結婚するなら?ゼ◯シィ!だよねっ。
リリィとの仲良し回でもあります。
「それで、結婚式、お披露目パーティで何かやりたい事は思いついたかい?」
帰りの馬車に乗り込むと、リオンが尋ねる。
相変わらず、私は膝の上に乗せられている。
甘いなぁ。リオンは足、痛くないのかな?
「結婚するなら、ゼ◯シィのイメージしかない。」
「リ◯ルートか。」
「そういう、話がわかる人がいて嬉しい。」
ちょっと、顔が緩んじゃう。
「私はあの雑誌を読んだ事は無いぞ。」
「そうなんです?」
「君は、婚約者は居なかったと言っていたが。そういう雑誌を読むような相手が?」
ちょっとムッとした表情。
「違うわ。職場の先輩が結婚される前に、一緒に見てたの。いいなぁって思って。」
「そうか。なら許そう。」
頰にキスをされる。
「ねぇ、リオン、チクチクするわ。」
「ああ、この時間だからな。ちょっと髭が伸びたか。痛かったか?」
「そこまでないわ。」
心配そうな顔をするので、思わず笑ってしまう。
頭いい人なのに、かわいい人。
「何をしたいかって言われても、結婚式は、ラトル教の様式だから、ドレスを用意するくらいだし、ドレスはもう頼んでるわ。屋敷で開く、お披露目のパーティは、好きにしていいのかしら?」
「構わないよ。」
「日本式の披露宴みたいなことしたいわ!」
「変わった趣向だと取られると思うが。良いのではないか?」
「君はそんなに宝石にも興味ないみたいで、あまりお金を使わないだろう。パーティは好きなようにやるといい。申し訳ないが、忙しくて君と一緒に詳細を詰める余裕が無い。5月になると余裕は出来ると思うが。どのようにするのか、計画を立てたら、用紙に書き起こして伝えてくれないか?」
「わかったわ。」
「ああ、それから、バイス公爵家のリリスティール嬢の見舞いに行くと約束したのだろう。パーティの後、寝込んだようだが、今は良くなっているらしい。クロードが学院専攻科にいるから、多分、日曜に魔力を抜いているのだろうな。月曜日が体調が良いだろうと推測するが。本当に行くのか?」
「ええ、行くわ。」
「私は付いて行けないが。」
「過保護ね、リオン。大丈夫よ。ちょっと話しに行くだけだわ。」
「わかった、次の月曜、朝から公爵家へ伺いの連絡をしよう。リリスティール嬢の体調が良ければ、会いに行くといい。手土産などは考えているか?」
「公爵家でしょう?何をお持ちすればいいのかわからないわ。リリスティール様の好みも知らないし。」
「では、王都で最近、話題になっている菓子店の菓子を取り寄せるよう、手配しておこう。」
「ありがとう。リオン、そんな事も詳しいのね。美味しいお店なの?」
「さあ。私は食べた事は無いな。ローズの分も頼んでおくよ。」
「本当?嬉しい!」
美味しいものは、幸せになれていいよね。
週明け、月曜日、私はリリスティール様に会いにバイス公爵家を訪れた。
リオンが、流行りのお店のお菓子と、茶葉を手土産に用意してくれた。
リリスティール様。
悪役令嬢とはかけ離れた、折れそうな程に華奢な身体に、漆黒の髪が輝いていた。母親譲りの壮絶なまでの美貌が、見るもの全てを惹きつける。
あの短時間のパーティーで、彼女に見惚れる者がどれほどいたのか。
彼女を周囲の視線から守るように立っていたクロード。2人が余りにも似合い過ぎて、殆どの者が遠巻きに見るだけで、声すらかけられない状態だった。
死亡フラグは折られた。
私は、アイリーン様に約束してしまっている。リリスティール様が治癒した折には、必ず行くと。
普通の女性のようだった。日本からの転生者。彼女は、どんな人なんだろう。
そんな、とりとめのない事を考えていると、メイドに案内され、リリスティールの部屋に通される。
ソファに座るリリスティール様に、まずは挨拶する。
「レイローズ・グラートでございます。この度は、ご面会のお許しを頂き、ありがとうございました。」
