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東方二次創作 普通の魔法使い  作者: 向風歩夢
134/214

抗う争い

◇◆◇


「…………」

「おい、どうしたクソガキ。神妙な顔つきして……」


 普段通り食卓を囲む霧雨とリサ。いつもなら、満面の笑みで食事をとるリサが深刻そうな表情をしていることに霧雨は気付いた。


「……分かったんだ」

「あぁ? 分かった? ……もしかして、幻想郷だとかいう天竺の場所がか?」


 コクリと頷くリサ。霧雨は不思議がる。あれだけ探していたものが見つかったというのに、リサの顔が浮かないからだ。


「見つかったんなら、もっと喜びゃあいいじゃねえか。なんで、そんな落ち込んでんだ?」

「……だって、ここから出ていかなきゃならないじゃん……」

「あぁ? 変なこと言う奴だな。お前だって、いつまでもこんな中年と一緒に生活なんざしたかねえだろ」

「もーいい! おっさんのバーカ!」


 リサは不貞腐れたように自室と化した客間へと入って行った。


「なんだってんだ、アイツ。急に機嫌悪くしやがって……」


 リサが自室へ入って行くのを見送りながら、呟く霧雨。そんな時、テーブルに置いていた携帯電話の着信音がリビングに響き渡った。霧雨は二つ折りになった携帯電話を開き、通話のボタンを押すと、耳に当てた。


「……グラサンか、どうした? ……そうか、わかった……」


 グラサンからの要件を聞き終わった霧雨は通話を切る。


「……ジジィめ、逝っちまいやがった……」


 霧雨は寂しそうに呟いた。老組長が入院していることを知ってから早2カ月。もう先が短いだろうことは、見舞いに行くたびに思っていたことだった。いつその時が来てもおかしくないと霧雨は覚悟していた。霧雨は喪服に着替えると、リサの部屋を開ける。


「な、なんだよ、おっさん!? いっつも言ってるだろ! 乙女の部屋をノックもなしに開けんじゃねえよ!?」

「何が乙女だ。クソガキのくせに。女の子扱いされたいんなら、もう少し部屋綺麗にしろ。本で散らかしやがって……。……んなこた、どうでもいい。……ジジィが死んだ。しばらく留守にする。通夜やら葬式やらがあるからな……。飯は適当にコンビニで弁当でも買っとけ」


 霧雨は放り投げるようにリサに一万円札を渡した。


「……ジジィってのはいっつもおっさんが言ってる雇い主のことか!? 体悪くしてるって言ってたよな……。そうか、亡くなったのか……」

「一度もジジィに会ったことねえお前が、そんなに神妙な顔するこたぁねえよ。じゃ、もう出るからな」

「わかった。気を付けろよ、おっさん」


 霧雨は本部に向かう。正式には組の者ではない霧雨だが、通夜の準備くらい手伝うのが筋だろうと老組長の邸宅の座敷を組の連中と一緒に整理する。そうこうしている内に、老組長の入った棺が邸宅におさめられた。霧雨は棺内を覗き込み、老組長の死に顔を拝むことにした。……老組長の死に顔は生前と同じく、険しい表情である。


「……死に顔でくらい、眉間に皺寄せるこたぁねえだろうによ。……ま、その顔の方がジジィらしいか……」


 通夜、葬式と恙無く終わり、老組長が無くなって3日目。ある意味最も大事な儀式が始まろうとしていた。……新組長の就任式である。もっとも、霧雨は新組長のことを認める気はさらさらなかった。


「世も末だな……」


 霧雨はぼやかずにはいられなかった。新組長に就任したのは、あの孫だ。女ひとりに多数の男を連れて群がる性根の腐ったナヨナヨ野郎。そんな奴に組長なんぞ務まるはずがないと部外者ながらに霧雨は吐き捨てたい気分だった。


