再録・2.回避出来ているようで、出来ていないような?
「ごきげんよう。治癒師協会から参りましたアイリーンと申します。」
フワリと笑顔が素敵なバイス公爵夫人は、とても柔らかな印象で、一瞬で死亡フラグ回避という現実を忘れさせてしまった。
「レイローズでございます。この度は、わざわざ、私の為にご足労頂きまして、ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げる。この体では、淑女の例など取れない。
「あらあら。可愛いお嬢様。今日は私は、公爵夫人ではなくて、治癒師のアイリーンなのよ。気になさらないで。さあ、治療致しましょう。」
ベッドの横の椅子に腰掛けると、微笑んで、1番痛みのひどい右手に手をかざす。
暖かい力が身体を巡るのを感じると、一瞬にして痛みは消えた。
「えっ?・・・痛く、無い?」
良くなったの?早くない?
「うふふ。よかったわ。女の子なのに、青アザになってたら、気が滅入るでしょう?もう大丈夫よ。でも、治癒を進める分、体力を使ってるの。出来たら、1週間は屋敷でゆっくり過ごして。外気に当たりすぎて風邪をひくと良く無いわ。」
アイリーン様の優しいお顔が、心配そうに私を覗き込む。
「ありがとうございます。」
光の聖女と言わしめた、美貌と確かな実力が目の前に存在する。その圧倒的な存在感に何を言っていいものか。社交でも、家格に差がありすぎて、こちらから声をかけるなど出来ない。
自然と、固まってしまう私。
「ごめんなさいね。緊張させてしまったみたいね。私の娘と同い年のお嬢さんがケガしたって聞いたら、居ても立っても居られなくて。」
うふふっと、ちょっとだけ恥ずかしそうにはにかんで笑うアイリーン様は、本当に美しくて。御歳35って本当かしら?20歳だと言われても、信じてしまいそうな若さだわ。
その美しさを表現できないもどかしさ。わかるかしら?
でも、リリスティール様と一緒の年というだけで、そんなに高位の治癒師様が私の所までいらっしゃるなんて。
返事を返せずにいると、アイリーン様が
「不思議ね。私の娘とは、似ても似つかぬのに、何故か雰囲気が似ているのよ。貴女は、1人で抱え込んで頑張りすぎていないかしら?」
そっと、優しく抱擁され、髪を梳かれた。
「私の娘は、魔力が闇属性なの。私の聖魔力とは反発し、相性が悪くて。だから、どんなに苦しんでいても、近寄る事すら叶わず、見守るしかないの。同い年の貴女の怪我を治したかったのは、娘に出来ない事をやってみたい自己満足なのよ。付き合ってくれて、ありがとう。それでは、元気で。光の加護が、貴女にありますように。」
アイリーン様が美しい所作でスッと立ち上がり、略礼をされて初めて、ハッとする。
「あっ!アイリーン様っ!!きっと、リリスティール様は良くなられますわ!必ずです!その時は、聖にも闇にも馴染める水の私が、必ず参りますわ!」
「ふふふ。ありがとう。いつか貴女が私の娘のお友達になってくれると嬉しいわ。」
フワリと、まるで光がきらめくような、花がほころぶような笑顔を残して、颯爽とアイリーン様はお帰りになった。
「何てお美しく、神々しい。」
ほおっと、息をつくアリスの言葉に、ハッと我に返った。
!!!!!!!!!!!
何で私、わざわざ破滅フラグに突っ込んだ!?
どうして。
何やってるの私!!
でも、ストーリーによれば、本人の魔力の暴発で元気になった。決して、治らない事は無いはず。
我慢しているのだろうか?それとも、使えない状態なのだろうか?
とても優しく美しいアイリーン様。魔力を暴発させないその娘の悪役令嬢。
彼女は本当に悪なのだろうか。
悪役令嬢の取り巻きその1役割の私が転生者だ。元気になって、頭の良いリリスティールは、新しい婚約者の第3王子と同じ学年になりたいからと、ワガママ、ごり押し特別入学だったのよね?
ストーリーと全く違う流れを考えると、もしかしたら、彼女も転生者なのだろうか?
他にも転生者がいるのだろうか。転生者が沢山いて、ストーリーが変わるなんて、お約束じゃないか。
では、私はどうすれば。どう動けばゲームの強制力に勝てる?
