張れ命
「……人里を明け渡すわけにはいかない。……八意永琳。貴方に博麗の魂、任せるわよ?」
紫は抱き上げた宇佐見菫子を永琳に預ける。
「……賢者殿は私に何をしろっていうのかしら?」
「……わかっているでしょう? ……もし、霊夢が死ぬようなことになったときは……、陰陽玉をこの菫子に移植してちょうだい。もちろん失敗は許さない」
「まったく、とんでもない案件を任されてしまったものね」
八意永琳はふぅと溜息を吐き、「……人里に向かうのね?」と紫に問うた。
「当然よ。人里を渡すわけにはいかない。あそこは幻想郷最大の龍穴がある場所だもの」
「……最大の龍穴……!? 人里にそんなのがあるのかよ!?」
紫の言葉に魔理沙が声を大にする。
「…………」
紫は一時の沈黙を守った後に、口を開く。
「ここまで首を突っ込んでいるのだから、今さら隠す必要もないわね。……そうよ。人里には最大の龍穴が存在する」
「……そんなバカな、なんだぜ。そりゃ私だって、龍穴なんて運が噴き出す場を知ったのは、ここでてゐに会ってからだけど……。さすがにそんな大仰なモンが人里にあったら、気付いてるはずなんだぜ……!?」
「……気付かないのも無理ないわ。人里の龍穴は有力な名家たちに封印させている。あなたの知っている範囲でいうなら……、稗田家にもその使命を与えた。……もっとも、『私たち』が龍穴を封印しているのは、運を噴き出させないため、というわけではない。もっと大事なものを失わないため……。そもそも、運にここまでの価値があると知ったのは、私も今回の異変でのこと……。……迂闊だったわ」
「稗田……。あのでっかいお屋敷か。たしか、あそこは私と同じくらいの娘が当主を務めているんだっけ……? たしか名前は阿求とかいうはずだぜ……」
「……とにかく、私は人里を……、幻想郷を守りに行くわ……。やつらが表立って人里に足を運んだのは、幻想郷最大の龍穴があることに気付いているからに違いないもの」
「……私も行かせてもらうぜ」
魔理沙は決意に満ちた表情を紫に向ける。
「……止めてもどうせ来るのでしょう? ……死ぬ覚悟があるのなら、人里に来なさい」
紫は思う。たしかに不安定とはいえ、血に目覚めつつある魔理沙ならば……、魔女集団ルークスにいるもう一人の正統血統であるマリーにも対抗できるかもしれない、と。本ねを言えば、宇佐見と同じく特殊な血縁をルーツに持つであろう魔理沙を失うことは避けたい紫だが、龍穴を奪われ、幻想郷自体が消滅するかもしれない緊急事態にそんな悠長なことは言っていられないと紫は判断する。
紫は言い終わると、スキマを展開し、中へと入る。
「特別に連れて行ってあげるわ。早く来なさい」
スキマの向こうから紫が魔理沙に声をかける。魔理沙がスキマの中へ入ろうといた時だった。
「……魔理沙」
野太い男の声が魔理沙を引き止める。声の主は魔理沙の父親だった。
「……なんだよ、親父。止められても私は行くぜ?」
「……止めやしねぇさ。さっきのお姫様みてぇなヤツとお前との戦いを見れば、もう、俺の力じゃ止められそうにねえからな」
魔理沙の父、霧雨はふっと息を吐く。
「見てたのかよ、親父」
「ああ。……情けねぇ話だ。自慢の腕っぷしも妖術やら魔法とやらの前じゃとても通用しそうにねぇ。見届けるのが精一杯だった。……だが勘違いすんなよ。まだ、お前の魔法使いへの道を認めたわけじゃねぇからな! 魔法使いの道を諦めるまでウチの敷居を跨ぐことは許さねぇ!」
「言われなくても跨ぐつもりはないんだぜ。『今はまだ』、な」
「……生意気言いやがって。本当に誰に似たんだかな……」
「……親父」
「あぁ? なんだ?」
「ありがとな」
「……縁起でもねぇ挨拶だな。てめぇは『順番』を守れよ。リサみたいに順番抜かしすんじゃねぇぞ!」
「ああ。じゃあな親父。そのうち認めさせてやるから覚悟しとくんだぜ?」
魔理沙はスキマの中に飛び込んだ。
「お話は済んだかしら?」と問う紫に「ああ」と魔理沙は答えた。
スキマは閉じ、残された永遠亭のメンバーたちはそれぞれに動き出した。そんな中、霧雨はポツリと呟いた。
「止めやしねえさ。……魔理沙、てめえにとっての幻想郷は、俺にとっての海と一緒だろうからな。……命張って守ってこい……!」
霧雨は眼光するどく、スキマがあった場所を見つめるのだった。