「て、てめえら、こ、これからは俺が、く、組長だ……! こ、これからは、も、もっとシノギをか、稼いでもらうからなぁぁ……。か、覚悟しやがれ……!」


 一応就任演説みたいなことをしていたが……、やはり、なよなよ具合が酷すぎる。もう少しましに喋れねえのか、とこれまた霧雨は部外者ながらに思う。


(……だが、妙だ。組の連中はこんな情けない野郎が組長になることに不満はねえのか……? ……ま、どうでもいいわな。……こいつらと関わることはもうねえんだ……)

 霧雨は懐に収めた封筒を手に取る。封筒には『退職願』と書かれていた。霧雨は就任式直後の新組長のもとに歩み寄る。


「おい、なよなよ」と霧雨は新組長である孫を呼び止める。

「あ、あぁ? て、てめえ、だ、誰に向かって、く、口聞いてやがる!?」

「凄んでも、全然怖くねえんだよ。……これ、受け取れや」

「な、なんだ、こりゃ……。た、た、退職届だぁ?」

「ああ。ジジィが死んだ今、もうこの組にいる意味はねえからな。……マンションも時期に引き払うつもりだ。……今まで世話になったな」

「あ、あぁ? こ、こんなもん出せば、い、今までのこと、み、水に流せると思ってんのかぁ……!?」

「……坊ちゃん。ここは俺が」と霧雨と孫の間に入ったのはグラサンだった。グラサンは続ける。

「……霧雨。正気か。このタイミングで辞めることの意味が分かってんのか?」

「あぁ? ジジィが死んだ今、これ以上のタイミングなんざねえだろうがよ?」

「……馬鹿が。お前は自分がどういう立場にいて、どう見られてたかが本当に分かっちゃいねえんだな」

「……あぁ? 何言ってやがる。意味のわからねえことを……。……とにかく、話は終わりだ。じゃあな」


 霧雨は本部をあとにする。霧雨が去ったのを確認し、新組長である孫は携帯を取り出し、何者かに連絡し始めた。


「や、野郎、や、やっぱり、う、裏切りやがった……! て、手筈通りだ。あの、か、かわい子ちゃんを攫ってこい……!」


 孫は用件を伝えると、携帯電話を切る。


「ひ、ひひ、ひひひ。た、楽しみだなぁ。い、色々な、い、意味でぇ……!」


 気味の悪い笑みを浮かべる孫の横で、グラサンは険しい表情で黒メガネの鼻当てを中指で修正するのだった。


 ――ほぼ同時刻、霧雨宅マンション――


「……おっさん遅いなぁ。今日も帰ってこないのか?」


 リサは日本地図を見ながら、ひとりごとを呟く。地図で幻想郷の場所を幾度も確認し、間違いないかどうか何度も見直す作業をここ数日は続けていた。


「……腹減ったなぁ。コンビニ行くか!」


 リサは立ち上がると、ササっと着替えて外出する。マンションのエントランスを抜けると、妙な黒塗りの車が正面に停まっていた。車の扉が開き、あまり柄の良くなさそうな男が数人出てくる。


