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東方二次創作 普通の魔法使い  作者: 向風歩夢
129/214

盃は交わさない

 事件のあと、少年と霧雨は行きつけの食事処に来ていた。


「ったく、くだらねえことしてやがったんだな坊主!」


 霧雨は大ジョッキに入ったビールを一気に飲み干すと、怒気を込めた言葉を少年にぶつける。少年は俯いて下を見るだけだ。


「酒飲んで喋らなきゃてめえをいつまでもボコってるところだ。漁師の若手だったら酒飲んでてもボコってるにちがいねぇ。てめえ、漁師じゃなくて良かったな!」

「……すいません」と力なく謝罪する少年。

「ああそうだ。本当に反省するんだな。クスリやるなんざバカのやることだ。精々たばこと酒までにしておけ!」

「き、霧雨さん、そんな大声で喋らないで……!」

「ふん。構うこたねえだろ。このダウンタウンでクスリやってた話するくらいどうってことねえさ。……坊主、てめえなんでクスリになんか手出しやがった」

「あの金髪が言ってたでしょ? 僕は父さんに養子に出されたんです。……捨てられたんですよ僕は……!」

「それでヤケになってクスリに手だしたってか? とんだ大馬鹿野郎だな、てめえ。……で、養子に出された先で義理の親父と義理のおふくろにいじめられたってところか?」

「いえ、おばさんとおじさんは親切にしてくれました……。父さんに捨てられた僕のことも心配してくれて……」

「あぁん?」


 霧雨は強面の顔の眉をさらに吊り上げ、続ける。


「じゃあ、てめえは養子先の親父とおふくろを裏切って家出してきたってわけか、あぁ!?」


 霧雨は少年の胸倉を掴んで持ち上げる。少年は完全に怯え切ってしまい、目を泳がせていた。


「根性ねぇガキだよ、てめえは! 暖かく迎えてくれた義理の親父さんとおふくろさんに申し訳ねえと思わねえのか! 俺がてめえの義理の親父さんだったとしても家出までだったら許してやらぁ! だが、クスリにまで手ぇ出すだぁ!? どんだけてめえが実の親父に捨てられて傷ついたか知らねえがな、根性なしも大概にしとけよ。この甘ちゃんが!」


 霧雨は怒りのままに少年を床に叩きつけた。少年は『うっ。うっ』と嗚咽を漏らす。


「ちょっとお客さん。喧嘩なら他所でやってくれよ!」


 食事処の店主が苦言を呈する。


「わりぃな、ご主人。もう暴れたりしねえよ。おい、坊主! いつまで地べたで寝てんだ。早く座れ!」


 少年は霧雨の怒号に促されるままに元の椅子に座る。床に打ち付けた頬がほんのりと赤く染まっていた。


「ったく、情けねぇやつだぜ。実の父親を見返そうとかそういう気持ちにはならねえのか、てめえはよ」

「み、見返す……?」

「おうよ! 俺なら絶対にそうするな!」

「見返すってどうやって……」

「そんなんも思いつかねえのか、坊主。えぇとそうだな。例えばだ。てめえの親は医者なんだろ? だったら親よりも名医になるとか、医者が無理でも日本一の社長になるとかだ」

「に、日本一の社長ってなんですか?」

「知るか、んなもん自分で考えやがれ!」


 霧雨はいつの間にかおかわりしていた大ジョッキビールを飲み干しながら叫んでいた。


「坊主、てめえ家どこだ?」

「え? おじさんとおばさんの家のことですか? ひ、東宮です」

「東宮だぁ? プロ野球の東宮トラーズが本拠地にしてるあの東宮か? そんなに遠くもねえ目と鼻の先の街じゃねえか。ったく、ついてこい! 店主、お勘定!」


 霧雨は会計を済ませると、少年の首根っこを掴んで最寄りの駅まで引きずっていく。


「坊主、てめえ電車乗って家に帰れ! ダウンタウン《ここ》はてめえのようなガキがいていい場所じゃねえんだよ。実の親父に負けねえ立派な男になって義理の両親を喜ばせてやれ! 二度とこの街にくるんじゃねえぞ! クスリなんてもっての外だからな、覚えとけ! もし、この近くでてめえを見かけたら殺すからな! てめえも見たろ。オレは少々喧嘩はつええんだ。坊主くらい一発であの世行きだ。死にたかねえだろ」

