させることのできるシェディムだからこそ気付けた細かな事象。絶対零度をも下回るシェディムの炎を受けてなお、魔理沙の『効力範囲内』にある水分子はその振動を止めることなく、むしろより活発に振動し、水蒸気の状態を維持し続けていた。
「ミクロの現象にまで手を出せる力量がお前にあるというのか……? いや、それならば、私の『吸気』にも対応できたはず……。……水分子限定の能力ということか……!」
「何をブツブツ言ってるんだぜ?」と魔理沙は問う。
「……自覚がない、というわけか? ……ふざけた小娘だ。凍てつく炎が効かぬのならば、吸気だけで対応してやるまでのこと……!」
シェディムは失った右手部分に魔力を込める。すると、みるみるうちに再生されていった。
「ホント、仰天能力を持ってる奴らばっかりなんだぜ、お前らは……」
魔理沙が呆れる中、シェディムは風を起こそうと、右手を高々と掲げる。
「こちらに引き寄せた勢いのまま、殴りつけてやる……! 『因子』に覚醒しつつあるとは言え、所詮は人間。死ぬまで攻撃してやろう!」
「へん! 何度も同じ手にかかってやるもんか。……この時を待ってたんだぜ?」
「なんだと!?」
魔理沙は素早く、レーザー魔法をシェディムが掲げる右手向かって射出した。得意のマスタースパークに威力は及ばないが、その代わりにスピードが増した細く短いレーザー。剣士の居合い抜き、あるいはガンマンの早撃ちのような要領で放たれたそのレーザーはシェディムの右手に直撃し、再び消失させることに成功する。シェディムは苦悶の表情を浮かべ、右手があった場所を痛々しそうな様子で抑えた。鬼の形相で魔理沙を睨みつけながら……。
「ぐぅうううううう!?」と唸り声を上げるシェディムに魔理沙は得意気な表情を浮かべていた。
「やっぱり思った通りだな。この世界に真四元素とやらを顕現させるときに体の一部も具現化しないといけないらしいな。そこを狙わせてもらったぜ……!」
「ば、バカな。そんなハズは……!?」
そこまで言葉を漏らして、シェディムは閉口する。魔理沙の見当が外れていることはシェディムの方が、よくわかっているからだ。わざわざその情報を敵である魔理沙に伝える必要もない。
……シェディムは右手を具現化などしていない。一手前の攻撃で凍てつく炎拳を魔理沙に吹き飛ばされたのは、彼女の言うとおり、右手を具現化していたからだ。凍らせた勢いのまま砕くつもりだったからである。だが、今の攻撃ではシェディムは風を起こしただけで自身の身体を具現化させてなどいなかった。
(どういうことだ!? 私は自身の身体をこの世界に実体化させてなどいない……! なぜ、アイツの攻撃が私に当たったのだ……!?)
シェディムは心の内で分析する。……すぐに思い当たった。自身の真四元素に干渉できる『人間たち』がいたことを……。一人は他でもないお母様『テネブリス』、そして残り二人はそのお母様が『最高傑作』を生みだすために使用した人間たちだった。
(……リサやマリーと同じ能力にも目覚めつつあるということか……! 小娘ぇええ!!)
シェディムが魔理沙に感じ取ったのはリサとマリー、そして八雲紫も持つ『境界』に関係する能力。シェディムは確信する。魔理沙が四元素の世界と真四元素の世界の境界を曖昧にしているのだと。
「創造神が創った境界線をも曖昧にしようというのか、愚かな人間め……!」
「一体何の話なんだぜ?」
「やはり、まだ無自覚か……。……ならば、何も知らぬまま殺すまで! ……『物性反転』……!」
シェディムの赤みがかっていた肌が青みがかった肌へと変貌する。
「また変身か?」
「……貴様に私の真四元素の炎は効かないようだからな。我が操る真四元素を四元素に変換し、貴様に喰らわせてやる。火炎旋風を……!」
シェディムは魔理沙の問いにそう答えた。それを聞いた魔理沙は不敵に笑う。
「単純な力比べってわけか? 望むところなんだぜ!」
魔理沙はミニ八卦炉を構える。特大のマスタースパークを撃ち放つために。
「……喰らわしてやるぞ。私の真四元素と四元素の力を全て合わせた全身全霊の一撃を……!」
「なんだ、なんだ。結構熱いヤツじゃないか。嫌いじゃないんだぜ?」
「貴様に好かれても嬉しくはないな。……右手に炎を左手に風を……喰らえ……!」
シェディムは渦を巻く炎を射出した。竜巻に火炎を帯びさせた激しい熱風が一直線に魔理沙に向かう……!
「正面から撃ち抜いてやるんだぜ! ……マスタースパァアアアアアク!!」
魔理沙の八卦炉から放たれた超巨大ビーム攻撃がシェディムの火炎旋風と激突する。
「……凄い炎だ。きっと、ちょっと前の私だったら敵わなかったに違いないぜ。輝夜姫に感謝しなくちゃいけないな」
魔理沙は炎とビームが拮抗する状況で独り言を漏らしていた。そして、独り言を終えると、更なる魔力をマスタースパークに注ぎ込んだ。
「……そういや、あのお母様とやらに言われてたな。私のマスタースパークには『密度』がないって……。……これならどうだ、クソババァ!」
魔理沙に魔力を追加されたマスタースパークはその密度を高め、更なる威力を得る。かつて、お母様『テネブリス』が霊夢の胸に風穴を空けた直径5センチ程度の『細い』ビーム攻撃と同等の密度を持った『極太』レーザーが火炎旋風を突破する。
「そ、そんな。お母様が造った最初のドーターである私の出力を上回るなんて……。人間め……。人間め。人間め! 人間めぇええええええええええええええええええ!?」
人間を連呼するシェディムをマスタースパークが飲み込んだ。具現化していたシェディムの体は真っ黒こげに変色し、十分に離れていたはずのテネブリスの足元にまで吹き飛ばされたのである。
「そうか。シェディムをも越えうるか、小娘。……いや、霧雨魔理沙」
老婆テネブリスは、ギリと歯を軋ませるのであった。