秋の神と厄の神
◆◇◆
――妖怪の山、麓――
「そ、そんな……」
体をうずくまらせ、苦悶の表情を浮かべるのは八百万分の一の神で秋の豊穣を司る「秋穣子」だった。彼女「ら」を見下すように立っていたのは紫の長髪を持つ美女。しかし、その美女が人外であることは一目瞭然であった。
「あ、あなたたちの目的は何なの? 蛇女……!」
穣子はわずかに残った体力で「蛇女」に問いかける。穣子が形容したとおり、紫髪の美女は蛇女だった。上半身は人間のそれだが、へそから下あたりからの下半身は蛇の尾になっている。上半身の恥部を隠す最低限の黒い布以外は何も来ていない蛇女は穣子の問いに答えた。
「すべては我が主のため」
短く答えた蛇女は尾の先端を穣子の隣で倒れている少女に向ける。すでに少女は気を失っていた。少女の名は「秋静葉」。穣子と同じく八百万分の一の神で秋の落葉を司る。穣子の姉にあたる存在だ。
「な、なにする気……!? や、やめなさいよ!?」
穣子の制止の言葉など届くわけもなく、鋭い槍のように尖った蛇女の尾が静葉に襲いかかる。刺されば容易に体を貫通するであろう超スピードで。大きなダメ―ジを受けた穣子は指一つ体を動かせない。静葉をかばうこともできない彼女にできることは声を絞り出すことだけだった。
「お姉ちゃ……!」
穣子が静葉の死を覚悟したその時、蛇女の尾がピタッと止まる。尾にはリボンが巻き付けられていた。暗い赤色に白色のフリルが施されたリボンである。
「邪魔するな」
蛇女は自信の尾を止めたリボンの持主を睨みつける。
「そういうわけにはいかないわ」
リボンの持主は口を開く。赤黒い服に身を包んだ緑髪の少女は口を開く。彼女の名は「鍵山雛」、妖怪の山の麓に広がる樹海に身を置く「厄神」だ。
「あなたたちの狙いは妖怪の山そのものでしょう? でも与えるわけにはいかないわ。この山は聖域そのもの。山を失えば幻想郷は消滅の危機に陥ると言っても言い過ぎじゃない。そんなことになれば、幻想郷の人間たちに不利益を与えることになるわ」
「我が主の障害となるならば殺すのみ」
蛇女の鋭い尾が鍵山雛目掛けて放たれた。雛はふわりと回転しながら宙に舞って回避する。勢い余った蛇女の尾は雛の背後にあった大岩に突き刺さる。衝撃を加えられた大岩はがらがらと崩れ落ちた。
「とんでもない威力ね……。とても敵いそうにないわ」
蛇女は宙に浮く雛に照準を合わせ、その長い尾を再び雛に向けて射出する。超スピードで向かってくる尾を見ながら雛はポツリと言葉をこぼした。
「……そう、敵わないでしょうね。『いつもの私』なら……!」
雛は直線状に突っ込んできた尾を体をひねって回転しながらかわすと同時に蛇女の尾に自身の衣装に付随しているリボンを巻き付ける。雛は巻き付けた尾ごとリボンを振り回し、蛇女を地面に叩きつけた。
「がっ!?」と衝撃で肺から息を吐き出す蛇女に雛は語り掛けた。
「運と不運は表裏一体。どこかで運が無くなればそこに不運が生まれ、どこかで不運がなくなればそこに運が生まれる……。あなたたちが運を奪ったことで、幻想郷に不運が……『厄』が満ちている。皮肉なものね。あなたたちは自分で首を絞めることになったのよ。私は『厄神』。今の私はかつてないほどの力に満ちている。覚悟することね……!」
鍵山雛は叩きつけられた蛇女を見下しながら、眉を吊り上げるのだった。