意固地
――妖怪の山――
因幡てゐと鈴仙・優曇華院・イナバは兎らしく山を駆けていた。魔理沙が紫と共に永遠亭を去ったと同時に、てゐが鈴仙を連れ出したのである。
「ちょっと、てゐ。もう少し抑えて走ってよね。私、頭がズキズキしてんの! まだ義耳を壊された傷が癒えてないんだから!」
「私だって、イワナガ姫に傷つけられたお腹は治ってないよ! 若いんだから我慢しな!」
「……本当に無茶言ってくれるわよ、兎の長老様は! ……ところで、何しに妖怪の山に来たわけ? まだ聞かされてないんだけど」
「……ベストを望むのが難しくなったからね。ベターの方法を試そうと思ってさ」
「ベター?」
そうこうしている内に二人は山肌が荒れた場所に到着した。足元は洪水でも起こったのではないかというくらいに水でぐちゃぐちゃになっている。鈴仙は思わず首を傾げる。
「おかしいわね。たしか、ここって湖か何かがなかったっけ? 私の記憶違い?」
「記憶違いじゃないよ。ここにはたしかに湖があった。そこそこ大きい龍穴の上にね。……件の魔女集団の一角と新入りの神どもの秘蔵っ子が戦闘した時になくなってしまったらしい」
「……なんでそんなこと知ってんのよ?」
「天狗の情報屋に聞いたのさ。ちょいとこれを積んでね」
因幡てゐは手でお金のハンドサインを作ってお道化て見せた。どうやら、金を払って天狗から、東風谷早苗とインドラが戦闘していたことなどを聞いたらしい。
「そういえば、今日は妖怪の山に入ったってのに白狼天狗どもが姿を現してないわね……」
鈴仙は眼と波長を使って辺りを探索する。しかし、白狼天狗の姿も鴉天狗の姿も見当たらない。
「ちょいと入らせてもらうよって。予めお願いしたからね。……それに、天狗側も今は私に構っていられない様子だったよ。弱みを見せない奴らだから口にはしていなかったが、魔女集団のやつらにやられて結構被害が出てるらしい。仲間の治療に専念したいんだろうさ」
「ふーん。天狗たちもやられてるのね……。ま、本来なら私たち二人も仲間の兎たちの介抱を続けるべきだと思うんだけど? それをほっぽり出してまで、ここに何しに来たわけよ?」
「……人間レーダー、もとい兎レーダーの鈴仙でも気付かないか。そこに虹色に光る勾玉があるだろう?」
てゐが指さした方に鈴仙は視線を向け、目を細めた。確かに虹色に光る勾玉がそこにはあった。
「……なによこれ?」
「伊弉諾物質……。その加工品さ」
「……伊弉諾物質?」
「太古の昔に神が国造りするときに用いたものさ。これはその残骸を使って造られたんだろう。残骸と言っても、人間が創るどんな物質よりも万能さ。……これが幻想郷じゅうの龍穴に配置されてしまっている。このままじゃ、奴らに根こそぎ運を取られてしまう。そこで、だ。本当は能力に目覚めた霧雨魔理沙に除去をお願いしたかったんだが……。思ったよりも早く、ルークス(あいつら)が動き始めてしまったからね。代わりに鈴仙に除去してもらおうってわけさ」
「……私はあの人間のスペア扱いってわけ?」
「機嫌を損ねるなよ。魔理沙が使えないときはお前しかいないと思ってたんだから」
「そ、そう。ふふん。ま、いいわ。私じゃないと無理そうなら仕方ない」
てゐのわかりやすいよいしょにすら気付かず、鼻を高くする鈴仙を見ててゐは『扱いやすい子供だなぁ』と苦笑していた。鈴仙はその苦笑にも気付かず、伊弉諾物質に手を伸ばす。
「……私の能力を持ってしても波長が捉えられない。一体どんな結界で守られてるのよ?」
鈴仙が解析しようと、波長を確認したときだった。バチっという音とともに、鈴仙の体が弾き飛ばされる。
「きゃっ!」という悲鳴を上げながら尻もちをついた。
「な、なによ一体!? 解析すらできないなんて!? ……やってくれるじゃない。その結界、波長を変えて壊してやるわ!」
意固地になった鈴仙は再び伊弉諾物質に張られた結界を解除しようと試みるが……。
「ああぁああぁ!?」
バチバチバチッという音とともに、雷に打たれたような衝撃が鈴仙を襲う。気付けば、鈴仙の波長を操る程度の能力に不可欠な義耳が片方壊れてしまっていた。
「そ、そんな。また義耳が……。お師匠様に叱られるぅ……」
耳が壊されたことで落ち着きを取り戻したかと思うのも束の間、永琳に叱られることを妄想した鈴仙はすぐにブルーになってしまった。
そんな鈴仙の姿を見て、てゐは『情緒の激しいやつだなぁ』と、まだまだ未熟な鈴仙を老婆的な心持ちで見守る。
「やれやれ。敵もさるもの引っ掻くもの。血は争えないか。いや、この場合は血でしか争えないと言うべきかね。ありがと、鈴仙。こいつはやっぱり魔理沙じゃないとだめだったみたいだ。いや、魔理沙でも無理かもね。術者を倒さねばいけないようだ」
「悔しィいいいいいいいいいい!」
鈴仙は片方だけになった耳をしおしおと萎れさせる。
「どうやらベターにも出来ないらしい。でも、最低限は確保した。あとはお前ら次第だよ、人間の少女たち……」
因幡てゐは、策が上手くいかなかったにも関わらず、何故か穏やかな表情で空を見上げていた。