「……嬢ちゃん。アンタに恨みはねえが、ちょっと付いてきてもらうぞ?」

「なんだ、アンタたち? おっさんの知り合いか?」

「そんな感じだ」

「……生憎だけどさ。知らないヒトには付いて行くなって言われてるんだぜ?」

「なら、無理やり連れていくだけだ」


 輩の一人がリサの腕を掴み、強引に車に連れ込もうとした。


「いってーな。何しやがんだ。……久しぶりに頭に来たんだぜ!」


 リサはズボンのポケットからスタンガンを取り出すと、男に電流を浴びせた。電流を受けた男はその場で倒れ、気絶する。


「このクソガキ、何てことしやがる!?」

「先に仕掛けたお前らが悪いんだぜ?」

「おっそろしいガキだ。霧雨と一緒に暮らしてるだけのことはある。だが、ちょいとオイタが過ぎたな……」


 輩の一人が、銃口をリサに向ける。


「う!? そ、それは拳銃って奴か!?」

「……まだ、死にたかねえだろ。クソガキ。大人しくスタンガン地面に置いて手ぇ上げな」


 リサは輩の言う通りに、スタンガンを地面に落として、手を上げる。


「良い子だ。……車に乗れ。……酷いことはされるだろうが、殺されはしねえだろうよ。坊ちゃんはお前を気に入ったみたいだからな」


 拳銃を持った輩はゆっくりとリサに近づく。……リサは見逃さなかった。輩が一瞬気を抜いたことを。リサは隠し持っていた『もう一つのスタンガン』を拳銃の輩に放った。


「ぐあ……!?」とうめき声を上げて倒れる拳銃の輩。

「へへーん。スタンガンが一つだけとはだれも言ってないんだぜ?」

 と、リサが隙を見せた時だ。残っていた輩の一人が落としていたスタンガンを拾い上げ、リサに電流を打つ。

「かっ……!?」と息を吐き出したリサは気絶してしまう。

「とんでもねえクソガキだ。無茶苦茶しやがって……。だが、これで運びやすくなったな。おい、ずらかるぞ!」


 輩たちはリサと気絶した仲間二人を車に乗せようとしていた。


「なんだあの車は……?」


 霧雨だった。マンションの前に妙な車が停めてあることに気付いた帰宅途中の霧雨は、遠目から様子を窺う。すると、見慣れた金髪の少女が連れ去られようとしていた。少女は意識を失っているように霧雨には見える。


「てめえら! そのガキをどこに連れてくつもりだ!?」


 霧雨の怒号に気付いた輩たちは、早々と車で走り去った。反射的に車を追いかけた霧雨だが、もちろん追いつくことはできない。


「……ヤロウ。アイツら、どこに行きやがった……!?」


 霧雨が怒りで頭に血を昇らせていると、携帯電話の着信音が鳴る。


「ちっ。誰だ、こんな時に……!?」と言いながら、霧雨は電話を取る。

『も、もし、もしもしぃー?』


 独特などもり声。老組長の孫だった。霧雨はイライラが最高潮に達する。


「今取り込んでんだ! 電話はあとにし……。……まさか、てめえか? ガキを攫ったのは!」

『ひ、ひひ、ひひひひ。か、勘が鋭いなぁ。き、霧雨ぇ。そ、そうだよ。お、お前がだ、大事にしてる、あ、あのかわいこちゃんは、お、俺が攫わせた。く、くく、くくく。か、返して、ほ、欲しけりゃぁ、お、俺がいるところまで来い。い、いいなぁ? ……く、くく。お、俺がどこにいるか、わ、わかるかなぁ……?』

「あぁ!? てめえ、なんでこんな真似しやがる! どこにいやがる!? ……ヤロウ、切りやがった!」


 霧雨は電話を掛けなおしてみるが、孫が電話にでることはなかった。


「……ふざけた野郎だ。どういうつもりか知らねえが、今に見てやがれ。俺は女子供に手ぇ出すやつはぜってぇ許さねえからよぉ! 外道が!」


 霧雨はマンションに停めてある自車に乗り込んだ。霧雨が向かったのは、組の本部。本部につくなり、霧雨は大声で怒鳴った。


「あのクソ孫はどこだぁ!? 顔出せ!!」

「き、霧雨!? てめえ、『退職届』なんてふざけたもん置いて行ったくせに、何しに戻りやがった!?」


 幹部クラスであるスキンヘッドの男が霧雨の怒鳴り声に対抗するように声を上げる。


「あぁ!? 何しにきただと!? それはこっちのセリフだぁ! 俺んとこの居候のガキ、どこに連れて行きやがった!?」

「居候のガキぃ……? 意味の解らねぇこと言いやがって……! だが、ちょうどいい。テメェにはシノギ稼ぐのを邪魔された恨みがあるんだ。先代が死んだ今、もうテメェに遠慮する必要はねぇ! 借りぃ返してやる……! 殺るぞ、テメェら!」


