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東方二次創作 普通の魔法使い  作者: 向風歩夢
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法則生成

――妖怪の山、現在――


「さ、アイラーヴァタちゃん。もー足どけていーよー。私にあの巫女の無様な亡骸をみせてちょーだい」


 インドラは自身の乗物ヴァーハナに指示する。物理法則を無視した巨体から放たれた白象アイラーヴァタの前足は確実に早苗を捉えていた。インドラは勝利を確信する。


「……ん? どうしたの、アイラーヴァタちゃん?」


 インドラはアイラーヴァタの様子がおかしいことに気付く。よくよく観察すると、アイラーヴァタは何かを我慢するかのようにプルプルと震えていた。


「どうしたアイラーヴァタ……!? 早く前足をあげなさい!?」


 再度支持するインドラ。アイラーヴァタはその眼に涙を浮かべ、「パオン」と悲鳴を上げる。様子のおかしいのを見たインドラはアイラーヴァタの右足に異常が生じていることに気付いた。


「な、なに!? ア、アイラーヴァタちゃんの前足が消えていく……!?」


 アイラーヴァタのつま先から膝あたりくらいまでがぼんやりとした光に包まれ、粒子となり分解され始めていた。インドラは思わず叫ぶ。この現象を起こししているだろう者の特徴を。


「緑髪……! まさか、生きているのか!?」


 早苗を踏みつけていた前足が完全に分解され守矢神社の風祝、東風谷早苗の姿が露わになる。アイラーヴァタの分解は前足にとどまらず、既に全身に回ろうとしていた。恐怖を感じたのであろうアイラーヴァタは悲痛な泣き声を上げながらインドラに助けを求める。だが、もはやインドラにも止める術はなかった。山をも越える巨体を持つ白象はその巨躯を一片も残さず消え去ってしまう。


「あ、あ……。アイラーヴァタちゃんが……。ひぃひぃひぃひぃばあちゃんの代から預かり続ける私の一番のヴァーハナが……」


 アイラーヴァタの消滅。それおを喪失感を隠せない表情で見送るインドラ。だが、次の瞬間には喪失感を怒りに変え、東風谷早苗を鬼瓦のような表情で睨みつけていた。


「緑髪ぃ……! よくも私のヴァーハナを……。殺してやる……!」


 怒りの言葉を並べたインドラだが、東風谷早苗の顔貌を見た途端怒りの表情を少し和らげた。早苗の表情が得意面でも怒り面でもなく、眉尻を少し下げたものでまるで失望したかのような表情だったからである。インドラは思わず尋ねた。


「……なんなんですかー? その微妙な表情はー? 人のヴァーハナを壊しておいて……!」

「残念です」と早苗は口を開く。

「あー? 何が残念だってー?」

「私にダメージを負わせることのできる存在など今まで遭うことはなかった。今日貴方に会うまでは。初めてだったんですよ、私に敵意を向けたにも関わらず不幸に陥ることもなく、さらには攻撃を加えることのできる貴方という存在は……。貴方なら私を殺せる、殺してくれると思ったのですが……」

「ふ……。ふっふふ。何を言い出すかと思えばー。心配しなくても殺してあげますよー。神の乗物ヴァーハナを奪った貴様にはもちろん死を与えないといけませんからねー。今すぐ息の根を止めてやるよ、ヴァジュラの雷でな!」


