次代
◆◇◆
――ここは永遠亭、霧雨魔理沙は因幡てゐをはじめとする永遠亭メンバーと伊弉諾物質の結界を解いていた。
「ほら、私の言った通りだったろ? お前さんはできるんだよ」
因幡てゐはいたずらに微笑む。てゐの手には魔理沙の能力によって防御結界を破ることに成功した伊弉諾物質の勾玉が収められていた。
「……信じられないわ。私でも手を出せなかったこの勾玉の結界を容易く破壊するなんて……」
永遠亭の薬師、八意永琳は目を丸くする。だが、もっと目を丸くしていたのは他でもない魔理沙自身だった。
「これを本当に私がやったのか……?」
魔理沙は半信半疑の眼で自分の掌を見つめていた。
「さて、お前さんにはこれからどんどん働いてもらわないとね……!」
「働く……?」
「ああ。幻想郷にばら撒かれたこの『伊弉諾物質』を回収するんだ。あんな魔女連中に幻想郷の運を悪用されるわけにはいかないだろう? そのためには魔理沙、お前さんのその能力は必須だからね。嫌だと言っても協力してもらうよ? お前にしかできないことだ」
「私にしかできないこと……」
魔理沙の表情がほんのわずかに綻ぶ。魔理沙は人間の中では魔法が格段に上手く使える方だ。だが、それはあくまで人間レベルで優れているというだけだ。これまで、霊夢のような特殊な存在や妖怪などの人智を超えた存在に褒められたことはない。そんな魔理沙が初めて妖怪たちに、それも強力な存在である月の民たちに特別と認められたのである。嬉しいという感情が芽生えるのも仕方のないことだった。
「……帰ってきたわね」
永琳が険しい顔をして永遠亭の入り口に視線を向けた。永琳の視線が動いたことに感づき、その場にいた者全てが永琳と同じ方向に視線を送る。
視線の先、空間上に一筋の裂け目が生まれる。裂け目は開き、中から金髪の美しい妖怪が現れた。幻想郷の賢者『八雲紫』である。
「……紫!?」
「魔理沙、そんなに驚くことはないでしょう?」
「そういやお前、どこに行ってたんだ? こっちは大変だったんだぜ、月のお姫様が攻めてきてさ……」
「……魔理沙、あなた……!?」
八雲紫はすぐに気付いた。魔理沙の中の何かが完全に変わっていることに……。何かが目覚めていることに。
「……因幡の素兎。貴方の入れ知恵? あなた、魔理沙に何をしたの……? 返答によっては……」
「怖い、怖い。……大したことはやってないよ。姫様に手伝ってもらったのさ」
「……輝夜姫に手伝わせたということは……、須臾の世界に引きずり込ませていたのね? 一歩間違えば死んでもおかしくない。よくもそんなことを……!」
睨む八雲紫の表情に対し、てゐは軽快な様子で反応する。
「……そんなに血が大事なのかね。妖怪の代賢者様にとっては……」
「幻想郷の年長者とはいえ、やってはいけないラインがあるわ」
「まぁ、相談せずにやったことは謝るよ。でも、相談してもアンタは首を縦には振らなかっただろう?」
「…………」
「図星だね。私が動かなかったら魔理沙の能力の発現はもっと後になっただろ? 結果として大きく成長することになったんだ。感謝してもらっても良いくらいじゃないかい?」
「……でも!」
「……この娘が大事なのはわかるが、手厚く保護し過ぎるのも良くないんじゃないかい?」
紫は下唇を噛む。魔理沙は不思議に思った。てゐと八雲紫の会話を聞く限り、八雲紫は魔理沙のことを守っているらしい。
紫が自分と霊夢を関わらせようなかったのは、運を持っていない自分が危険なことに首を突っ込むのをよしとしなかったからだろうか、と魔理沙は朧気に推測する。だが、わからない。霊夢と言う共通の繋がりがあるということ以外、紫と魔理沙に接点はないのだ。
そんな紫がなぜ自分を守ろうとしていたのか。それも霊夢から離れろという雰囲気を醸し出してまで、紫自身が嫌われるような動きをしてまで……。
「ところで、貴方今までどこに行ってたのかしら? 大事な博麗神社の巫女さんをここに置いてまで、ね」
魔理沙の思考を遮るように声が発せられた。声の主は永遠亭の頭脳『八意永琳』。
「……次代の巫女を迎えに行っていたのよ。外の世界にね……」
「なんだって!?」と魔理沙は驚愕する。八雲紫は魔理沙の声を無視してスキマを空間に出現させて広げると、中から一人の少女を取り出した。
霊夢のように長い黒髪を持ったその少女は眠っているのか、目を瞑っている。紫が気絶させている可能性も十分にあると魔理沙は勘繰った。
「おい、紫……! その子が次代の巫女だって……!? ふざけんじゃねえぜ! お前、本当に霊夢を見捨てるつもりなのかよ!?」
「…………」
紫は無言で魔理沙の言葉を肯定した。魔理沙はさらに怒りの感情を強めて叫ぶ。
「大体その子は何者なんだよ!? どこの誰かもわからないヤツに霊夢の代わりが務まるだなんて思えないんだぜ!? 博麗の巫女ってのはそんな簡単に代われるようなポジションなのかよ!?」
魔理沙の感情的な言葉に、紫は冷静な口調で答えた。
「誰でもができるはずないでしょう? ……この子もまた、博麗の巫女に相応しい資質をもちろん持っているわ。……宇佐見の正統血統なのだから……」
「……宇佐見……?」
魔理沙は紫の放った聞き覚えのない名字に首を傾げた。
この宇佐見の少女『宇佐見菫子』と魔理沙が再会するのは、もっとずっと後のことになる。その時、彼女は髪型も変え、眼鏡もかけ、別人のような見た目になっているのだが、それはもっと未来の話のことになるのだった。