考えているとサーっと血の気が引いていく。
それを見たメイド達があわてだす。
「お嬢様!お顔色が!!緊張なさったんですね!公爵夫人様も、体力を使うとおっしゃってたし。さあ、早く横になって。暖かくして。しばらくお休み下さいっ!!!」
問題無用で休養を取らされたのであった。
ああ。リリスティール様が、転生者でも何でもいいから、アイリーン様のような優しいお方であります様に。
年明けて4月。王立魔法科学学院1年2組に入学した私は、平凡な令嬢ライフをスタートしていた。
何人か思い出さないでいたが、学院入学者の顔を見て、10人の攻略対象を思い出した。
クラスは、家格と成績の総合査定で1組がトップクラス、数字が上がるに連れて、家格と成績が下がり、5クラスある。
ゲームではさらっと流されたこのシステムも、学生としては厳しい。
誰が見たって、家柄と成績がわかるからだ。
1年時は、まだいい。
1年時のみ、1年1組は、家柄の良い者だけで構成される事が決まっている。メイン攻略対象で1組にいる9人とは会わない。平民での攻略対象は、商家の息子で、5組のマルスだけ。ヒロインも5組。ゲームのお題通り、ヒロインは森の乙女と呼ばれる。しかし、この世界に緑の属性がない為、土・風・水の複合魔力持ち。複合魔力持ち自体、とても珍しいのだ。栗色の髪の可愛い娘だった。
問題は2年だ。
1年時の成績で行われるクラス分けは、平民でも2年1組に入れるから、当然、貴族の者で2組落ち、最悪、3組落ちする者が出てくる。
因みに、貴族は3組以下にならないので、3組という時点で、ちょっと・・・って雰囲気がある。
そんなの、ゲームじゃわからないよね。
もう、切実に、勉強苦手なんだけど。
1組になってしまうと、死亡フラグが更に近寄って来るし、元々、そんなに勉強好きじゃない。でも、3組はなりたく無いし。平均したら、そこそこの順位になるように勉強したつもりだったのに。
オチが待っていた。
こんなにストーリーと違いがあるのに、小説でよく聞いたゲームの強制力という物なのでしょうか?
春休みに訪れた避暑地で、水脈が細くなり、水量が取れず、困っていると聞いて、見に行くと、水霊が栓になって、眠っていた。
声をかけて、元々、民が作っていた祭壇で眠って貰うようにお願いすると、寝ぼけ眼で移動してくれた。
もちろん、水量が回復し、とても感謝されていい事をしたと、満足していたら、その話が学院にも、届いていたらしく。
加点されて2年1組・・・。
嘘でしょう。誰か嘘だと言って。
願い虚しく、攻略対象者9名(元々、家柄良しの高スペック)の元へ送り込まれたのであった。
ただし、ホッとした事に、ほとんど攻略対象者との接点は無かった。
なぜなら、第3王子を中心に、既に結束固く仲の良かった彼らと休み時間に会話する機会など、殆どなく、授業のディベートぐらいで、個人的に話す事は無かったのだ。
更に、特筆すべき点は、ヒロインが1組にならなかった事。彼女は5組のままだったのだ。
つまり、ヒロインと対象者の接点が無ければ、死亡フラグは折れたも同然!
ちょっと頰が緩む。
この世界では、絶対に出来ないが、ヨッシャー!!!!!って叫びたい。
お気の毒な事に、リリスティール様はまだ体調がお悪いと聞く。
その噂にホッとする自分の浅ましさに情けなく、腹が立つ。
この世界は、ゲームと違う。
私の心臓は動いているし、何かあってもリセットなんて出来ない、筈だ。
時折、ふと思う。どうしてそんなに生に執着しているのだろう。未来の一片が見える不安。
答えは、出ない。
6月に入って、クロードの魔力量が跳ね上がった。
実習でも、教師5人対1で訓練をするようになった。
それに伴って、夏頃、リリスティール様の容態が、回復に向かっていると聞く。
怖い。強制力が働く事が有るのだろうか。
そう思いつつも、変わり映えの無い日常が過ぎて行く。
秋。これまた特段、変わりない日常。
学院の中も、紅葉で秋めいている。
そんな中、魔法力協調の授業で、私とクロードがペアとなった。
1センチ程度の小石を、左右から、別の属性の力で持ち上げ、5メートル先の箱に入れるというもの。前世の記憶から、小学校の運動会で行うボール運びみたいだな、と思った。
やってみると、簡単に見えて、難しい。
互いの魔力放出量を合わせ、流すスピードを一緒にしないと、ポロリと落ちる。というか、クロード魔王の魔力で、パァーン!と石が吹っ飛んでいき、さながら拳銃の弾のようです。
怖いです。当たると死にます。
特に、私とクロードの場合は、クロードの魔力が強すぎて、持ち上げる事すら出来なかった。
微量の魔力を調整する為の訓練でもあるのだ。
試しに、他の人とペアを変えると、私は他の人と出来たが、クロードはことごとく、魔力量が多くて失敗した。
クロードは必要最低限しか会話しない。闇属性を纏い、凛と立つ姿は魔王様と言うアダ名そのままだ。彼の魔力は、今、底無しなのだろうか?