「で、でも霧雨さん……」

「あぁ? でももだってもねえんだよ!」

「僕一文無しなんです……」

「……最後まで世話のかかる坊主だな、ほらこれで帰れ! 返さなくていいからよ!」


 霧雨はボロボロの財布から2千円を抜き出し、少年に渡す。


「あ、ありがとうございます……!」

「いいからさっさと行け! 二度とその面見せるんじゃねえぞ!」


 霧雨は追い出すように少年を駅に放り込み、見送った。


「ったく、こっちが一文無しになっちまったじゃねえか、バカ野郎」


 酒に酔っている霧雨はしゃっくり交じりに愚痴をこぼすのだった。




 ――少年を見送って数日後、霧雨はいつものとおり、日雇い労働をしていた。仕事を終え、日も落ち薄暗くなった格安宿泊施設への帰り道、霧雨は黒塗りの高級車から降りてきたスーツ姿の男たちに絡まれた。


「おい、おっさん。この前はよくもやってくれたなぁ!」


 先日、少年にクスリを売っていた金髪の男たちだった。


「なんだ、この前のガキどもか。懲りてねえみてぇだな。やり返しに来たってわけか?」

「たりめぇだ。金づるを一匹取られたんだからよう。この落とし前はきっちり付けさせてもらうぜ?」

「ふん。てめえらじゃぁ無理なのはこの前の喧嘩で分かったろ? そこどけ。オレは仕事終わりで疲れてんだ。早く帰らせろ」

「そういうわけにはいかねえなぁ。……アニキ、お願いします!」


 金髪の視線は黒塗りの高級車に向けられていた。後部座席から降りてきたのは、いかにも『本職』と言った風貌の男だった。金髪たちのようなだらしないスーツの着こなしではなく、ピシッとした佇まいだった。もちろん、普通のサラリーマンが好むスーツとは異なる威圧を与えるものだ。シャツも白ではなく、黒色のものを着ておりそれがさらに威圧感を高めている。


「うちの若いヤツが世話になったみてえだなぁ」


 オールバックの髪型をした『本職』が霧雨に向かって怒気を飛ばす。


「あんた、ヤーさんか? なるほど。じゃあ、このガキどもは『半グレ』ってやつか? 違いはよく知らねえが……」

「俺らはな。舐められたら終わりの仕事なんだよ。薄ぎたねえ日雇い労働者にボコられたとあっちゃぁ名前に傷が付くんでな。悪いが痛い目みてもらうぞ?」

「ガキの取引を一件潰されたくらいで出しゃばるたぁ余裕がねぇヤーさんだな、てめえ」

「あんだと、こら!? てめえらやっちまえ!」


 オールバックは部下の金髪たちに霧雨を痛めつけるよう命令する。命令されるや否や金髪たちは一斉に霧雨に飛びかかった。


「うぐ!? ……くだらねえおもちゃ使いやがって……!」


 一撃殴られた霧雨がおもわず声を吐き出す。金髪たちは素手では霧雨に敵わないと見たのか全員メリケンサックを付けていた。中にはナイフを手に持っている者もいる。霧雨は連中が素手で喧嘩しないことに苛立ちを募らせた。


「丸腰の堅気かたぎ相手におもちゃ振り回すなんざいよいよヤクザ失格……、いや男失格だな、てめえら!」

「うるせぇ! おとなしくぶっ殺されやがれ!」


 ナイフを持った男が霧雨目掛けて突進する。霧雨はナイフを受け止めた。刃を素手で、である。掴んだ手から血が滴る。


「て、てめえ正気か!? 得物を素手で……!?」

「てめえらとは根性が違うんだよ! こんなナイフなんかより、漁網引き上げるときの方がよっぽど痛いぜ?」


 言いながら、霧雨はナイフの男を殴り飛ばした。仲間がやられたことで頭に血を昇らせた男たちはまたも一斉に霧雨に殴りかかる。しかし、霧雨は歯牙にもかけない様子で半グレたちを一方的に倒していく。


 部下たちが不甲斐なくやられていく姿を目にしたオールバックは苛立ちを抑えきれず、懐から『得物』を取り出すと、空に向けて撃ち放った。拳銃の発砲音に半グレたちはビクっと動きを止める。


