死の声は五月蠅い
「ふむ。やはり生きておったか。境界を操る妖怪よ」
魔女集団『ルークス』のリーダーである老婆『テネブリス』はにやりと八雲紫に笑みを向ける。
「おかげさまでね」
紫は不愉快そうに眉間に皺を寄せ、老婆に答えた。
「貴様がリサの娘とともに姿を現してくれたのは好都合じゃ。その娘はもはや邪魔でしかないからのう。まとめて始末してくれようぞ?」
「……そう簡単にはやられないわよ?」
「くくく。そう強がるでない。お主も解っておるじゃろう? 貴様とワシとではその実力に天地の差があることを……」
「……そうかもね」
「くく。お前が大事そうにしていたあの黒髪の巫女は死んだか? いや、正確にはあの巫女の中にいる者、か……」
「貴方、あの子の中にいることを見抜いていたのね」
「当たり前じゃろう? 何年魔女をやっていると思っておるんじゃ? ……アレが中にいなければ、ワシが遅れを取り、腕を切られることもなかったわい。……あの巫女も生かしておけばワシの邪魔になるじゃろう。喜ぶがいい。すぐにお主の後を追わせてやるぞ?」
「悪いけど、貴方の思い通りになるほど、この幻想郷はやわじゃないの。やられるのは貴方のほうよ!」
「くく……。強がりおって……。……マリー、シェディム。相手をしてやれ。ワシは準備をしないといけないからのう……」
テネブリスは人里の中心部に降り立つと、魔法陣を展開する。
「何をするつもりなんだぜ!? ……やらせるか!」
魔理沙は咄嗟に星型の魔法をテネブリスに向けて射出する。しかし、それをシェディムの三天使の一人、『セノイ』が体で受け止める。受け止められた星はセノイの体に触れた途端、霧散するようにかき消されてしまった。
「お母様の邪魔はさせんぞ? 人間よ!」
原始的な獣の皮でできた服を着たシェディムが長い黒髪を揺らして魔理沙に話かける。
「くっ……。……まるでお前が人間じゃないかのような言い方なんだぜ」
「そのとおりだ。私は人間ではない。私はお母様に造られた天使であり、精霊であり、悪霊であり、神でもある」
「こりゃまた、とんでもないこと言うやつなんだぜ。頭でも打ってんのか?」
「くく……。お前は私を神でないと言うつもりか? ならば、お前にとって私は悪霊だ……!」
「……意味わからないこと言いやがって……! どうせ、あの婆さんがやることなんて碌でもないに違いないんだぜ。お前もろともやっつけてやるんだぜ!」
「出来るものなら、やってみるがいい……!」
魔理沙とシェディムがいがみ合う横で、紫とマリーもまた、対峙していた。
「…………」
無言のマリーに紫は言葉を投げかけた。
「……いつまで、あのお婆さんの肩を持つつもりなのかしら? 貴方はこの魔女集団の中で一番まともだと思っていたのだけれど」
「……ごめんなさいね。私は臆病なの。まだお母様に逆らうわけにはいかない」
「この後に及んで、まだ自分の身がかわいいってわけかしら? ……その行為は貴方の妹と魔理沙への裏切りではないのかしら?」
「痛いところを突いてくるわね」
「……貴方の本心がどうであれ、幻想郷を危機に晒すというならば、容赦はしないわ。死んでもらう。……あの子の血縁を殺すのは忍びないのだけれど……」
「私もまだ殺されるわけにはいかない。悪いけど、倒させてもらうわ。全てを受け入れる幻想郷の賢者どの!」
マリーは暗黒の球体を生み出すと、紫に向けて射出する。紫はそれをスキマで吸い込もうとした。球体とスキマが重なった瞬間、二つは黒光りの稲妻を発しながら相殺する。
マリーと紫はともに確信する。
「やはり貴方も……!」
二人は声を合わせて同じ言の葉を繰り出すのだった。
魔理沙はシェディムとその配下である三天使と向き合っていた。
「気持ち悪い造形なんだぜ。像が無理やり命を吹き込まれて動かされているみたいなんだぜ」
魔理沙は三天使の姿をそう形容した。
「ほう。鋭いな」とシェディムが返す。
「なんだって?」
「この三天使はお前の言う通り、無理やり命を紡いでいるのだ。それもこれも全てはお母様に逆らった罰……」
「……罰?」
「そうだ。この三天使は『闇の神』に促されるままにお母様の『大事なもの』を奪うことに加担したのだ。お母様は激怒され、この三天使を生きたまま、石像にされたのだ。死すらも生ぬるいということであろう。そして、この三天使を『最初のドーター』である私に託してくださったのだ」
「……元はこの三人、生身だったってわけか。何を取られたか知らないが……、えげつないことをする婆さんなんだぜ……」
「果たしてそうかな?」
シェディムは首を傾げて続ける。
「私から見れば……、闇の神の方がよほどえげつなく、悪に満ちていたと思うがね」
「冗談も大概にするんだぜ? 母さんの人生を無茶苦茶にしておいて……」
「ふん。貴様ら人間がどのような仕打ちを受けたとて、お母様に盾突くのは筋違いだ……!」
シェディムは魔理沙にそう言うと、三天使たちに命令を告げる。
「セノイ、サンセノイ、セマンゲロフ。この未熟な魔女に『死の声』を……!」
シェディムに命ぜられ、三天使は口を開く。三人の天使たちの声は共鳴し、魔理沙へと向かう。
「ふふふふふ。死の声は対人間に造られた音響魔法……。人間どもを守るために生み出された天使がこれを使わせられることほど、苦しい罰はあるまい」
シェディムは三天使の顔を見ながら邪悪に顔を歪めた。もっとも石像のような三天使たちからは表情を読み取れず、苦しんでいるかは不明だが。
死の声は、レミリアがカストラートから受けた攻撃と似たものである。その音は対象者の脳に直接響き渡り、内部から脳を破壊する。
勝利を確信したシェディムは魔理沙の表情を確認する。きっと大層苦しそうな死に顔を浮かべているに違いない、と。しかし、シェディムの予想は当然のごとく裏切られることになった。
「な、なに……?」
シェディムは唖然として口を開けっぱなしにする。
「おいおいおいおい。なんて五月蠅い声なんだぜ?」
魔理沙は耳を押さえて不快そうな表情を浮かべてはいるが、シェディムの予想する『死んでしまいそうな苦悶の表情』は一切浮かべていなかった。
「ばかな……!? なぜ生きている!? 死の声を喰らっているはずなのに……!? ……そうか。そうだったな。お前もマリーやリサと同じというわけか」
「あん? 何て言ったんだ? うるさくて聞こえないんだぜ!」
「ふん」
シェディムが合図を送ると、三天使たちは死の声を止める。
「騒音はもう終わりか?」
「……血に救われたか。幸運なヤツだ。感謝しろ? お前が死の声を受けても生きていられるのはお母様のおかげなのだからな!」
「あの婆さんのおかげ? 感謝しろだって? 冗談も大概にするんだぜ!」
「何も知らぬ愚か者め……!」
「……私はあの婆さんに用があるんだ。さっさと倒させてもらうぜ?」
「幸運に恵まれ、猿から進化した人間ごときが……。格の違いを見せてやろう……!」
シェディムは魔理沙を見下しながら、笑うのだった。