 本部の敷地内にいたスキンヘッドの部下たちが数十人規模でワラワラと集まってきた。スキンヘッドはにやりと笑う。


「さすがのテメェでもこの数じゃ、敵わねえだろう?」

「……三下の悪役らしい、せこいやり方だな。上等だぁ、かかってきやがれ……!」と強がった霧雨だが……、さすがにこの数はまずいと感じたのか、冷や汗を流す。

「……おいおいおい。本部内での喧嘩、暴動はご法度じゃねえのか、ハゲ野郎」


 挑発的な言葉を口にしながら、門から入ってきたのはオールバックの髪型が特徴的なあの男だった。


「伊達野郎、てめえ何しに来やがった!?」と、荒い口調でスキンヘッドはオールバックに問いかける。

「あぁ? 何しに来やがっただとぉ? てめえ、この前俺のシノギを横取りしやがったよなァ!? 忘れたとは言わせねぇぞ?」

「……シノギの横取りぃ? ……数年前のあの件のことかぁ? けっ! 随分と執念深い野郎だな、てめえ!」

「てめえが忘れっぽいだけだろうがぁ……! ……というわけだ、霧雨のおっさん。この喧嘩、俺たちも入らせてもらう。もっとも、断っても無理やり参加させてもらうんだがなぁ!」

「……どういう風の吹き回しだ、ワックス」

「その呼び方はやめろっつってんだろうが! ……別にてめえに加勢しようってわけじゃねえ。あのハゲには何度も煮え湯を飲まされてんだよ。心配すんな。今日だけはてめえの味方になっといてやる。……来い、野郎ども!」


 霧雨の質問に簡単に答えたオールバックは掛け声をかける。掛け声とともに、出てくる輩たち。人数はスキンヘッドの連れた輩たちより十数人は少ないだろう。だが味方が出来たことは霧雨に多少の心強さを与えた。


「ちっと頭数足りねえが……、俺とてめえがいりゃあ何とかなんだろ。……それじゃあ、おっぱじめるぞ、テメェら!」


『おぉおお』と気合を入れ、スキンヘッド側の輩たちに襲い掛かり始めるオールバック側の輩たち。


 ……激しい喧嘩が始まった。ルール無用の殴り合い。幸いなのは両陣営とも銃火器と刃物は使用していないことぐらいだろう。さすがに同じ組同士の争いで殺し合いはまずいと『最低限中の最低限』のモラルは働いているようだ。とは言っても、それ以外は何でもありらしい。バットや角材を持ってる奴もいれば、メリケンサックを付けている奴もいる。そんな中、霧雨は一人、完全なる素手で闘い始める。


「うおらぁああ! 死に晒せ!」


 乱闘の中、叫びながら霧雨に角材で殴りかかるスキンヘッド側の輩。霧雨は腕で受け止める。防御態勢を取っている霧雨の背後から別の輩が霧雨の背中目掛けてバットで殴りつける……!


「ぐっ!?」と思わず息を吐き出す霧雨だったが……。

「……全然効かねえなぁ。腰の入ってねぇバットなんざ、痛くもかゆくもないんだよ!!」


 霧雨は殴ってきた二人をまとめてぶん殴り気絶させた。その後も、霧雨は襲ってくる輩たちを一人でバッタバッタと倒していく。乱闘により、次々と倒れていく両陣営の輩たち。だが気付けば、スキンヘッド側の人間で立っているのはスキンヘッドだけになっていた。