「熊野郎、てめえいい加減にしろよ? おとなしく痛めつけられろや!」


 オールバックは銃口を霧雨に向ける。


「……堅気相手に拳銃チャカ持ち出すたぁ、いよいよ舐めた根性持ったヤーさんだな、てめえ」


 霧雨はオールバックの方へと足を進める。


「とまれ」とオールバックは凄味を効かせた表情で引き金に手をかける。

「あぁん?」と霧雨は返す。

「それ以上動いてみろ。撃ち殺してやっからなぁ」

「ふっ。くっくっ」と笑う霧雨。

「何だてめえ? 何がおかしい!?」

「やれるもんならやってみろよ、クソ野郎」

「なんだと!?」

「オレが中坊んときの連れにもよう、社会に馴染めなくて暴力団に入っちまった奴がいる。だがなぁ、そいつは絶対に堅気にゃ手を出さなかった。矜持ってもんを持ってたわけよ。てめえらと違ってな」


 霧雨は喋りながらオールバックへの歩みを止めない。


「止りやがれ! 冗談なんかじゃねえぞ。それ以上近づいたら撃つ……!!」

「やってみろや!」

「舐めやがって……! うらぁ!!」


 掛け声とともに引き金を引いたオールバック。銃弾は霧雨の肩口をかすめる。撃たれた衝撃で霧雨は地に膝を着ける。


「……本当に丸腰の相手に撃つとはなぁ。腰抜け野郎だ、てめえは!」


 霧雨は肩を抑えながら立ち上がる。


「て、てめえ。まだ歯向かう気か!?」

「……許せねえな」

「な、なに?」

「堅気に手出すのもそうだが、まだ社会も知らねえガキにクスリ掴ませるようなことをするてめえらはクズだ。ヤー公とさえ認められねえなぁ! オレは女子供に手出すようなヤツらは絶対に許せねえんだよ!」

「何を言ってやがる……!?」

「撃ってみろよ、腰抜けぇ」


 霧雨は元から厳つい顔を鬼面のように変貌させ、オールバックを睨みつけた。オールバックの手元がプルプルと震える。霧雨の異常なまでの圧にオールバックは気圧されていた。


「どうした? 撃つんじゃなかったのか、腰抜けぇ!」

「うわ、うわぁああああああああ!!」


 オールバックは悲鳴にも似た大声を繰り出す。しかし、霧雨の圧に完全に屈したオールバックが引き金を引くことはできなかった。霧雨は思い切り、顔面に拳を叩きこむ。直撃を受けたオールバックはその場で倒れ込み気絶した。


「う、ウソだろ!? ア、アニキが……!?」

「次はどいつだ? さっさとかかってこい。オレは早く帰りてえんだよ」


 半グレ達をひとにらみする霧雨。半グレたちは金縛りにあったかのように動かなくなってしまっていた。


「……そこまでにしとけぃ」


 どすの効いた老人の声が夕暮れ時の市道に響いた。


「く、組長……!?」と驚いたように声を発する金髪の半グレ。

「盃を交わしてないガキどもから組長と呼ばれる覚えはねえが、さっさと引けぃ。その妙な髪型をした若衆連れてな」


 老いた声の主は杖をつき、オールバックを連れて去るように半グレたちに鋭い視線を向けた。黒い和装をした老人は上背がなく、腰も曲がっていたが、その場を飲み込む雰囲気を放っている。半グレたちはその異様な雰囲気にたじろいでいた。