「リリスティールです。そんなに畏まらないで。」
リリスティール様が、ふわりと笑う。頰に薄っすら血色があり、体調がいいのだなとわかる。
「マール、お茶の用意をしたら、席を外してちょうだい。2人でゆっくり話がしたいの。」
「お嬢様?」
メイドが、心配そうにリリスティールを見る。
「大丈夫よ。レイローズさんとは、この間のパーティーでもお会いしてるの。クロードの同級生なのよ。私が知らないクロードの話を沢山聞かなきゃ。」
そう言って、ふふっと、無邪気に笑う。
マール、と呼ばれたメイドは、テキパキとお茶を淹れると、退出して行った。
その様子を何となく2人とも無言で眺めていた事に気がつく。
「千葉って、本当?行ったことないのだけど。」
リリスティールが急に話を振る。
「ええ。あの遊園地がある近くです。」
「ねぇ、お願い。2人でいる時はタメ口で良くない?」
クスクスと、リリスティールが笑う。
「本当に?」
「もちろん。うふふ。嬉しくって。私は阿蘇なの。とても、のどかな所。」
「火山がある所よね。写真でしか見た事無いわ。」
「そうよねえ。千葉からは遠いもの。機会が無ければ、国内でも行ったことがない所は沢山あるよね。私なんて、今の国はこの間、初めて学院に外出したくらい。屋敷に引きこもりで、裏の丘しか行ったことないの。ねえ、ずっと聞きたかったの。はなもりって、なあに?」
「乙女ゲームよ。」
想像以上に、リリスティールがフレンドリーで、ホッとする。タメ口、難しいなぁ。ここ18年は、令嬢言葉で過ごして来た。
「ゲーム!懐かしい。乙女ゲームはした事無いかな。友達にしてる子はいたけど。イケメンとの親愛度上げて攻略するのはわかってるけど。」
「夢の花は森の乙女に、って言うゲームで。この世界、そのゲームの設定と一緒なの。ゲームの中では、貴女はヒロインを虐める悪役令嬢、私はその取り巻き。」
「えええっ。その手の小説なら読んでたけど。それって処刑とか、修道院送りとかが、デフォじゃない?」
「そうなの。ストーリーも、その通りで。」
「嘘でしょ?私が悪役令嬢?じゃあ、殺されるの?」
サアッと、リリスティールの顔色が悪くなる。
えっ?待って。ショックで倒れたりしたら困るっ!!
「ちょっ!リリスティール様っ?もう、イベント全部終わってるから、死亡フラグ折れてるから。大丈夫よっ!」
慌てて、フォローするが、
「そう…?大丈夫、だから。ちょっと待って」
と、黙り込んで5分ぐらい顔色が悪くて、心配した。
5分無言って、間が辛いわ。
「もう、大丈夫。驚き過ぎて、意識飛びそうだった。感情の起伏に、魔力の抑えが効かないの。」
ゆっくり話すリリスティール。
「ショックを与えてごめんなさい。本当に大丈夫?見てるこっちが心臓に悪いわ。魔王に殺されそう。」
「魔王?」
「そう、魔王クロード。」
「何それ、ウケる。」
「いやいや、令嬢の言葉使いじゃないリリスティール様の方がウケる。」
「マジか。」
クスクスクス。
「令嬢の話し方じゃないよね。」
そう、リリスティールが言う。
「しばらくこんな話し方してないから、令嬢言葉と混じるわ。ねぇ、リリスティール様って、前世いくつ?」
「ん?20よ。」
「私、23。」
「お姉ちゃんだ。」
「お姉ちゃんか。」
「うん。」
また、2人で顔を見合わせてふふふと笑う。
ふと、リリスティールが黙る。
「どうしたの?」
「私ね、5歳ぐらいに前の事を思い出したんだけど、さっきいた、メイドのマールに魔力で怪我をさせてから、ずっと抑え込むのにいっぱいいっぱいで。ほとんど、寝たきりでボーッとしてて、あんまりこの世界の記憶も無いの。2年ぐらい前まで、ずっとベッドで寝てた。だから、まだ令嬢言葉に慣れないの。この話し方が落ち着く。この世界の常識もよく知らない。」
「それで、ストーリー変わったんだ。」
「ストーリー?」