「ぐっ!? あ、あれだけ人数差があったってぇのに……!?」

「終わりだなぁ、ハゲ。言え。俺んとこのガキをどこにやった?」

「あぁ? ガキだと? 何のことか知らねえっつってんだろうが!?」

「本当に知らねえのか……。なら、あのナヨナヨ孫をとっとと出しやがれ!」

「こっちの大将を差し出すバカがいるかよ……!」


 霧雨の知りたいことを何一つ知らない、あるいは答えないスキンヘッド。二人のやり取りを見ていたオールバックが会話に口を挟んだ。


「霧雨、無駄だ。こいつらが新組長に不利なことを喋るわけがねえ。……てめえら、このハゲをしばらく監禁しとけ!」


 オールバックはまだ動くことのできる自分の部下に命令し、スキンヘッドを折檻させる。不意にオールバックの携帯電話が鳴る。


「ああ、オレだ。……そうか、わかった」


 電話を切ったオールバックは霧雨に話しかける。


「てめえの言うガキの居場所が分かったぞ、おっさん」

「本当か、ワックス!?」

「……その言い方はやめろっつってんだろうが! ……ドヤ街の支部だ。新組長が以前、支部長を務めてたあそこだ」

「……ドヤ街か。車ならすぐだな。……おい、ワックス」

「あぁ? なんだよ?」

「なんで、俺を助けるようなマネをした? てめえも俺のことを恨んでたはずだ。俺はてめえのシノギを何度も邪魔したからなぁ」

「……誰がてめえなんか助けるかよ。シノギを邪魔した礼も改めてしてやる」

「何企んでやがる?」

「フン。疑い深いおっさんだな。企みなんて言うほどのもんじゃねえよ。俺は先代の意向に付くってだけだ。……そんなことより、早く行った方がいいぜ。新組長は筋金入りの変態だからなぁ。てめえのとこのガキにも手を出しかねねぇからよ」


 霧雨はオールバックの言う『先代の意向』という言葉を疑問に思いながらも、すぐに本部をあとにする。変態なよなよ新組長がリサに手を出しかねないと知れば、もたもたしている暇はない。自車に乗り込んだ霧雨はドヤ街に向かって、走り出した。


 霧雨が走り去る姿を見送ったオールバックは懐からたばこを取り出し、火をつける。


「……俺も焼きが回ったもんだ。ま、新組長に喧嘩売ったわけじゃねえ。あとは野となれ山となれ、だな」


 オールバックは本部の邸宅に視線を向け、呟くのだった。



 霧雨はアクセルを深く踏み込んだ。制限速度などクソ喰らえと言わんばかりの速度を出している。向かうは『ドヤ街』。かつて霧雨が日雇い労働をしていたダウンタウン、そこに建つ組の支部へと霧雨は車を走らせる。支部に到着した霧雨の視界に、玄関前に駐車された車が写される。リサを連れて行った車と同車種だ。


「ワックスの言った通り、当たりだな」


 車から降りた霧雨はどんどんと支部の玄関扉を激しく叩く。


「出てこい、なよなよぉ! ガキ返しやがれ!」

「うるせぇぞ、誰だぁ!? ……て、てめえ、霧雨!? なんでここが分かった!?」

「ワックスに聞いた」

「ワックス? 誰のことだ、そりゃ。ってグボラ!?」


 玄関扉を開け、質問する輩を問答無用で殴って気絶させた霧雨は、建物の中に怒号を飛ばす。


「出てこい! クソ孫ぉ!」

「き、霧雨!? ……坊ちゃん、……いや、新組長は今取り込み中だ。……そんなことより、組やめたくせに乗り込んでくるってこたぁ、『そういうこと』なんだなぁ!?」

「……『そういうこと』だぁ? 何のことだ。……何のことでも関係ねえな。ガキを返さねえってんなら、この場で全員ぶちのめすだけだ」

「上等じゃねぇか。……てめぇら、やっちまえ!」


 支部内の狭い事務所にたむろしていた輩たちが一斉に霧雨に襲い掛かってきた。しかし、本部での大人数に比べればわずか数人ほどの輩など霧雨の相手ではない。霧雨はその巨体を思う存分に動かして暴れまわり、輩どもを返り討ちにした。


「……手こずらせやがって。後はあのクソ孫とガキを探すだけだな……」

 輩たちを早々に片付けた霧雨は新組長であるナヨナヨとリサを見つけるべく、支部の奥へと移動するのだった。



◇◆◇



「……うぅ。……こ、ここは?」


 気絶から目覚めたリサが居るのは、ドヤ街の支部の一室。薄暗い明かりしかなく、ジメっと湿度も高い。気味の悪い部屋だった。息苦しい。両手を頭の上で縛られて座らせられるような体勢にされているからだろう。


