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東方二次創作 普通の魔法使い  作者: 向風歩夢
155/214

姉妹愛

◇◆◇


「……空……」

「う、うーん。な、なに……?」


 霊烏路空の耳に誰かが何かを喋っている声が聞こえてくる。


「……お空……」

「……だれ? どこかで聞いた声……」

「私の声に気付いたんだね、お空……」

「この声はこいし様……!?」


 霊烏路空の意識が覚醒する。だが、周囲の風景は空の見たことがない真っ暗闇だった。なんだか体がふわふわと浮いている感じがすると空は思う。真っ暗闇の中には星のような光が無数に見えた。空は周りを見渡し、声の主を見つける。


「こいし様! えーと……、ここはどこですか? 宇宙……じゃなさそう」

「宇宙で合ってるよ、お空。でも、貴方の知っている宇宙じゃないの。ここは精神宇宙……」

「はぁ……。なんだかよく分かりませんけど、お久しぶりですね、こいし様!」


 霊烏路空は自身の置かれた状況よりもこいしとの久方ぶりの再開を喜ぶ。こいしにはその能天気な空の姿が嬉しかった。


「お空、覚えてる? 貴方が八咫烏の力を貰い受け、その副作用で危ない状況だったこと。その後、意識を取り戻して片眼鏡の悪魔と戦ったこと……」


 空はうーんと頭を捻ってから思い出した。


「はい! 覚えてますよ! あの変な眼鏡がさとり様を倒したと聞いたので、私は怒って自爆したんです! あれ? ってことは、ここは天国!?」

「落ち着いてお空。さっきも言ったでしょ? ここは精神宇宙、天国じゃない……」

「はぁ」

「貴方は生きているの。自爆はしたけど、助かったのよ」

「もしかして、こいし様が助けてくれたんですか!?」

「まぁ、そうなるのかな?」

「あの眼鏡の悪魔もこいし様が倒したんですか!?」

「……うん」

「わぁ、ありがとうございます、こいし様! あっ!? お燐やほかのみんなは助かったんですか!?」

「うん、大丈夫。みんな生きてるよ」

「よかったぁ!」

「……お空、今から貴方に大事な話をしないといけないの」

「はい、こいし様! 何ですか?」

「……貴方の脳の容量はそのほとんどを八咫烏に食われてしまったの。つまり、貴方の自我が使える容量は限られている……。何とか貴方の自我の全てが喰われる前に浸食を食い止めたけど……、貴方が元の世界に戻っても前のような状態には戻りません。所謂鳥頭のような状態になるの」

「……馬鹿になっちゃうってことですか!?」

「……そう。もしそれに耐えられないのなら……」


 こいしはそこまで言って言葉を飲み込んだ。こいしの言葉の続きは『それに耐えられないのなら死を選ぶこともできる』というものだった。白痴となって生きるよりも、死を選ぶ者もいるだろうが……、自身の最愛のペットにそれを選択肢として与えることをこいしは躊躇する。

 だが、お空はこいしの複雑な心境を吹き飛ばすように答えた。


「……さとり様やこいし様やお燐のことは覚えてられるんですよね?」

「え? ……うん、きっと大丈夫。それくらいは覚えていられるはず……」

「じゃあ、いいじゃないですか! 少しくらい物忘れが激しくなるくらい、みんなのことを覚えていられれば、私はいつだって、いつまでだって生きていられますからね!」

「……お空。……解ったわ。私も頑張るからね。お空の体から八咫烏を追い払うことができるように……」

「はい、お願いします。こいし様!」

「お空、私こそお願いがあるの」

「なんですか?」

「……お姉ちゃんも一緒に連れて行ってあげて欲しいの……」

「さとり様を……? さとり様もここにいるんですか!?」

「うん」


 こいしは上空を指さした。そこにはゆっくりと霊烏路空のところへと落ちてくるさとりの姿が……。空は落ちてきたさとりをお暇様抱っこで受け止める。


「さとり様……。寝てらっしゃいますね」

「……起きていたら困るわ。お姉ちゃんがこの精神宇宙で目覚めてしまったら、精神に干渉できる能力のせいで、事象の地平面の内側へと入り込み出られなくなってしまうもの……」