 インドラは聖槍に変化させた金剛杵ヴァジュラに魔力を込め雷を帯電させると早苗に向ける。


「先ほどまでの生ぬるい神雷とは次元が違いますよー? 私の物理法則改変能力を使った宇宙の理を超える電撃でーす! 細胞一つ残さず焼き尽くしてやるよ!」


 インドラは雷を射出する。一直線に早苗に向かう紫電の光。


「あぁ?」とインドラは声を出す。


 雷は確実に早苗の身体を直撃したはずだった。だが、感触がない。インドラの感覚どおり、早苗は何のダメージも受けずにそこに立っていた。


「……どういうこと? 確実に電撃はお前の身体に当たったはず……!?」

「……嫌になりますね。私にはまだ隠された力があったようです」

「隠された能力ー? 思春期の男子みたいな痛いことを言っているお姉さんですねー。……次こそ仕留めてやるぞ、人間!」


 インドラは早苗が雷のダメージを受けないメカニズムを見極めんと眼を凝らす。早苗の身体に間違いなく紫電が直撃する。しかし……。


「そ、そんな。ウソ……!?」


 驚愕するインドラ。紫電は早苗の身体を通り抜け、早苗のはるか後方へと飛んでいった。


「バカな!? 間違いなく当たったはず。なぜ煙をすり抜けるかのように雷が……!? 私の物理法則改変能力はお前のそれを超えているはず……!」

「さぁ。なぜでしょうね、私にも解りません」


 早苗は相変わらず失望したような表情でインドラを見つめる。真っ暗なハイライトのない眼で……。


 ――トンネル効果。量子力学におけるミクロの粒子が障壁をすり抜ける現象。早苗に雷が当たらなかったのはこの現象が起こったからだ。


 本来、ごく微小な粒子の世界で起こることであり、マクロな世界ではありえない現象。通常ならば人間が雷をすり抜けることなど起こり得ない。……しかし、早苗に与えられた『奇跡の力』がそれを可能にした。早苗にとって不幸だったのはその力のコントロール権が早苗自身に任せられていないことだろう。


「……当たるまで打ち放ってやる……!!」


 インドラは紫電を連発する。……だが、早苗に当たることはついに一度もなかった。


「もう終わりですか?」


 早苗は失望した表情を変えずにインドラに問いかける。早苗にその気はなかったが、インドラには早苗の言動が挑発に似たものに見えた。


「なによー、その態度はー。人間どまりが偉そうにー。良いだろー。見せてやろー。可愛くなくなるからイヤなんだけどねー!!!!」


 インドラの全身の皮膚がプルプルと動き出す。そして、四肢に変化が現れる。


「……眼、ですか?」と早苗が呟く。インドラの四肢の表面に無数の瞼と思しき皺が現れ始めたのだ。四肢だけではない。顔のあちこちにも瞼が出現する。震わせていたインドラの全身が止まった時、無数の瞼が一斉に開眼する。


「なるほど。それが貴方の真の姿というわけですか」

「そういうことだ。覚悟しろ、人間よ。この醜い姿を見た貴様には死んでもらおう」

「さきほどまでの軽い口調がありませんね。どうやら追い込まれているのは貴方のようです」

「言っていろ」


 インドラは早苗に向けて手をかざす。


「緑髪。どうやら、貴様は物理法則改変能力だけでなく、超低確率の事象を引き当てる力も持っているようだな。だが、私の力は物理法則を改変すること。たった今、法則を書き換えた。貴様の強運もここまで。……そして終わりだ」


 早苗とインドラの間に小指の先程度の小さな『黒い点』が現れる。周囲の草木、動物、岩、そして湖……あらゆる物質がインドラの生み出した黒い点へと吸い込まれていく。


「どうだ? さすがの貴様も私の『特異点』には逆らえまい。私の特異点は全てを飲み込み圧縮する。本来ならばこの力を起こすには大質量が必要だが……、私の能力を用いればそんな条件など易々と超えていく……!」

「……く!? 吸い込まれる……!? ブラックホールというヤツですか。……あっはは! 今度こそ私を殺してくれるんでしょうね!?」


 早苗は病んだ笑みをインドラに向ける。


「ふん。変態め。望み通り殺してくれよう、小娘……!」


 インドラはさらに特異点の力を強める。早苗は自ら飛び込むように吸い込まれていった。


「……自ら特異点に飛び込んでいくとは。とんだ変人もいたものだ」


 インドラは特異点にかざしていた手を下ろす。同時に特異点が消え去った。

 インドラははっと気づき、手を口に当てる。


「あっ。いっけなーい。つい神様口調になっちゃってたー。にしてもムカつくよねー。私をこの醜い眼玉だらけの姿にさせるなんてー。まっ。人間にしては良くやった方だったんじゃなーい? 私の物理法則改変能力を全開にさせたんだからー。……さってとー。早く目玉を閉じて隠さなきゃー。……テネブリスさんにも報告しなきゃねー」


 インドラは踵を返し、テネブリス率いる魔女集団『ルークス』のアジトに向かおうとする。……その時だった。


 バチィ! 


 という何かがはじけた音がインドラの背後から聞こえてくる。インドラが振り向くと先ほどまで特異点が存在していた場所に黒い稲妻が走っていた。


「な、なにー?」


 インドラは不可解な現象を前につい声が出てしまう。黒い稲妻はバチバチと何度も音を立てては発声と消滅を繰り返す。そして次第に大きくなっていった。


 インドラは眼を凝らす。黒い稲妻は一点から発生していた。インドラの特異点とは対照的な真っ白の小さな点からだ。稲妻の大きさが大きくなるに従い、白い特異点もまた拡大していく。