ふと、思いついたのだけれど。
「クロード様、魔力に溢れて調整が難しいなら、明日の特別訓練の後、魔力が減った状態で挑戦してみるのはどうでしょう?」
「だが。魔力が有り余る状態で出来なければ、意味が無いだろう。」
「まずは、魔力量が少ない状態で、小石を運ぶ感覚を掴まれてみてはいかがでしょう?この小石を運ぶ為の魔力量を把握なされば、調整はより簡単になられるのではありませんか?」
正直、自習的な時間をずっとクロードに付き合いたく無いんです。
モブでいたい。
なるべく遠くから状態を見守りたいのですよ!!!
貴方の魔力で銃弾のように飛ぶ石がいつこちらに向かって来るのかと思うと怖いんですよ!!
「特別訓練は、放課後だ。その後となるなら、レイローズ嬢にもかなりの時間、待って貰わなければならない。」
「そうですわね。気にされるのであれば、上手く行ったら貸し1つという事で。」
「貸しか。」
「私が何か困っていましたら、ご助力下さいませ。でも、上手く行かなければ、お互い様という事でいかがです?」
「わかった。」
翌日、放課後、学院の図書館で時間を潰し、カフェに行ってケーキセットを食べていると、クロードが現れた。
訓練時間にバラツキがあるらしく、図書館に行って、飽きたらカフェにいると伝えておいたのだ。
「魔王様、食べ終わるまで待って。」
「何だそれは。」
「貴方、目安として提示した時間より早すぎるわ。」
「魔王って・・・」
「お強い貴方のアダ名。ご存知無かったの?」
「殿下に一度だけ呼ばれた覚えはあるが?」
「ええ、それから、魔王様で通用してましてよ?」
ちょっと目を見開いた様な、気がしたけど。まあ、大丈夫でしょう。
というか、話してて表情を動かした?のは初めて見たわ。
場所を移して、魔力実習場。
クロードは1回で成功した。
もう、何かね。魔王の出来は違うね。
まぐれじゃ無いかの確認で、10回やって、10回成功。
5分でお開きになりました。
しかし、次の授業、以前より増して魔力量が多く、全くのダメ。挙句、小石まで破壊する始末。何て声かけたらいいのよ?
「チッ。」
ああ。魔王様がイライラしてますよ。
魔法って、私は結構イメージで繰り出してる。前世の記憶から、アニメイメージで繰り出すとまあまあ出来る、という。魔力が中程度だから、イメージより貧弱なのだけど。
力量を弱めるなら、出口を細くして、魔力を押し出す力を微かに漏らすぐらい、だろうか?
「クロード様。身体に魔力を貯める器があるとして、器の口は殆ど閉めて、微かに漂わすつもりで、漂ってるものを小石に触れさせるように魔力を繰ってみてはいかがでしょう?」
「変わった繰り方だな。」
「まあ。私のやり方ですけれども。」
クロードがグッと魔力を抑えるのがわかった。
「やりますわよ?」
小石に手を向けて、魔力を繰る。
フワッと小石が浮かぶ。
ハイスペックは違うなと、しみじみ思う。何となく感じる魔力に合わせ、やや、フラフラしたものの、成功。
「ああ。掴めたと思う。もう一回、いいか?」
「わかりました。」
フワリと小石は浮かび、今度は放物線を描いて、綺麗に5メートル先の箱に入った。
「礼を言おう。借りが出来たな。借りはいつか返そう。」
「そんな大げさな。」
魔王クロードは相変わらず、表情筋が動かない。
「ねえ。クロード様。私、最近、疑問に思ってましたの。日によって、非常に魔力量にバラツキが大きいのは、生活習慣で、何か違う事をされてますの?魔力の回復は、個人の活動と休息に左右されるのですから、そこを整えられるともっと楽に調整出来るのではありませんか?」
「それは無理だな。最近は、リリスティールの余剰魔力を吸い出しているから、魔力の量が一定しないのは、リリスティールが安定しないからだ。」
え?今、何て?
「リリスティール様の魔力を引き出して自分の物にされてますの?」
「ああ。」
「初めて知りましたわ。」
「俺の家と、公爵家の者しか知らないからな。王家は知っていると思うが。」
そんな重要事項をサラッと。
「それで、リリスティール様が回復されてるという事でしたのね。」
「そういう事だ。」
「私が聞いても良かったのです?」
「いずれ知れ渡る。自分の魔力の繰り方を話すなんて、逆手にとれば、その思考を乱せば魔力を繰れないだろう。自分の弱点を晒してまで、俺に説明したのだから、お前こそ、人と話す時はもう少し用心する事だ。」
長いセリフ頂きました!が、貸しどころか、弱点を晒すなんて。
ん?そういえば、さっき、お前こそ、って言われた??レイローズ嬢から格下げ?格下認定か??それとも、フレンドリー展開か??
もう、魔王クロード、何考えているのか全然わからないよ!
前途多難だ。