「『じしょうのちへいせん』、ですか? なんだか良くわからないですけど、さとり様を起こしたらいけないってことですね、こいし様! そういえば、あの悪魔がさとり様の心を壊したとか言ってました。さとり様は大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんの意識が壊れて精神宇宙の無意識と融合する前に私が心を繋ぎとめたから……。貴方たちを溶岩から助けるのが遅くなったのはその作業に時間がかかったからなの」

「あ、もうひとつ思い出しました! あの悪魔が『私の心を読めない』って騒いでたんですが……、もしかして、あれもこいし様が……!?」


 こいしは頷いてから答える。


「うん。八咫烏の浸食からお空の心を守るにはお空の自我を殻で覆う必要があったの。あの悪魔が心を読めなかったのはその副産物ね」

「あ、思い出しました、あと……」と喋り続けようとする空をこいしは制止する。

「お空、ごめんね。あまり時間がないの。お姉ちゃんが起きる前に現実世界に帰ってもらわないといけないから……」


 こいしは空の後ろを指さす。そこには一際大きな意識の光球が現れていた。


「その中に入れば貴方とお姉ちゃんは意識を取り戻せる。お姉ちゃんをお願いね、お空」

「こいし様は一緒に行かないんですか!?」

「……私はそっちに行けない。……私の心を顕現させてしまったら……お姉ちゃんに私の心を見せてしまったら……、お姉ちゃんをこの世界に引き込んで閉じ込めてしまうことになるから……」

「……そうなんですか?」


 空は心配そうにこいしを見つめる。こいしが自分を抑え込んでいるように見えたから……。


「大丈夫だよ、お空。お互いの心を覗くことができなくても、私たちは繋がっているの。大切なのは心が読める読めないじゃない。お互いのことを思い合っているかどうか。私はお姉ちゃんのこと大好き。きっと、お姉ちゃんも私のこと大切に思ってくれてる。それだけで私たち姉妹は支え合っていけるんだよ」

「……こいし様! 私もこいし様のこと大好きですよ! お燐もほかの地底妖怪もきっとこいし様のこと好きですから……」

「……ありがとう、お空。私も大好きだよ。みんなのこと……。さ、行って。物理宇宙へと……」

「……こいし様、私たち諦めませんからね! きっとこいし様をここから助け出しますから……! 待ってて下さい!」


 お空はその言葉を置いて光球へと飲み込まれていく。お空の言葉を受けたこいしは満面の笑顔で見送るのだった。



…………

……



「…………空……」

「う、うーん……? 誰かが私を呼んでいる……?」


 霊烏路空の耳に誰かが何かを喋っている声が聞こえてくる。


「……お空……」

「この声はお燐……?」

「お空! お空! 目を覚まして! しっかりして!」


 涙声の火焔猫燐の声がはっきりと霊烏路空の耳の届いた。意識を覚醒した空は体に走る痛み信号に思わず顔をしかめる。


「いった……!?」


 空は起き上がりながら自身の右腕を見る。右手から先がなくなっていた。空は思い出す。ダンタリオンとの戦闘の時に自分自身の攻撃に右手が耐えられずに飛んでしまったことを。右足も溶けて象の足のように不格好な形で固まってしまっている。

 自分の体が不可逆的なダメージを受けてしまったことにショックがなかったわけではない。だが、それ以上に空は嬉しかった。


「良かった……。良かった……! お空が生きてて……!」


 空は嬉しかった。親友が自分の生還を喜んでくれていることが……。大切なものを失ったかもしれないが……、心配してくれる人がいてくれるだけで空は前向きになれるのだ。


 ……空を心配そうな様子で覗いていたのは、お燐だけではない。キスメ、黒谷ヤマメ、星熊勇儀、水橋パルスィ……そして、主である古明地さとりもお空の生還を喜び、微笑んでいた。空は古明地さとりを見て思い出す。自分を助けてくれた存在のことを……。


