奇妙丸
前までにはなかった話です。
井の中の蛙大海を知らずされど空の青さを知ると言うが、自分は空の蒼さも知らなかったようだ。時間の余裕を感じると人は空を見上げる。余裕がなければそんな意識はないからだ。
だがそんな余裕を感じる幸せも、1日あれば十分なようだ。
天井のシミの一点をみつめて、何秒間目を開けていられるか試す。
乾いて閉じて。今度は目のピントをずらして、物を二重にしたり。
広い部屋に藤吉郎が外に控えている以外は一人。正直何もやることがないし、一人は寂しい。けど豪華なものに囲まれているので、文句を言う必要もなく。ただただ時間が過ぎるのを待つだけというのは悲しいし、待つのは飯の時間のみと言う生活に息苦しささえ感じる。
習い事とかをやらすのは体重が増えてからと言われてしまい、今はただただ部屋でゴロゴロするという、もはやヒキニートスタイル。食事もたっぷり与えられるので有り難いのだが、いかんせん暇でしょうがない。
ゴロゴロ生活3日目にして、既に限界を感じている。天井のシミももう鮮明に思い出せるレベルだ。暇で暇でしょうがないが、藤吉郎は仕事なので、俺と遊ぶというわけにもいかないらしい。
すると襖にふっと人の気配がした後に、部屋が少し陰る。誰かと思って腰をあげると、同時に襖が開いて、俺はそちらに目をやる。
「しつれいします。きみょうまるでございます」
クリクリとした目の子供がそこにはいて、すぐに先日会った奇妙丸だとわかった。顔も小さいし、この歳なのに凛々しい顔立ちだ。少し丸みを持っているのが可愛らしくて子供らしい。
「こんにちは!何か用ですか?」
奇妙丸の視線にあわして、精一杯の笑顔を作る。すると奇妙丸は口をキュッと結んで、こちらを向いて、目を上下左右に動かして首を傾げる。
「あにうえ!せんじつはおはなしができませんでしたので、じいにいってつれてきてみらいました」
可愛い!前世じゃ兄弟はいなかったから、こういうの憧れてたんだ!
「そうなのですか。じゃあ少しお話しして行きますか?」
ようやく俺の部屋に入ってきた奇妙丸は、ちょこっと座っていて、愛くるしいとはこういうことかと感心する。
「あにうえはいつもなにをしているんですか?」
「私は見て分かる通り、痩せていますので、健康的になるまではこうしてゆっくりしていない
といけないのです」
奇妙丸は首をコクン、コクンと縦に振り、ニッコリ笑う。細まる目がまた愛嬌を強調していて柔らかい。
「ひまじゃないですか?」
可愛いのだが、その中にも強さがあるのだと感じさせる受け答え。戦国時代の子供はみんなこのようなのかと頭で考えてしまうほどだ。
「暇ですね。ですが拾っていただいた身ですから」
「ではあしたからもきていいですか?」
奇妙丸の顔が明るくなり、その提案を受け反射で首を縦に振ってしまう。
「無理のない程度でなら。では、そろそろ帰る時間みたいですよ?」
白髪のおじいさんが、襖から姿をみせたのでそう教えてあげる。
「ほんとうですね。じゃあまたあしたきます!」
可愛らしい、嘘偽りない笑顔に癒されていると、太陽がまだのぼりきっていないのをみて溜息が出たのは、また別の話だ。