「ひ、ひひひっ。や、やっと目、目が覚めたかい? お、お、お嬢ちゃあん?」


 リサの眼前にいるのは、気色悪い笑みを浮かべた「ナヨナヨ男」だった。

 ……リサはこの表情を知っている。かつて霧雨と出会うまで、リサは下心に支配された男の家に連れ込ませるように侵入しては、隙をついてスタンガンなどで男を気絶させ、生活に必要な金品を奪うという行為をしていた。目の前の男はそんな気絶させてきた男たちと同じ表情をしていた。違うところがあるとすれば、眼前の『ナヨナヨ男』はリサが会って来た男たちの中でも、飛びぬけて下心溢れる不快な笑みを見せていることだ。リサは思わず鳥肌と立てる。眼前の男に生理的嫌悪感を抱かずにはいられない。


「くっそ。お、お前誰だよ!? 私をどうするつもりだ!?」

「ど、ど、どうするつもり、だ、だってぇ……? た、た、楽しいことするだ、だけだよぉ?」


 ナヨナヨはただでさえ君の悪い笑みを浮かべた顔をさらに下品に歪める。


「くっ!? くっそ、離せよ!? ……この縄解きやがれ!」


 リサは必死で逃げ出そうとするが、柱を巻き込むように頭上で両手を縛られているせいで身動きが取れない。


「く、くく、くくく。む、無駄だよう? し、し、しっかり縛ってあ、あるから、さぁ……!」

「うっ……」


 リサは逃げ出すことが無理だと悟り、思わず目に涙を浮かべる。


「ふ、ふふ、ふふふぅ。い、いい表情だねぇ。や、や、やっぱり目が覚めるまで待って、よ、よかったぁ。ね、眠ってる間にしちゃっても、よ、良かったんだけどさぁ。そ、そ、それじゃ、お、面白くないからねぇ……」


 言いながら、ナヨナヨはリサの胸を服の上から触り始めた。


「ふざけんな、離れろ!」


 リサは反射的にナヨナヨを蹴り飛ばした。尻もちをついたナヨナヨだが、その歪んだ笑みを止めることはない。


「い、い、いいねぇ。そ、それくらい、は、反抗的な方がもえて、く、くるからさぁ!」


 再び、リサに襲い掛かるナヨナヨ。しかし、リサも必死の抵抗を続ける。何度も服に手をかけようとするナヨナヨを足で遠ざけようともがいた。そして、リサの全力の蹴りがナヨナヨの顎を直撃した時だった。ナヨナヨの言動が一変する。


「……く、く、クソガキぃぃぃ! や、や、やさしくしてやってたのに、ちょ、ちょ、調子に乗るんじゃねぇ……!」


 逆切れしたナヨナヨはリサの細い下腿部をつぶすように、体重を乗せて踏みつけた。ボキッという鈍い音が部屋に響き渡る。


「きゃぁあああああっ!?」


 あまりの痛みに絶叫するリサ。踏みつぶされた足は折れ、赤く腫れあがってしまう……。


「ふ、ふ、ふぅ。バ、バカが。お、お、大人しく言うこと、き、聞かないからだぞぉ?」


 ナヨナヨは先ほどまでの気色悪い笑みを消し、眉を吊り上げていた。


「うっ。うっ」とリサは痛みと諦めの混じった涙を流す。もう抵抗する気力もなくなってしまった。


「や、やっと、お、大人しくなったねぇ……。じゃ、は、始めようかぁ」


 ナヨナヨは気味の悪い笑みに再び戻し、リサの服に手をかけようとする。もう、リサに反撃の意志はない。ナヨナヨの好きなようにやられてしまうことに悔し涙が流れる。ナヨナヨの手がリサの身体に触れようとした、その時だった。


「出てこい、ナヨナヨぉ!」


 リサの良く知る男の怒号が部屋まで届く。


「こ、こ、この声はき、霧雨、かぁ!? な、な、なんでこ、こんなに早くオレの、い、居場所を……!?」

「出てこい! クソ孫ぉ!」


 扉の向こうで輩たちと霧雨が争う音が聞こえる。しばらくすると、争いの音はおさまったが、代わりに怒号が響いた。


「どこだ、クソ孫ぉ!?」


 霧雨の怒号だった。ナヨナヨは慌てふためく。


「ひ、ひぃ!? な、な、なんでだよう? じ、事務所には、は、八人くらいいたはずだぞ!? な、なんで、霧雨が勝ってるんだぁ!? ち、ち、ちくしょう。つ、使えねぇ奴らめぇ!」


