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第八話 好かれる男

西城に突如訪れたモテ期とは……

 美容院のドアを開けた途端、西城の足元に何か茶色いものがまとわりついた。驚いて下を見ると、モコモコした毛の小さな犬だった。

「まあ、チャッピー、おやめなさい。お客様が困ってるでしょう」

 そう言ったのは、この店のオーナーらしき婦人であった。

「あ、いえ、かまいません。わたくし、アベノ生命保険の西城と申します」

 西城が自己紹介する間も犬は足元から離れず、ズボンの裾をペロペロめている。

「あら、保険屋さんなの。ごめんなさいね、ウチは間に合ってるわ。でも、不思議ねえ。ウチのチャッピーは人見知りで、滅多にこんなことしないんだけど。あなたもイヌ好きなのねえ」

 西城は曖昧な笑顔で頷いた。成り行き上、どちらかといえばネコ好きです、とは言えない。

 だが、こういう経験は初めてではなかった。西城は何故かイヌに好かれるようで、イヌを飼っている友達の家に行ったときも、同じようなことがあった。逆に、ネコが自発的に寄って来たことは一度もない。その話を友達にすると、「なるほど。ことわざの『思う人には思われず』ってやつだな」としたり顔で言われたものだ。

 もちろん、未だに独身の西城にしてみれば、イヌやネコではなく若い女性にモテた方がうれしい。だが、古風な顔立ちのせいか、年配の女性の受けは良くても、ほとんどそういうモテ期はなかった。

 それはさておき、イヌはなかなか西城を解放してくれそうにない。

「さあさあ、チャッピー、お兄さんが困ってるわ。離れるのよ。これっ」

 婦人が半ば強引に抱え上げたが、イヌはクーンクーンと鼻を鳴らして尚も西城を見ている。

 これは早々に退散した方が良さそうだ、と西城は思った。

「あの、パンフレットを置いておきますので、よろしかったら御一読ください。失礼します」

 美容室を後にし、駅に向かって商店街を歩いていた西城は、ふと、背後に何か気配を感じた。

 振り返ると、イヌがいた。

 飼い主を振り切って追いかけて来たらしいチャッピーとかいうあのイヌ、だけではなかった。大型犬から小型犬まで、およそ、十頭ほどが付いて来ている。

「おいおい、おまえたち、ぼくは御主人様じゃないぞ。早く帰りなさい」

 だが、話しかけられたのがうれしいのか、一斉にシッポを振っている。首輪をしているイヌがほとんどだから、チャッピー同様、飼い主が困っているだろう。

 その時、通りの向こう側にいた散歩中のイヌが、いきなり飼い主から離れ、西城目指して走って来るのが見えた。それだけではない。いったいどこから来るのか、後から後から様々なイヌたちが西城のいる場所に集まって来ている。

「だめだ。戻るんだ!」

 そんなことを言っても、イヌたちに通じるはずもなく、西城は急に怖くなって逃げ出した。

 背後から、「おれのエリーゼを返せ!」とか、「わたしのショコラを戻してちょうだい!」という叫び声が聞こえて来た。

「違います! ぼくのせいじゃありません!」

 やむを得ず大通りに出ると、誰かが通報したらしく、パトカーのサイレンが迫って来ていた。

 西城は、狭い路地に逃げるべきだったと後悔したが、たちまち数台のパトカーに取り囲まれてしまった。

「犯人に告ぐ! きみは完全に包囲されている。直ちにイヌたちを解放しなさい!」

「誤解です! ぼくは何もしてません! 誰か助けてください!」

 西城の身に危険が迫っていると感じたのか、今や三十頭近くに増えたイヌたちが警官に向かってえ始めた。

「ああ、みんな、よせ! やめるんだ! ますます誤解されてしまうじゃないか」

 警官たちもどうしたものかと、遠巻きにして様子を見ている。

 その時、野次馬たちをき分けるようにして、白衣を着た白髪の老人が現れた。

「すまんの。ちょっと通してくれんかの」

 警官の一人があわてて老人を制した。

「だめです。ここから先に行ってはいけません。危険です」

「いやいや、危険ではないんじゃ。わしが止めんことには収拾しゅうしゅうがつかん。誰か、わしのことを知らんかね?」

 その様子を見ていた年嵩としかさの警官が声をかけた。

「ああ、あなたは古井戸博士ですね。わかりました。みんな、博士をお通ししろ!」

 警官たちはサッと両側に移動し、道を開けた。

「保険屋さん、もう少しの辛抱じゃ。今から中和剤を散布するからの」

 博士は、白衣のポケットから霧吹きスプレーのようなものを取り出すと、ボタンを押した。すると、シューという音とともに霧状の液体が噴出し、独特の薬臭いニオイが辺りを包んだ。

 スプレーの効果はてきめんにあらわれ、西城を取り囲んでいたイヌたちは夢から覚めたように、三三五五、飼い主の元に戻って行った。

 それを見届けると、警官たちも引き上げた。

 西城は、古井戸博士に深々と頭を下げた。

「いやあ、助かりましたあ。本当に、ありがとうございました」

「いやいや、お礼を言う必要はない。むしろ、わしがおびをしなくてはならんのじゃよ」

「はあ?」

「今日、あんたがわしの研究所を訪れた時、外回りで暑かろうと麦茶をふるまったじゃろ」

「ああ、そうでしたね。あの時はごちそうさまでした」

「いや、すまん。実は、麦茶と間違えて、知り合いから頼まれて作っていたホレ薬を飲ませてしまったようなんじゃ」

「ホレ薬?」

「まあ、まだ試作品の段階じゃがね。あんたもフェロモンというのは知っとるじゃろう」

「え、ええ、何となく」

「人間に限らず、動物が異性を選ぶとき重視するのは、見た目よりもニオイなんじゃ。わしの作った薬は、そのニオイを強化するものじゃ。ただし、無から有は生まれん。本人が元々持っている要素を伸ばすだけじゃがね」

「何だか良くわかりませんが、とりあえず、もう大丈夫なんですね」

「そのことじゃが、空気中に漂っていたフェロモンは中和したが、まだ体内に薬が残っている可能性がある。中和剤はそのまま飲むと多少害があるので、別の薬を持ってきておる。これを飲んでくれんか」

「あ、はい」

 言われるまま、西城は渡されたドリンクタイプの薬を飲んだ。

「どうかね?」

「何だか、最初に飲んだ麦茶のようなお薬と似たような味ですけど」

「心配はいらん。毒を持って毒を制す、と言うじゃろ。これは最初の薬を改良したものじゃ。これさえ飲んでおけば、もうイヌに付きまとわれる心配はないぞ。それどころか」

 博士はニヤリと笑った。

「女性にモテすぎて、困るかもしれんがの。ほーっほっほっほーっ」

 意気揚々と引き上げる博士を見送った後、西城は背後に何か気配を感じた。

 振り向くと、大勢のおばあさんたちが……。

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