「さとり様……? こいし様はどこに……?」

「こいし……? こいしがいたの……!?」

「はい。こいし様があの悪魔をやっつけてくれたって言ってました。あと、私とさとり様を助けてくれた……気がします」


 空の頭脳はすでに鳥頭になってしまっていた。こいしと会話を交わした精神宇宙のことをはっきりと思い出すことができない。彼女の脳裏にあるのはこいしが自分たちを助けてくれたという朧気な感覚だけ……。


「こいしが私たちを助けてくれたのね……!? こいしはどこに行ったの、お空!?」

 さとりがこいしのことを必死になってお空に問い質す。無理もないことだった。久しく、こいしはさとりの前に姿を現していなかったのだ。

「わかりません……」

「そう……」


 さとりは俯く。さとりはこいしに恨まれていると思っているのだ。こいしにとって大切な……、もちろんさとりにとっても大切な両親を死に追いやったさとりのことをこいしは憎んでいるに違いない。だから自分の前に姿を現さないのだ、と。さとりは今も昔もそう感じているのだ。そんなさとりの微妙な心情変化を感じ取り、お空は続ける。


「……こいし様、言ってました。お姉ちゃんのこと大好きだって。心を読み合うことはできなくても、思い合っているから繋がってるって……」

「……こいしがそんなことを……?」

「はい! だからきっと大丈夫……。さとり様が心配するようなことにはなってません。こいし様はさとり様を思ってます。きっとすぐ帰ってきますよ。だから、今はみんな傷を癒しましょう。こいし様が帰ってきたときに元気な姿で出迎えることができるように……」


 さとりたち地底の妖怪は地霊殿のステンドグラスから差し込む光に照らされる。太陽がない地底の光だが……、その光は傷だらけの地底妖怪たちを温かく包み込んでくれるのだった。



◇◆◇



 ――ルークスアジト――


「……お母様。ダンタリオンが……戦闘不能となりました。強力な精神攻撃を受けたようです。……回復も困難でしょう」


 ルークスの幹部階級『ドーター』。そのトップであるマリーがテネブリスに報告する。マリーの報告を受けたテネブリスは当然のごとく取り乱すことはなく、マリーに更なる情報を求めた。


「ふむ。それで、奴は務めを果たしたんじゃろうな?」

「……はい。地底火山の運脈を活性化することに成功。運の集約にも影響はありません」

「ならば良い」

「……お母様、それだけなのですか?」

「何がじゃ?」

「ダンタリオンがお母様に高い忠誠心を持っていたことはご存知のはず……! そんなダンタリオンが戦闘不能となったのですよ……!」

「……くだらんのう。マリー、貴様は相変わらずその程度……。私とダンタリオンとのつながりが見えなかったのか?」

「……つながり……?」

「理解できないようなら、それも良い」

「……なぜですか。なぜ貴方はそれほどまでに他人に愛情を見せないのですか……!? ダンタリオンさんが貴方からの愛情を求めていたことは解っていたはず……!」

「……口が過ぎるな、マリー。貴様、殺されないと高を括っているのではなかろうな……! 貴様の死を早めても良いのじゃぞ!?」

「うっ!?」


 テネブリスの殺意がマリーの周りの空間に充満する。あまりの圧にマリーは言葉を発することができなくなってしまった。


「……臆病な最高傑作よ。貴様ごときを最高傑作としなければならぬワシの気持ちが解るか? ……貴様に良いことを教えておいてやろう。お前は勘違いしているのじゃ。愛情は無限だとでも思っておるのだろう? 愚かな人間ほどそんな世迷言を漏らすのじゃ。……ワシは違う。人間の感情は有限じゃ。無数にまき散らす愛など愛ではない。ダンタリオンはそれを理解していた。それ故、ワシは失敗作だった72柱の中であやつだけはドーターに選んだのじゃ。……話は終わりじゃ。最後の最後までワシに尽くせ。臆病な理想に遠く及ばない最高傑作よ!」


 テネブリスは苛立ちをマリーにぶつけていた。その苛立ちがいつもと少しだけ違うことに気付けるのはダンタリオンだけだったに違いない。

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