 ナヨナヨは部下への不満を口にしながら、自分とリサのいる部屋の扉に鍵をかける。怒号を飛ばしながら、一つずつ部屋の扉を開ける霧雨。リサたちの居る部屋のノブに手をかける。


「……鍵がかかってやがる。……ここかぁ。覚悟しやがれ、クソ孫がぁ!」


 霧雨は施錠がされていることなどお構いなしに、ドアノブを手で押し、強引にこじ開けた。木製のドアがひび割れる。ひびの入ったドアを蹴り壊し、霧雨は内部へと入り込んだ。


 そこには「信じられない」と言い出しそうな表情を浮かべるナヨナヨと、安堵の表情を浮かべるリサの姿があった。


「やっと、見つけたぞ、クソ孫ぉ。……大丈夫か、ガキ!?」

「あ、ああ。大丈夫だぜ。足は折られちまったけど……」


 リサの言葉を聞き、リサの下腿部に視線を向ける霧雨。リサの言う通り、足がはれ上がっているのを見た霧雨は怒りに満ちた表情でナヨナヨを睨みつけた。


「……こんなガキに手ぇ上げるたぁ、どこまでも性根の腐ったクソやろうだな、てめえ」

「ぐっ!? ち、ち、ちくしょう……。こ、こ、こうなったらし、仕方ねぇなぁ……!」


 ナヨナヨは部屋に備え置かれてあった拳銃を手にし、リサに銃口を向ける。


「う、う、動くなよぉ霧雨ぇ。う、動いたら、こ、このガキの、の、脳天が吹き飛ぶことになるぜぇ?」

「あァ!? て、てめえ、どこまでも卑怯なことしやがって……!」

「う、う、うるせぇ。う、動くんじゃねぇよ」


 リサを人質に取られ、身動きの取れなくなる霧雨。ナヨナヨはリサに向けていた銃口を霧雨に向けなおした。


「死ねぇ、霧雨ぇ!」


 ナヨナヨは霧雨に向かって発砲する。銃弾は霧雨の腕に命中、貫通した。衝撃で霧雨はうずくまる。


「おっさぁぁん!?」


 リサの悲鳴が飛ぶ中、ナヨナヨはにやにやと笑いを浮かべる。


「ど、ど、どうだ。や、やってやったぞ! き、霧雨ぇ、ここで退くなら、い、命だけは生かしてやるぞぉ?」

「は、はあ、はあ。生かしてやる、だぁ? ウソ言えよ……」


 霧雨は息切れを起こしながら、立ち上がる。


「ま、ま、まだやる気かぁ……!? ウ、ウソって何のことだぁ?」

「てめえ、オレを殺せねえから、『生かしてやる』なんて嘘言ってんだろうがぁ!?」

「う……、な、な、なに言って……!?」

「オレの眼は誤魔化せねえぞ。てめえ、貧弱すぎて銃の反動にも耐えられねえようだなァ! 頭狙った銃弾がオレの腕に当たってんのが、その証拠だ」

「う、う、う……」

「……言い返せねえみてえだなぁ、クソ孫ぉ」

「な、な、舐めんじゃねぇ。じゅ、銃くらい、オ、オレにだって使えんだよぉ!?」

「じゃあ、当ててみろやぁ!」

「う、うわぁああああああ!?」


 霧雨の圧に怯えたナヨナヨは銃を乱射する。しかし、霧雨の言う通り、銃の反動に負けたナヨナヨの放つ銃弾は一発も霧雨の身体に当たることなく、部屋の壁に埋め込まれるだけだった。しばらくすると、ナヨナヨがいくら引き金を引いても弾が発射されなくなる。