「ゲームでは、貴女が、ガンガン魔力暴発して、他人に怪我させて迷惑かけるけど、そのおかげで魔力を放出して元気になって、クロードと婚約破棄して、第3王子と婚約するの。」
「何それ?本当?」
「そこで、学院で出てきた主人公、ヒロインに嫌がらせして、お決まりの、卒業パーティーで婚約破棄の上、処刑か修道院送り。」
「うわー。それ聞いたら、学院とか行かなくて良かった。」
「私も助かった。」
2人で顔を合わせて、また、クスクスと笑う。何か楽しい。
出会ったばかりだというのに。
「ねぇ、じゃあ、魔力を放出したら、もっと元気になれるの?」
「可能性としては、多分。」
「じゃあ、放出する訓練をどうにかして受けたらいいのね?」
「訓練ねぇ。どういった方法が良いのかしら?」
「わからないけど。クロードに頼りっぱなしも、ちょっとね。」
「そうねぇ。今のところ、彼以外に魔力を吸い出してもらってないの?」
「そうよ。」
「うわぁ。私、恨まれそう。」
「どうして?」
「だって、魔王様、リリスティール様にベタ惚れじゃない。魔力の訓練に男性の魔法使いとか関わると、絶対怒りそう。女性魔法使い、意地でも探して来そう。」
「そうかも。」
「この国の男性って、甘いよね、セリフが」
「そうなの?クロードが恥ずかしいくらいに甘いのは知ってるけど、他の男性と話した事ないし。」
「ああ私の旦那様も…」
転生者って教えて良いものか、分からず、黙った。
「甘すぎるわね。」
とりあえず、言葉をつなぐ。
「どんな風に?」
「人が居ない移動中は、すぐに膝に座らされて、からかわれて、他の男性を見てはいけないって、よく言われるわ。」
「ああ。何かクロードと似てる。」
「でも、元々の私の好み、ドストライク過ぎて、全然逆らえない。」
「えええ。ここに来て、まさかの惚気っ?」
「言われてみたら、初めて惚気たのかも。」
「初めてなの?」
「うーん。宰相様だから、結構、人気あったのよね。今でもあるのかしら?下手に惚気なんて言ったら、恨まれそうだわ。」
「社交界、怖っ。」
「そうねぇ。」
「もう、ずっと行きたくないわ。」
「そうもいかないでしょ?」
「この年齢で、全然、この世界のこと知らないのよ。寝たきりで、勉強どころではなかったし。」
「元々、病弱って皆が知ってるし、公爵家令嬢にそんな文句つけられるのって、限られるから大丈夫よ。」
「限られるって言われても、アウェー感が半端ないの。この間のパーティーも、本当に、逃げ出したくて。行かなきゃ良かったって、ずっと思ってた。」
「そんなに?」
部屋がノックされ、さっきのメイドさんがお茶のお代わりは如何ですか?と、入ってきた。
そういえば、お茶はのんでるけど、話に夢中で、お菓子食べてないわね。
「美味しいお茶だわ。シモール産の茶葉かしら?」
「そうでございます。」
笑顔でメイドが答える。
「つい、話が弾んでしまって、お菓子に手をつけていなかったわ。綺麗なお菓子ですわね。」
「お気遣いありがとうございます。当家の料理人が作らせて頂きました。」
小ぶりのスコーンと、クッキー、一口サイズのタルトが可愛い。
メイドが綺麗に礼を取る。流石公爵家。メイドも一流な感じね。
「マール。ありがとう。」
リリスティールが声をかけると、
「御用がありましたら、お声かけ下さいませ。」と言って退出して行った。
「流石、メイドさんも一流ね。」
「そうなの?」
「ええ。だって、彼女、薬師でしょう?薬師をメイドとして使うなんて、公爵家は凄いわね。リリスティール様の専属なの?」
「そうだけど。私、マールが薬師って、はじめて知ったのだけど。」
「彼女の銀のネックレス。丸いペンダントトップに、葉と、天秤を象ったデザインが入ってるでしょう。あれが、薬師の証よ。」
「そうなのね。自分の身の回りの人なのに、知らない事が多すぎて。」