「もたもたすんじゃねぇ。殺されてぇのか!?」


 老人に付き添う黒グラサン、黒スーツの長身男が半グレ達にドス声を飛ばす。半グレ達はすぐさま、オールバックを自分たちが乗ってきた黒塗りの車に乗せ走り去っていった。


「わりぃな、デカいの。ウチの若い奴らが迷惑かけたな」


 老人は霧雨に声をかける。


「あぁ、本当だぜ。躊躇なく堅気に手ぇ出すなんざ、最近のヤーさんの教育はどうなってんだよ、はげじじぃ」

「てめぇ、組長おじきになんて口ききやがる!?」

「やめとけぇ」


 黒グラサンの男を老人が制止する。


「デカいの。お前さんの言う通りだよ。最近の若い衆は任侠ってもんをカケラも持ち合わせちゃいねぇ。すべてはオレの力不足よ。歳は取りたくねえもんだな」

「……ま、俺ら堅気にさえ手を出さねぇでくれりゃ任侠なんざ持とうが持たなかろうがどうだっていい。じゃぁな。オレは疲れてんだ」

「おっと、そうはいかねぇな」

「あぁん? まだなんか用事があるのか? じじぃ」

「あぁ。どうだ、一杯やらねぇか?」


 老人は片手でおちょこを口に運ぶ動作を空でやる。


「じじぃ。オレは疲れてるって言ってん……」


『言ってんだろ』と言いかけた霧雨の顔面にグラサン男の険しい視線がグラス越しに突き刺さる。黙って付き合えと言っているようだった。


「ちっ……。奢りだろうな?」


 霧雨は組長と呼ばれた老人に確認を取る。老人はにやりと口元を歪めて踵を返し、歩き始めた。霧雨は『しゃあねぇな』とでも言いたげな表情で老人と黒グラサンの後を追う。


「乗れ、デカいの」


 老人は大通り沿いに停めてあった黒塗りの高級車に乗るように霧雨に促す。車に乗り込んだ霧雨が連れていかれたのは見るからに高級そうな料亭だった。


「ここは……『キタ』か?」と車から降りた霧雨が呟く。キタとはこの都市で栄える繁華街の通称だ。


「ああそうだ。来たことあるか?」と質問する老人。

「あぁ。何度か仕事でな。もっとも金はねぇから、ここで遊んだり飲んだりはしたことねぇよ」

「……店に入るか」とのれんをくぐった老人はこの店の女将に声をかけた。

「よう久しぶりだな。女将さん」

「これはこれは組長さん。久しぶりだねぇ」


 色気のある声を出す妙齢の女将が組長《老人》をもてなす。


「急に寄っちまって悪いんだが、3人ほど席用意してくれるかい?」

「組長さんのお願いとありゃ、先客追い出してでも用意するさ。おい、そこのアンタとっとと席用意しな!」


 女将は気風の良い声で下っ端の男に指示を出す。案内されて辿り着いたのは料亭の一番奥の部屋。立派な座敷だった。日雇い労働者である霧雨の服装には似つかわしくない部屋だ。だが、格好などを気にする霧雨ではない。遠慮などせず、用意された座布団にあぐらで座り込む。


 出てきた食事はどれもこれも美味だった。日雇い労働者になってからは高級なものなど一切口にしてこなかった霧雨にとって、久しぶりに食べるうまい飯と酒だった。


「デカいの。結構飲めるクチだな」

「たりめぇだ。漁師同士の飲みはこんなもんじゃねえからな」

「……元漁師か。なんでやめた?」

「……いろいろあってな」

「わけありか。ま、そうだろうな。じゃなきゃ、あんなドヤ街なんぞに住まんわな」

 老人はおちょこに注がれた日本酒を飲み干す。

「デカいの。お前、名前は何ていうんだ?」

「……霧雨」

「霧雨か。いい名前じゃねえか」

「……じじぃ。なんで俺を飯に誘った?」

「……そうさな。まどろっこしいことするのは性に合わねえわなぁ。単刀直入に言ってやる。デカいの。オレのとこで働け」

「あぁ……!?」と霧雨は凄む。

「聞こえんかったか、オレのとこで働け」

「ふざけんじゃねえぞ、じじぃ! 俺にヤクザもんになれってか!? 冗談じゃねえ!」

 霧雨はその手に握っていた猪口を畳に叩きつけた。

「そりゃぁオレも悪いことをしてこなかったわけじゃねぇ。ドヤ街に住んでんのも身から出た錆のせいだ。だがな、そんなオレにもプライドはある。オレはこずるいのは嫌いなんだよ!! 特にクスリをガキに売りつけるなんてのはこずるさの極だ。そんなことやってる組に入るなんざぁ絶対にお断りだ!」と霧雨は怒号を飛ばす。

「てめぇ、組長おじきの誘いを断るってぇのか!?」


 老人の横に控えていた黒グラサンが霧雨に怒号を飛ばし返す。


「二人とも落ち着けぇ」


 老人は霧雨と黒グラサンをなだめながら、猪口に酒を注ぐと口に付ける。


「デカいの。お前の言う通りだ。クスリをガキに売るような任侠なんざあっちゃいけねえ。だから、お前を誘ってんだ」

「あぁ?」

「……昔は違った。俺たちヤクザもんにもヤクザもんなりの矜持があった。だが、そんな昔ながらのヤクザの存在は風前の灯よ。どの組も資金集めのためには手段を択ばなくなった。時代といやぁそれまでかもしれん。だが、まだ俺ぁ諦めきれねぇ。任侠を持っていたあの頃のヤクザに戻してえんだ、俺ぁよ。だから俺にはお前が必要だ、デカいの。久しぶりに血が踊ったんだぜ? お前さんが暴れまわっている姿を見てよ。俺ぁお前に失われつつある任侠を感じたんだ」

