潜在
「アイツ……もう一人の私の正体は何だったんだぜ?」
落ち着きを取り戻した魔理沙は白髪赤眼の美女に問いかける。
「あの子は罪源。全ての人間は生まれながらに罪を背負っている。あの子は貴方の罪が具現化したものよ」
「魂の中なのに具現化なのか?」
「意外と細かいことを聞いてくるのね、霧雨魔理沙」
「……なんで私の名前を知ってるんだぜ? アンタも、もう一人の私的な何かなのか……?」
「いいえ、私は貴方とは別個の魂。ここに入り込むのに苦労したのよ?」
白髪赤眼はもちろん魔理沙にとって初対面の人間だ。しかし、ずっと前から一緒にいたような不思議な感覚に魔理沙は何故か陥る。
「……なぁ。アンタと私、どっかで会ったことがあったか? 変な懐かしさを感じるんだぜ」
「初めて会ったとも言えるし、いつも会ってるとも言えるわね」
「はぁ? どういう意味なんだぜ?」
「言葉通りの意味よ。それにしても良かったわ。貴方がこの須臾の世界に閉じ込められた場所が私のすぐ近くで」
「……すぐ近く? アンタ一体どこから来たんだぜ?」
「それはまた今度のお楽しみね。きっとすぐ会うことになると思うわ。……さて、そんなことより、早くここを出ないとね。こんな劣悪な環境に耐えられるのなんて、蓬莱人くらいのものよ。それなのに人間であるあなたをここに送り込むなんて……。全く飛んだ無茶をさせたものだわ。あの因幡の素兎。……いいえ、あの賢しい兎のことだわ。私が助けに入ることも織り込み済みだったのかも……?」
「アンタ、詐欺ウサギと知り合いなのか?」
「ええ。私たちがこの地に降り立った時、既にここで暮らしていた先住民だもの。あの兎、かなりの長生きさんなのよ。ま、そんなことはどうでもいいわね。さっさと脱出しましょう」
「どうやって脱出するんだぜ……?」
「……私の能力を使って出たいのだけど……。それじゃ、ダメなようね。あの兎の目的を果たせないんでしょう。……貴方の背中を押してあげるわよ、霧雨魔理沙。貴方の中に眠る能力を一時的に目覚めさせてあげるわ。その力が定着するかどうかは貴方次第よ」
「私が持つ能力……?」
「ええ。手を出しなさい」
白髪赤眼の美女は手を差し出し、握るように魔理沙を促す。魔理沙は促されるままに手を握った。
「う……!? なんだこれ? 体が背中の辺りからじんわりと温かくなってる……」
「……無理やり、貴方の能力を呼び覚まそうとしているからよ。でも、思ったよりダメージはなさそうね。本当はもっと熱がるはずなんだけど……。貴方の努力の賜物ね。貴方の実力は、血に呪われた能力を手にするに相応しいところまで辿り着いていた。ほっといても近いうちに発現していたのかも……」
「なぁ。さっきからアンタが言ってる私の能力ってのは一体どんなもんなんだぜ? さっぱり見えないんだぜ」
「それは自分で感じ取りなさい。言葉にすることで遠ざかるものもあるのよ。自分自身の感性で貴方の能力を見極めなさい」
「……抽象的で全くわからないんだぜ」
魔理沙が白髪赤眼の美女と問答していると、暗闇の空に光のひび割れが起きる。卵のひび割れを大音量に拡大したような轟音が響き渡った。
「空が割れてるんだぜ……?」
「この魂の牢獄が壊れている証拠ね。これが貴方の能力。……貴方の能力の一部」
「空に穴を空けるのが私の能力なのか?」
「……どうかしら? さっきも言ったでしょう? 自分の感性で見極めなさい。言葉は事実を曲げてしまうこともある。私のヒントと貴方の感覚に齟齬があったら、貴方は能力の本質に気付けなくなるかもしれない。……正直に言うと、能力を得ない方が幸せだったかもしれないけど、ここから出るには貴方自身の力が必要だったからやむを得ないわ。……さぁ、行きましょう。魂の牢獄の外へ」
白髪赤眼は魔理沙の手を取ると、一緒にふわりと宙に浮かぶ。そしてひび割れた先に見える光の空に飛び込んでいった。
「……魔理沙。帰ったら、貴方からも叱ってちょうだい」
「誰をだよ? アンタの話はどれも脈絡ない上に、全部具体的じゃないんだぜ」
「貴方のお友達を。いい加減、しょげるのをやめなさいってね。それでも博麗の巫女なのかって。私からも言い続けてるんだけど、全然あの子言うこと聞かないのよ。……親友である貴方の言葉なら多分届くから……。お願いね!」
瞬間、強い光に二人は飲み込まれる。そこで魔理沙の意識は一旦途切れるのだった。
◇◆◇
――イワナガ姫の永遠亭襲来の少し前――
「さて、あと何年待つことになるのかしら?」
蓬莱山輝夜はあくびをしながら永遠亭の中庭と接する縁側に腰かけていた。この中庭、輝夜以外は全ての色が失われモノクロになっている。それもそのはず。今、この世界は蓬莱山輝夜の須臾と永遠を操る程度の能力によって須臾の世界に閉じ込められているのだ。
輝夜はモノクロになってしまった霧雨魔理沙に視線を向ける。
「てゐに促されるままに、この娘を魂の牢獄に閉じ込めてしまったけど、果たして耐えられるのかしら? 壊れて戻ってくるのが関の山だと思うのだけど……。でも、少しわくわくもするわ。妹紅が不死の炎を得て戻ってきたときの高揚感は今でも忘れられないもの。……妹紅が帰って来るまでにかかった時間は体感で30年……。この娘を閉じ込めたのはまだ数日くらいかしら。……先は長そうね」
言いながら、輝夜が立ち上がり、建物の中に入ろうとしたときだった。『ピシィッ』という何かが割れる音が中庭にこだました。
「……なに……?」
輝夜は音のする方に振り返る。モノクロの霧雨魔理沙の体にひびが入り、光が漏れ出していた。それは魔理沙が魂の牢獄から抜け出ようとしている証。
「嘘でしょ? もう帰ってきたというの……!? ……そう。ここまで見抜けていたというわけね。さすがは幻想郷の年長者」
輝夜は因幡てゐの顔を思い浮かべて口元を抑えて笑う。
「さぁ、貴方は私にどんな力を見せてくれるのかしら。霧雨魔理沙……!」
魔理沙から洩れ出る光がさらに強くなる。そして、それに呼応するように須臾の世界に異常が発生する。空間が歪みだしたのである。それは魔理沙の能力が須臾の世界を壊そうとしている証拠だった。輝夜は眼を見開く。
「須臾の世界が波打っている……!? 魂の牢獄にとどまらず、この須臾の世界までも壊そうというの……!? フフフ……、なるほど。私の想像以上だったようね、貴方の潜在能力は……!」
モノクロ魔理沙のひび割れは更に大きくなっていく。そして呼応するように須臾の世界の歪みも激しくなっていった。
「うふふふふ。やはり美しいわね。人間が殻を破り、羽化する姿は……。これほど心躍るものはない。人間の可能性はいつも希望を与えてくれる。……妹紅が白髪で帰ってきたときも嬉しかったもの。蓬莱人も変われるのだと証明してくれたのだから。……霧雨魔理沙、貴方はこの幻想郷にどんな希望を与えてくれるのかしらね?」
魔理沙の体が完全に光に包まれた。閃光弾のような眩しい光がモノクロになった須臾の世界を照らし尽くし、色が取り戻される。爆音とともに、須臾の世界は崩壊したのだった。