「薬師は、平民上がりの方も多いけど。髪色が薄い茶色だし、微妙に魔素を感じたから、もしかしたら、土属性の魔法も使えるのかも。だとしたら、薬師としては、調合に便利だから、とっても向いてると思うし。もしかしたら、出自は、男爵家か子爵家のお嬢様かもしれないわよ?」
「この短時間に、そんなにわかるの?」
「まぁ。この世界、長いですし。」
「ますます、社交とか不安になって来た。」
「大丈夫よ。魔王クロードがバリア張ってくれるわよ。」
「魔王って、何で魔王なの?」
ふふふとリリスティールが笑う。
「学院でのあだ名よ。もう、あの人、表情筋、無いのかってくらい無表情で怖いじゃない?入学当初は魔力値は普通で、学力と総合査定でトップだったけど、リリスティール様の魔力ももらってから、無双よ。卒業前とか、演習、教師7対1でやってたわよ。どれだけ強いのよ。」
「ええ?無表情なの?いつもニコニコしてるけど?」
「きっと、貴女にだけよ。」
「うわぁ。」
「そういえば、アイリーン様はお元気?」
「母?元気よ。昼間は治癒師協会に行ってるからいないけど。」
「もしかして、自分のお母様が聖女と名高いのも知らないの?」
リリスティールが、えっ?って顔をしてる。これは知らないんだわ。
「…知らない。」
「私、記憶が戻った時の怪我を治して頂いたの。」
「母に?」
「そう。」
「学院入学前だったのに、アイリーン様に、リリスティール様の体調が良くなったら、絶対、リリスティール様の側に行くって言っちゃって。どうして、自分から破滅フラグに突っ込んで行ったのかって、落ち込んだわ。」
「どういう流れで、そうなったのかわからないんだけど。母と約束してたから来てくれたの?」
「それだけじゃないわよ。貴女と話したかったの。」
「そう?」
「そうよ。私も、こんなに楽しいなんて思わなかった。」
「同郷みたいな気分よね。」
「本当。」
自然と、笑顔になる。
「もし。もし、私が社交に出ないといけなくなったら、助けてくれる?」
リリスティールが、急に真剣な表情で尋ねてくる。
「もちろんよ。」
私の返事に、リリスティールが笑う。
2人のおしゃべりは止まらない。
あっという間に、約束の1時間が過ぎる。
「また来てくださる?」
メイドがいる為、また令嬢言葉に戻したリリスティールに返事をする。
「ええ。また。私、6月に結婚式と、披露のパーティーをしますの。もし、もし、リリスティール様が体調が良ければ、クロード様といらっしゃって。」
「本当に?でも、私が行っても大丈夫かしら。」
「大歓迎よ。クロード様が許せば、でしょうけど。」
「クロードにお願いするわ。」
「貴女がお願いしたら、クロード様は断らないでしょう?」
「そうかしら?過保護なの。」
「限られた、選ばれた人間しか呼ばない内輪のパーティーだから、気軽に来て下さると嬉しいわ。気分が悪くなったら、すぐに休めるように、お部屋も準備しておくわ。」
「そんなに気を使ってもらったら、申し訳ないわ。」
「ホストとして当たり前の配慮ですもの。だから、リリスティール様、あと、2ヶ月ありますわ。暖かくなってきますから、もっと、お元気になって。」
「そうね。頑張るわ。ありがとう。本当に今日は楽しかった。」
「ええ。それでは、失礼致しますわ。」
「また来てくださいませ。」
「ええ、必ず。」
こうして、私はリリスティールという友を得たのだった。
「ローズ。リリスティール嬢はどうだった?」
帰宅した旦那様が、開口一番に尋ねたのは、リリスティールとの関係だった。
「たくさんお話して、楽しかったわ。」
ふわりと抱きしめられ、頭を撫でられる。
「それは良かった。いい関係が築けそう?」
「友達になったと思うわ。また、会いにいく約束をしたの。」
思い出すと、楽しくて、ふふふと笑ってしまう。
「君が楽しそうで、何より。」
そう言って、額にキスを落とされた。
リオンも、過保護ね。
目の前にある優しさに、つい、甘えてしまう。
守られている安心感が、心地よかった。