「…………」


 霧雨が老人の言葉に無言で答えていると、料亭の入り口方向から物々しい騒ぎ声が聞こえてきた。


「何度言われたってウチはアンタんとこにショバ代を払うつもりはないよ! とっとと帰ってくんな!」


 女将の声が聞こえてくる。老人は重そうに腰を上げた。


「何やら騒がしいな。ちっと様子を見に行くか」


 老人は玄関へと歩み進めた。黒グラサンも後に付く。最初は無視しようかと思っていた霧雨だったが広い座敷に一人取り残されるのも具合が悪く、二人の後を追うことにした。


「アマぁ! てめぇいい加減にしろよ!」


 強面の男たちが女将を威嚇していた。だが、女将は臆することなく言い返す。


「わたしんとこはもう組長さんに用心棒代払ってんだ。アンタたちに払う義理はないね!」

「組長さんだぁ? どこの組のことだ?」

「ウチの組だ。何か問題あるか、若いの?」


 老人は玄関前にたむろしている野郎たちに向かって言い放つ。


「……てめぇんとこの組か、じじぃ。ちょうどいいなァ。てめぇんとこの組とは近いうちに決着つけないといけなかったからなぁ!」


 たむろする輩たちは老人の組とは敵対勢力にある組織だったらしい。


「じじぃとダサいグラサンかけた連れ1匹だけか。今ここで締めてやるよ!」

「ちょいと! 店の中で暴れないでおくれ!」


 女将が無理やり料亭の中に入ろうとする輩を身を挺して止めようとする。


「邪魔だアマぁ! 引っ込んでろ!」


 止められた輩の一人が女将を勢いよく突き飛ばし、壁に叩きつけた。そのまま倒れた女将の頭部から血が流れる。輩たちは女将には目もくれず、老人の前に立ちはだかった。輩の一人がナイフを取り出し、刃を向ける。


「クソじじぃ。今すぐこのショバ俺らに渡しな。老衰で死にてぇだ……ろ?」


 ナイフを持っていた男が悲鳴を上げる間もなく床に叩きつけられた。男を襲ったのは大の男よりもさらに一回り大きな男である。霧雨だ。霧雨が輩の一人を殴ったのである。殴られた輩は気を失っていた。


「てめぇ。じじぃの仲間か!? デカブツ!」

「あぁ? 誰がヤクザの仲間になんかなるかよ?」

「てめぇ、堅気か? いや、そんなことは関係ねえな。邪魔するなら覚悟しやがれ!」


 輩の二番手が霧雨に殴りかかる。だが、男の拳は霧雨の大きな掌に易々と捕まってしまった。霧雨はそのまま男の拳を握り潰す。鈍い音が料亭内に響き渡った。

「ぎゃあああああ!?」


 大の男の甲高い叫び声。霧雨に捕まった男の拳は骨折させられていた。


「て、てめぇ。生きて帰れると思うなよ!?」


 輩の次鋒がスーツのポケットから折り畳みナイフを取り出し、切っ先を霧雨に向ける。


「……情けねぇ。てめえらいわゆる本職だろ? 堅気相手に道具使うなんざ、プライドねぇのか?」

「あァ? どうやら死にてえらしいなぁ!?」


 霧雨はふぅと溜息を吐いてからゆっくりと口を開いた。


「……許せねぇな」

「あァ!?」

「てめえらヤクザもん同士がいくら殺し合いしようが知ったこっちゃねぇが……、堅気に……ましてや女に手ぇ出すなんざ許されることじゃねえ……!」


 霧雨は倒れて血を流す女将に視線を向ける。


「てめぇらは男の風上にも置けねぇクズどもだ。その性根叩きなおしてやる……!」

「言ってろ、ダボがぁ!」


 ナイフを持った男が霧雨に飛びかかる。しかし、霧雨にナイフが届くことはない。巨体の霧雨はナイフをプラスしてもなお、輩より長いリーチを持った拳を叩きこんだ。霧雨に拳を叩きこまれた輩はその場で気絶する。