「な、何が起きてるのー? あ、あれは私の特異点と同じ……!?」


 インドラが驚愕する中、白の特異点から声が響き渡ってくる。……女の笑い声だった。


「……は。……はは。あっはははは!」

「こ、この声は緑髪……!? そ、そんなはず……!?」

「あははははははぁ!」


 より大きくはっきりと笑い声が聞こえた瞬間、白い特異点が弾け、中から草木、動物、岩、そして湖だった水が飛び出してきた。インドラが黒い特異点に封じ込めたモノが戻ってきたのである。最も動物も草木もバラバラになってしまっていたが……。飛び出てきた水が巨大な濁流となり妖怪の山の斜面を流れていく中、笑い声をあげる女は全く応えてない様子で再びこの宇宙に姿を現す。そう、『現人神』東風谷早苗は無傷で特異点から帰ってきたのだ。


「あははは!」


 壊れた笑い声を出す東風谷早苗を見たインドラはあまりの不気味さに思わず後ずさりする。


「う、ウソだ。特異点から戻ってくるなんて……。ありえない……!?」

「……どうしたんですかぁ? 私を殺すんじゃなかったんですかぁ?」


 早苗はふらふらとした足取りでインドラの元に近づいていく。


「なぜだ!? 私の能力でここら辺り一帯の物理法則を改変させたんだ。もちろん貴様に影響を与えている物理法則も全て改変させた上で特異点に放り込んだのに……! なぜ貴様は生きている……!?」

「神様だというのなら、私を殺せよ……。殺してみてくださいよぉおおおおお!?」


 特異点に入った影響かそれとも本音なのか……。自身もわからないのだろうが、早苗は錯乱したような様子で怒鳴ると、インドラの胸倉を掴み持ち上げる。


「あはははは!」


 早苗の笑い声と同時にインドラの身体が光る粒子になっていく。インドラのヴァーハナ、巨大白象のアイラーヴァタが消滅した時と同じ現象だ。自分の身体が粒子に変換されていることに気付いたインドラは早苗の頬を思い切り殴る。早苗が怯んだ隙にインドラは後方へと飛び退いた。だが、粒子への変換は止まらない。


「き、貴様の物理法則改変能力の方が私のそれよりも上回っているというのか……!? ……そんなはずはない……!」


 インドラは早苗に手をかざし、再び周囲の物理法則を改変しようと試みる。


「な、なぜだ? もう物理法則は変わっているはず……。なぜ貴様に効果があらわれない……!?」


 早苗は変わらず狂ったように笑っていた。もっとも会話が成立したとしても、早苗にはなぜインドラの物理法則改変能力が効力を失っているのかを説明することはできなかっただろう。早苗は無意識にその能力を行使しているのだから……。


 インドラは気付いた。自分が操作し改変している物理法則とは別の物理法則が今、インドラと早苗を含む妖怪の山周辺の空間を支配しようとしていることに……。


「な、なんだこの妙な感覚は……? この宇宙に別の宇宙が無理やり注入されているような感触は……!?」


 インドラは空間内に別の物理法則があることに驚きを隠せない。この宇宙に影響を与える物理法則は一つだけ、それがルールだった。少なくともインドラが生きてきたこの数百年間はルールが崩れたことなど一度もない。だからこそその一つだけの物理法則を操れるインドラは神として君臨できたのだ。だが、今この時、インドラにとっても未知である二つ目の物理法則が現れたのである。


「あははははっはぁ!!」


 より一層笑い声を大きくする早苗。同時にインドラが粒子へと分解される速度が増していく。


「ふ、二つ目の物理法則の生成だと……!? そ、そんな神の上を行く神業ができるというのか……!? ……ふふ、なるほど。貴様に私の物理法則改変能力が効かないわけだ……。貴様は私が干渉できる物理法則とは別の物理法則にその身を預けているということか」


 インドラは諦めていた。既にインドラの操れる物理法則はこの空間から消え去りかけ、早苗の物理法則で支配されようとしていたからである。


 インドラに早苗のような物理法則を生成する能力はない。逆転の策はなかった。


「……こいつは厄介な『神』だ。自分が神であることを自覚しそうにないからね。テネブリスさんに伝えておかなきゃ。あと、次代の『インドラ』に託さなきゃ、ね」


 インドラは金剛杵に魔力を込めるとそれをルークスのアジトがある魔法の森の方向に放出した。


「気付いてくれるかしらねー」


 インドラは金剛杵の軌跡を目で追いながら微笑むと早苗に視線を戻す。


「あーあ。ここで終わりかー。思ったよりも短い神生だったなー。まったくとんだ新神だよねー。いいよー。受け止めてあげるー」


 インドラは完全に粒子となり分解されていく。インドラが消え去った跡に残ったのは狂ったように笑う東風谷早苗の姿だけだった。

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