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東方二次創作 普通の魔法使い  作者: 向風歩夢
147/214

覚妖怪

◆◇◆


 むかし、むかし。ある所にさとり妖怪の一家が暮らしておりました。一家は人間が住む村から離れた山奥に、小さな家を建てて住んでいます。

 お父さんとお母さん、そして幼い二人の姉妹の四人家族です。決して裕福な暮らしではありませんでしたが、それでも幸せに暮らしていました。

 お父さんのさとり妖怪はいつも幼い姉妹……『さとり』と『こいし』にこう言い聞かせていました。


「いいかい? 決して山の麓の人間の村に行ってはいけないよ? 私たち覚妖怪は人間に嫌われているんだ。見つかれば殺されてしまうからね」


 言葉にしなくても思いが伝わるのに、あえて言葉に出して、お父さんは幼い姉妹に言い聞かせます。きっとそれくらい大事なことなのでしょう。優しくて真面目な幼い姉妹はお父さんの言うことをきちんと聞いて山を出ることなく、すくすくと育ちました。

 一家は皆同じ色の髪と同じ色の眼を持っていました。桃色の髪と桃色の眼です。きっと覚妖怪の特徴なのでしょう。

 お父さんはどうしても必要な日用品がある時だけ、布で桃色の髪と覚妖怪特有の管とそれに付いた第三の眼を服の中に器用に隠して村まで買い出しに行っていました。眼は隠しようがありませんが、布を目深にかぶったり、眼を細めることで何とか誤魔化します。

 お母さんが気が気でならないような姿でお父さんが村に行くのを見送っているのを見て、幼い姉妹も一緒に不安になっていましたが、お父さんはいつも無事に村から帰ってきていました。

 いつ人間に見つかるかわからない不安はありましたが、一家は幸せに暮らしていました。しかし、いつしかお姉ちゃんの「さとり」は村に行ってみたいと思うようになってしまいます。

『こいし』よりも早く少しだけ大きくなったさとりは広い世界を見たいと思ってしまったのです。彼女たちにとって世界とは山奥にある一軒の小屋とその周辺の山林だけ。さとりが村に行きたいと思ってしまうのも無理のないことでした。

 ですがもちろん、さとりが村に行きたいと思う心もお父さんとお母さんには筒抜けです。覚妖怪なのですから。

 お父さんはさとりに怒ります。『村に行きたいなどとは思ってはいけない』と。ですが、さとりは反抗します。そしてある日、さとりはお父さんとお母さんの言い付けを無視して山を下り、人間の村へと辿り着きます。覚妖怪だとはバレないよう布と服に桃色の髪と第三の眼を隠して……。お父さんと同じように……。

 村にはさとりが初めて見る光景ばかりでした。呉服屋にお団子やに金物屋……。いろいろな商店が立ち並んでいます。さとりはもちろんお金を持っていないので買い物などできませんでしたが、見るだけで楽しい気分になりました。

 さとりが家に帰ると、お父さんが心の底から怒っていました。お父さんは「人間にばれたらどうなるか、わかっていたのか!?」と言いながら、さとりの頬を思い切りひっぱたきます。さとりは初めてお父さんに手を上げられました。

 お父さんの行動は心の底からさとりの無事を祈るが故に生まれたものです。……そんなことはさとりも解っています。覚妖怪なのですから。

 ですが、だからこそ、さとりはお父さんに対して苛立ちを隠せなくなります。「どうして私が村に行きたいのか、心を読めているからお父さんは理解しているはずなのに。なんで許してくれないのか」と。


「お姉ちゃん……。村に行ったらいけないよぉ……」


 妹のこいしも姉と父親が喧嘩しているのを見て、ぐずつきながら姉を心から心配しています。しかし、こいしの心がさとりに届くことはありません。

 さとりは心と態度を更に硬化させ、言い付けを無視して何度も村に行くようになってしまいました。

 そんな日々の中、さとりはある人間の少女と出会います。村で商いを営む商人の娘でした。裕福でも貧乏でもない普通の娘です。さとりはその少女と友達になりました。

 さとりはその少女と遊ぶために村に行くようになりました。広い世界を知りたいという思いではなく、友達に会いたいという思いがさとりを村に行かせるようになってしまったのです。……もしかしたら、さとりのお父さんはそうなってしまうことが解っていたからこそ、さとりを村に行かせたくなかったのかもしれません。今となってはもう分からないことですが……。

 ……ある日、前々から『親もおらず、見かけない子供だ』とさとりのことを妖しいと疑っていた一人の村人が強引にさとりの頭に巻かれた布を引き剥がしてしまいます。


「こ、この髪の色はぁ!? お、おめぇ妖怪だな!? さとり妖怪だな!? また、おらたちを殺しに来ただかぁ!?」


 ……とうとう、さとりは村人たちにバレてしまいました。まだ大きくなく、魔法も使えなかったさとりは簡単に大人の男たちに捕まえられると、縄で縛られてしまいます。

 この村はかつて悪い覚妖怪と争いになり、多くの人間を失った経験があったのです。そのトラウマは今も多くの人間に焼き付いていました。村人たちは集結し、話し合いを始めました。


「なんでまだ、この覚妖怪のガキを生かしてんだべ!?」

「阿呆か、おめぇは! このガキの覚妖怪がひとりでいると思うか? 親の覚妖怪が近くにいるにちげえねぇ! 吐け、ガキ! おめぇの親はどこにいる!? 一体何人仲間がいるべ!?」


 もちろんさとりは答えません。答えれば大切なお父さんとお母さんとこいしが殺されるに違いないのですから。


「意地らしいガキだべ。全然口を割ろうとしやがらん! おい、みんな不審なヤツは他にいなかったか思い出してくれ。絶対に覚妖怪はこのガキ一匹だけじゃねえべ!」


 すると、金物屋の主人が思い出したように手を上げます。主人は布を頭に巻いた不審な男を見たことがあると話始めました。その特徴は間違いなく、さとりのお父さんが村に買い出しに行っていたときの服装です。


