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勘八

「天井のシミが一瞬動いた!」そんな馬鹿騒ぎが始まってもおかしくない状況にいる俺は今日も奇妙丸が来るのを心待ちにしていた。というか本当に暇なんだけどさ、三度の飯が唯一の楽しみだけど、この時代って一日2食が定番だから、朝と夜以外に楽しみがないんだよね。飯にしか意味を見出せない人生は前世では考えようがなかった。


家と大学の行き来だけを繰り返し、大好きなのは歴史。正直出会いどころか人としての営みを完全に放棄した生活に嫌気を持つ気にさえならなかった。史学を専攻して、課題が終われば、趣味で歴史の勉強。史学科ってイメージよりマニアックだから本当のオタクじゃないとキツイってのはあるけど、そんな中でも俺は少し抜けていた。と言っても周りが遊んでいる時間を歴史に費やしているだけで、別にすごく勉強ができたわけでもないが。


そう考えると今も昔もしていることは変わらない。ただ、自分が勉強すると言う環境を揃えてもらっているかどうかの差があるわけだ。親に感謝している。口で言っても、本質の理解は失ってからでないと気づかないようだ。まぁあと数日もすれば手習い、武術、馬術、作法、兵術、読み書き計算(習得済み)、が始まるからまた忙しない日々が戻ってくるだろう。暇というのも悪くないものだな。


寝返りを打つと、少しほっそりとした人の足がみえて、ゆっくりと顔を上げる。

しっかり者の奇妙丸だろう。茶筅丸はふっくらとしてるからな。そんな憶測をたてて、自信を持ってみた人物は、これまたみたことのない男の子だった。なんというんだろう……茶筅と違ってクールな感じが滲み出てる。現代で表現するなら、いかにも勉強できそうなやつ。少し細くて、それでいて肌が白い。


「……兄上?」


確証がないのか、首を傾げながら不安そうに訪ねてくる姿は愛くるしくもあるが、その瞳には若干軽蔑の意が込められているようで、一度成人を迎えた人間としてはこの視線は脇腹あたりから心までを抉るものできる。冷ややかな視線に、額を流れる冷ややかな汗。現代で生きていた自分にとっては、襖を開けると蒸し暑いという気さえあるのだが、凍りつくような状況に背筋ががビシッと伸びてしまう。


「勘八ですか?」


立ち上がり、勘八との距離を縮めようとすると、彼は少しだけ間をとった。よく考えてみれば、戦国の世ではこれが正解なのかもしれない。けど、違和感と何か心に迫るものがあり、俺も一歩下がってしまった。


「……」


無言でこちらをみつめる勘八の目に、俺は写っているのだろうか?少し動揺して視線を泳がせていると、


ドタドタドタ!!


「あにうえー!!」


愉快な音がして、丸々っとした茶筅が俺に抱きついてきた。その様子を見て勘八は、目を丸くし、もう一歩後ずさってしまった。


「すいません、あにうえ。えーと、とりあえずちゃせん、はなれなさい」


奇妙丸が茶筅をヒッペ剥がし、勘八を前に出す。


「これがかんぱちです。こちらがあにうえですよ」


やはり年長者、嫡男ということもあって礼儀作法、社交辞令、姿勢、表情ともに奇妙丸がずば抜けているのだろう。なかなかに大人だ。


「こんにちは、勘八」


「……」


後にいた奇妙丸が勘八の肩に手を置いて、後ずさって何も言わない彼にニッコリと笑って、話しかけた。


「むりするひつようはないのですよ」


「そうですね、最初から距離を詰めすぎたかもしれません。入ってください」


奇妙丸達が外でずっと立っていたので、3人を招き入れる。何かいい兄の振る舞いに見えて、何かあるようなやりとり。確か親が違うらしいけど、そんなのこの時代では当たり前のことだしな。……当たり前?


「そういえばあにうえはあしたからてならいがはじまるんですよね?」


「そうで……え?明日ですか!?」


「そうですよ?しらないんですか?」


ニッコリと穏やかな笑顔で首をかしげる奇妙丸の袖を引く勘八と、寝転ぶ茶筅。ぐでーとした茶筅のお腹をしまって座らせる奇妙丸がこちらを向き直すタイミングで質問をする。襖から差し込む光が、明るくなってきた頃で、気持ちいいのだろうが、注意されるときっちり座っている。


「誰が言っていたのですか?別に暇なので嬉しいのですが」


「ちちうえからつたえておくようにとことづてをいただいていまして」


あの人か……もう驚かんぞ。想像通り、横暴だ。


「きいていないならじゅんびもあるでしょう。きょうはここでしつれいしますね」


えっ?もう帰っちゃうの?正直準備とか言われても何をやるのかわからないです。そう思っていると、勘八の方をチラチラ見ている奇妙丸のほうを見て再び違和感を感じる。確かに勘八も緊張しているみたいだしな……引き止めるのも悪いか。


「そうですね。では、私は出てはいけないのでお見送りできませんが、お気をつけて」


「ではしつれいします」


「あにうえ〜!!」


「……」


3人の背中を見送って、部屋の中に戻る。寝転んで、ヘラヘラと笑う。


「……次会ったら絶対文句言ってやるよ!!」


明日から急に始まる「手習い」。前世の経験を生かして絶対乗り越えてやる。


なんでこんなに燃えているのかわからないけど、久しぶりに色々なことを考えて疲れてしまった。


戦国に来て情緒不安定になって……俺は本当にこれからやっていけるんだろうか?


差し込む光がオレンジ色に変わる頃、夕ご飯を食べ終わるまで俺の機嫌と情緒はなおることがなかった、だが人がいないのでそれを知っている人は一人もいない……

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