三天使
――人里――
晴天の空に太陽が浮かんでいた。いつものように平和な人里で、人々は普段の営みを送っている。今日も日が暮れるまで子供たちは遊び、大人は仕事をして夕暮れを迎える。と誰もが思っていた。
異常が起きたのはお昼を過ぎた頃だった……。それまで人里を照らしてくれていた太陽を隠すように巨大な黒い球体が人里上空に現れたのである。
里の人々は『なんだ、なんだ?』と口にして、空を見上げる。しばらくすると、黒い球体から黒白の魔女たちが集団で姿を現した。
「……ふむ。事前調査のとおり、やはりこの人里がコミュニティ最大の運脈のようじゃな。……本音を言えば、もう少し『始まりの地』に近い量の運があればよかったのじゃが……。それは望みすぎというものじゃろうな」
魔女たちの中で一際オーラを放つ老婆が不満を漏らす。
「さて、まずは異物を排除しなくてはならんのう。無駄に運を使っているこの人間どもを屠らねば……。……シェディム」
「はっ」と、シェディムと呼ばれた魔女は老婆『テネブリス』に畏まる。
「この里の人間どもを一人残らず始末するのじゃ。人間は妖精や付喪神を無意識に造り出す。運の無駄遣いじゃからのう」
「承知いたしました」
シェディムは杖を天に掲げると、魔力を込め始めた。シェディムの周囲に3つの六芒星に似た魔法陣が輝きながら、浮かび上がる。
3つの六芒星のそれぞれから真っ白な翼を背中に生やした『天使』が召喚された。天使たちは全て真っ白な体をしていた。その姿はさながら、ミロのヴィーナスのような質感を思わせる。大理石でできた人形が動いているような感覚だ。シェディムは3人の天使に命を下す。
「『セノイ』、『サンセノイ』、『セマンゲロフ』……。『お母様』の命である。ここにいる人間どもを始末せよ。案ずることはない。どうせ、信仰心のない者どもだ。お前たちの『護符』を身に着けた人間などいないだろう。躊躇なく殺すが良い……!」
「キィィィィイイイイイ」という手入れのされていない自転車のブレーキ音。それを何倍にも大きくした甲高い不快な奇声を放ちながら、3人の天使たちはゆっくりと移動を開始した。
里の住人たちは、耳をつんざく音に思わずしゃがみ込み、動けなくなってしまった。
「ううぅうう!? 頭が割れそうじゃ……! 一体何事が起っとるんじゃ……!?」
人里の老人の一人が思わず口を開く。他の里の人々も突然の異常に困惑した表情と言葉を紡いでいた。
「……相変わらず、この三天使の声は頭に響くのう。対始祖にチューニングしたものとはいえ、ワシにも少なからず影響がある。この声を聴くたびに思い出し、不快な気分になるのう。『闇の神』に対する憎悪が募るわ……」
テネブリスが何かを想起しながら、三天使の姿を見やる。
シェディムは声を大にして天使たちに指示を出した。
「天使共、時間をかける必要はない。『死の声』の出力を最大限にしろ。一瞬でこの人間どもを根絶やしにしてやれ。それがお母様の望みである……!」
天使たちは一斉に声を大きくした。里の人間たちは頭を抱え、より一層苦しみ出す。
「随分と惨いことをしようとしてるわね」
魔女集団たちの耳に妖艶な声が届いた。すると、無数のスキマが人里に現れる。スキマは人里の人間を吸い込み、どこかへ連れて行ってしまった。
「……人間どもが消えた……? まるでマリーの空間移動の魔法のような……」
シェディムが驚いている中、魔女集団の前にスキマが開く。中から現れたのは幻想郷の大賢者『八雲紫』と『霧雨魔理沙』であった。
「人里の人間に手を出すのは、この幻想郷で最も大きな罪。覚悟することね。お婆さん」
八雲紫は扇子の先端をテネブリスに向ける。
「ふむ。存外早いお出ましじゃったのう。……リサの娘も一緒か。丁度いい。血に目覚めつつあるその娘は我が計画に邪魔じゃ。ここで殺してくれよう」
くっくっと笑うテネブリスに霧雨魔理沙は宣言した。
「……母さんと霊夢だけじゃ飽き足らず人里のみんなにも手を出すなんてな。……お前ら全員私が退治してやるぜ!」
……こうして、幻想郷と魔女集団の最終決戦の火蓋が切って落とされたのだった。