「弾切れかぁ? 残念だったな、クソ孫ぉ。……さすがに同情するぜ。こんな狭い室内でも銃を当てられねえくらいの貧弱な上に、ガキの女に手をだすような、テメエみてえな根性なしを組長に据えなきゃならねえ、ヤクザどものことを思ったらなぁ。……仕置きの時間だ、歯ぁ食いしばりやがれ!」

「ひ、ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」


 霧雨はその巨大な拳でナヨナヨの頬を一閃、振り抜いた。「グベバっ!?」という汚い断末魔を残してナヨナヨの顎は変形し、奥歯が2~3本折れて飛び散った。

 ナヨナヨが気絶したのを確認して、霧雨はリサのもとに歩み寄る。


「……足以外は平気か? クソガキ」

「あ、ああ。大丈夫だぜ、何にもされてない。そ、それよりおっさんの方こそ、腕大丈夫なのかよ!?」


 リサは銃で打ち抜かれた霧雨の腕を心配する。


「これくらい、ただのかすり傷だ。ガキが心配すんじゃねぇ」


 霧雨はリサの腕に巻きつけられた縄を解きながら答える。


「……歩けるか? て無理だな、その足じゃ。ほれ、負ぶってやる。乗れ」


 霧雨はリサをおんぶして歩き始めた。


「へへ、悪いなおっさん……」


 リサは必要以上に力を込めて霧雨にしがみ付く。


「おい、首締まんだろうが! 力抜け!」


 言いながら背中のリサへ振り向く霧雨の視界に入ったのは、リサの泣き顔だった。


「……なんだ、クソガキ。なんで泣いてんだ?」

「あ、当たり前だろ!? どんだけ怖い思いしたと思ってんだよ……!?」


 リサの涙は恐怖からの解放による安堵の感情が溢れたものだった。霧雨は反省する。自分の仕事のせいでリサを怖がらせてしまったことを。


「……悪かったな。俺のせいだ」

「な、なんでおっさんが謝るんだよ?」

「多分、連中がお前を攫ったのは、組織を抜ける俺への嫌がらせだろうからよ。迷惑かけたな」

「……おっさん。ホントにあぶねえ仕事してるんだな」

「……してた、だな。もう辞めたからな」

「え!? おっさん、仕事辞めっちゃったのかよ!?」

「ああ。ジジィが死んだからな。もうあそこの世話になる意味なんざねえからよ。ジジィの跡を継いだ孫も気に入らねえ野郎だったからな。残る意味がねえ。……つうわけだから、あそこのマンションも引き払わないといけねえんだ。悪いが、お前も別のとこに行くしかねえぞ?」

「……私はもうあそこに行こうと思ってるんだぜ」

「……『幻想郷』とかいう場所か?」

「うん」

「そうか、寂しくなるな」

「お? おっさん、私と離れるのが悲しいのかよ?」

「……前言撤回だ。やっぱり清々するな。居候がいなくなってくれてよ」

「素直じゃねえなぁ、おっさん。……おっさんこそ、あのマンションなくなって行くところあるのかよ?」

「フン。俺はどこでだって暮らせんだよ。このドヤ街で日雇人夫に戻んのも悪かねえさ」

「あ、あのさ、おっさん。もし、行くとこねえならさ……」

「止まれ、霧雨」


 支部の敷地を出て、霧雨の車に向かって歩いていた霧雨と、その背中に乗るリサ。二人の会話を裂くように、低い男の声が割り込む。……声の主は先代組長の右腕として働いていた輩、霧雨も良く知る男、……黒グラサンの男だった。


「……何の用だ、グラサン。ナヨナヨの新組長なら支部の中でおねんね中だ。さっさと行って介抱してやりな」

「あんなクズ野郎なんざ、どうでもいい。死んでくれた方がマシなくらいさ。……俺はお前に用があるんだよ」

「あぁ? 俺に用だと?」

「……霧雨、お前ほどの男を失うのは惜しいが、ここで死んでもらう」


 グラサンは覚悟を決めた冷たい口調で霧雨に言い放つのだった。

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