「て、てめぇ!? やりやがったなぁ!?」と言いながら、残った輩たちはいっせいに霧雨に殴りかかる。

「……てめぇら営業妨害だ。外に出やがれ……!」


 霧雨は一人残らず輩どもを玄関の外へと殴り飛ばした。殴り飛ばされた輩たちは歯を折られ、鼻血を垂らす。


「まだやるかぁ? 根性なしどもよぉ」

「ぐっ!? ち、ちくしょう……! 覚えてやがれ……!」


 凄む霧雨に恐れをなした輩たちはあまりにお決まりな捨て台詞を吐くと、気絶した仲間たちを背負って逃げていった。


「一昨日来やがれってやつだ」と霧雨は勢いよく鼻息を吐く。

「やれやれ。助けられちまったなぁ、デカいの」と、霧雨の後ろから老人が声をかける。

「てめぇらのためにやったわけじゃねぇ。アイツらがムカついただけだ」

「……それにしても、本当に一人でやっちまうとはなぁ。俺が見込んだ通りの実力。……やっぱりウチにこい。デカいの」

「……じじぃ。てめぇわざとグラサンに加勢させなかったな? ……まぁいい。さっきも言ったとおりだ。オレはヤクザになんかならねぇ……!」

「そいつぁ残念だな。だがよぉ、周り見てみろ。この『キタ』の街も昔に比べたらデカくなった。だが、その分子悪党も影に隠れてのさばるようになっちまいやがった。さっきの奴らみたいに簡単に女子供に手を出すゴミみてぇな連中が蠢いてんだよ、この街にはな」


 霧雨は老人の話を聞きながら、キタの街の摩天楼を視界に捉える。


「デカいの。ムカついてはこねぇか? この都会の狭い路地裏に隠れて、女子供を平気で手にかける連中がいることによ」


 霧雨はふぅと溜息を吐き、老人の方に振り返った。


「……この街にこずるいカス野郎どもがいるってんなら、そいつらを野放しにするつもりはねぇ。ただな、じじぃ。オレはてめぇの組の人間相手でもカス野郎ならぶっ飛ばすぜ?」

「構わねぇよ」

「オレはてめぇの組がやってる犯罪行為に手を貸すつもりもねぇぞ? ヤクの売人なんかもっての外だ」

「構わねぇよ」

「じじぃ。オレはてめぇと盃とやらを交わすつもりもねぇし、やくざにもならねぇぞ?」

「そいつはちっとばかし残念だが……。……構わねぇさ」

「そうか……。だったら、この街の用心棒にぐらいならなってやってもいい。金次第だがな」


 霧雨の言葉に老人は口元をにやりと歪めた。


 こうして霧雨は老人の組お抱えの『街の用心棒』になった。霧雨は『キタ』の街でトラブルがあれば顔を出す『暴力的仲裁者』になったのである。喧嘩相手は『善良な堅気に手を出すこずるい輩ども』だ。他人からすれば、なんとも曖昧な基準だ。しかし、霧雨は自分の信じる『義』を押し通す。所属する組織などお構いない。時には老人が束ねる組の者相手でも容赦なく叩きのめした。


 そんな喧嘩と暴力だらけの毎日が数年続いたころ、ふと懐かしくなった霧雨はあのドヤ街をうろついていた。このころには既に『キタ』に移り住んでいた霧雨にとって、久しぶりのドヤ街の空気。


「……相変わらず辛気臭ぇ街だな」


 数年前と変わらない日雇い労働者の街の姿に思わず霧雨は苦笑する。霧雨はかつて自分がよく止まっていた格安の宿泊施設付近をうろついていた。この辺りはホームレスが身を寄せ合い、段ボールハウスを作って雨露をしのぐ地域でもある。まさに『来るところまできてしまった人間』が集まる場所。普通の人間なら不気味さを感じ、近寄ろうともしない地だ。実際、治安も悪い。そんな路上生活者が集まる場所で、霧雨は奇妙な者を見つけた。


「……あそこに倒れてんのは……ガイジンか?」


 道のわきで金髪の女がうつ伏せで倒れていた。背格好と肌の具合を見るにそう年齢を重ねているようには思えない。おそらく少女と呼んで差し支えないであろう女のもとに歩み寄り声をかける霧雨。


「おい、死んでんのか?」


 この地で行き倒れる者は少なくない。もっとも、死んでいるのが少女とあればそれなりに珍しい光景ではあった。この地で死ぬのはほとんど男であることが多いからである。少女は霧雨の質問に答えず、うつ伏せのまま動かない。だが、少女の肌にはまだ血が通っていると霧雨は経験から視認で看破する。


「おい、生きてんのか、死んでんのか答えやがれ!」


 霧雨はうつ伏せの少女を抱えると仰向けにした。ぐったりとした少女は言葉を紡ぐ。


「あ、う、うぅ……。腹減ったぜ……」

「…………あぁ? 腹減っただぁ?」


 思ったよりも大丈夫そうな様子の少女。そんな少女の間抜けな発言に思わず霧雨は聞き返すのだった。

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