「……その布頭の男、どこに向かっていたかわかるか? 金物屋さん」

「……行商人だと言っていたが、なぜか北の山の方に向かって歩き去っていたべ……」

「北の山……。……いるかもしれねぇな。そこに。……男衆、槍と帷子着てこい! 山の中探しに行くべ!」


 村人たちは武装し、自警団を組織します。


「さぁ、今から妖怪退治だべ……。だが、その前にやらなきゃならね……」


 村人たちは暗い顔で俯きます。


「……この覚妖怪のガキと親しくしてたのはどの娘だ……?」

「……井戸んとこの家の子だ……」

「……あそこか……。良い人だったが……掟は掟だ。縄縛って連れてこい……」


 さとりは男たちの心の中を見ました。


「う、うそ……。やめて、やめてよ……。あの子は何の関係もないじゃない……!」


 ですが、村人たちがさとりの言葉など聞くはずもありません。さとりが捉えられている村の広場に連れてこられたのは、さとりと友達になった少女とその家族たちでした。

 泣いて俯く少女とその家族たち。すでに男たちの心を読んでいたさとりには今から彼女たちが村人に何をされるのかが解ってしまいます。


「わるいのぉ。だが、誰が覚妖怪と繋がっているかわからん以上、おぬしら家族を生かしておくわけにはいかん。覚妖怪と親交を持ったものは一族皆殺し……。それがこの村の掟じゃけ」


 村長と思しき老人が慰めるように、家族に声をかけます。次の場面には、槍を持った男たちが家族を全員串刺しにしてしまいました。……さとりと友達になった少女が息を引き取る瞬間、さとりの方を見つめます。もう思考はできず、何も考えてはいません。ですが、次第に冷たくなっていく友達の視線はさとりを憎んでいるように見えました。

 さとりは泣いてしまいました。でも恐怖しても悲しんでも後悔しても遅いのです。友達はさとりが不用意に村に出向いたせいで死んでしまったのでした。さとりは声を上げて泣き続けます。でも、もちろん村の誰もさとりを可哀想だとは思いません。むしろ、めそめそとなく天敵に対して村人は苛つき、さとりの体を板で打ち付けました。


「それくらいにしとけ。まだ、そのガキには死んでもらっては困る」


 さとりはうっうっと泣きますが、誰も助けてくれません。


 ……武装した村の男衆は、少女の家族たちを殺した後、手を合わせて冥福を祈ると山の中へと入って行きました。さとりのお父さんとお母さんは簡単な魔法は使えますが、力は強くありません。村の男衆に見つかればたちまちに退治されてしまうでしょう。さとりはお父さんとお母さんとこいしの無事を祈るしかありませんでした。

 村の男衆が山に入って丸一日が経ちました。男衆たちは帰ってきません。男たちを見送った老人や女子供は男たちが戻ってこないことに不安を感じます。ふと、さとりが体を動かすと、足の縄が緩んでいることに気付きました。


「今なら逃げられる」と踏んださとりは一生懸命に走りだしました。追ってくる村人たちもいましたが、隠れながらなんとか逃げ切ることができたのです。後ろ手に縛られていた腕の縄を岩の端で何とか切断したさとりは自分の家に戻ります。息が止まるくらいに力いっぱい走りました。胸が焼けそうなくらいに一生懸命走りました。


 ……さとりが家の前に辿り着いた時、家の前は血の海になっていました。一体何があったのでしょうか。村の男衆は皆、自分の持つ槍を自身の腹や胸や頭に突き刺していました。自害を試みた様子の亡骸ばかりです。そして、そんな村の男衆に囲まれるように倒れていたのは槍を刺されて絶命したさとりのお父さんとお母さんでした。

 死屍累々の地獄絵図の中、たった一人だけ生き残っている者がいました。その少女は呆然とした様子で死体たちの真ん中で血まみれになりながら座っていました。


「あっ。お姉ちゃん、お帰りー」


 少女は地獄の血の海の中で生気のない笑顔をさとりに向けました。

 さとりの妹『古明地こいし』です。でも、そのこいしはさとりの知っているこいしではありませんでした。

 覚妖怪特有の桃色の髪と眼は緑色に変色してしまっていたのです。


「こ、こいし……。何があったの……?」


 さとりはこいしに問いかけます。しかし、こいしは答えません。さとりはこいしの心の様子がおかしいことに気付きます。さとりはこいしの心を読むことができないようになっていたのです。

 以前なら、こいしの純粋でやさしい心をさとりは読むことができました。でも、髪の色が変わった今のこいしの心をさとりは読むことができません。

 ……さとりは気付きます。こいしの第三の眼に槍で貫かれた跡があることに……。


「こいし……! 眼が……!」


 狼狽えた様子で心配するさとりにこいしはこともなげに堪えます。


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。自分でやったの。自分で第三の眼を潰したのよ。でも、これでいいの……」


 さとりには何が何だかさっぱりわかりません。きっと、両親は村の男たちに殺されたのでしょう。では、男たちはなぜ自害しているのか。そして、なぜこいしは自分で眼を潰したのか……。

 ただ、一つだけ解ることは、優しかったこいしが変わり果ててしまったという事実。さとりはその場でうずくまり、声を上げて泣きました。そんな姉さとりにこいしは近づくと、さとりを抱きしめます。


「大好きだよ、お姉ちゃん」


 しかし、こいしの言葉はさとりの心には届かないのでした。

 ……これは古明地姉妹が幻想郷に来る前のお話です。めでたくなし、めでたくなし。

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