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第五話 平行する世界

選手団をダブルブッキングしてしまったホテルの秘策とは……

 ここは、とあるスポーツの世界大会を数日後に控えた街。

 その街の目抜き通りにある老舗しにせのホテルでも、着々と選手団の受け入れ準備が進められていた。だが、何らかの手違いにより、よく似た名前の別々の国(仮にA国とB国とする)の選手団を二重に予約受注していたことが、このギリギリの段階になって判明したのである。

 ホテル内にある総支配人室では、フロント課長があおざめた顔で状況を報告していたが、途中で総支配人が話をさえぎった。

「だから、どちらかの国をお断りするしかないだろう」

「ですが、総支配人。ダブルブッキングしてしまったのは当ホテルの完全なミスです。まして、両国は犬猿の仲ですから、先に予約したのは自分たちの方だと主張して、同等の他のホテルを勧めても、互いに一歩も譲りません」

「そうは言っても部屋の数には限りがある。どう考えても、両方は無理だろうが」

「いえ、実は、それが何とかなるかも知れないんです」

「馬鹿なことを言うんじゃない。部屋の数が増えるとでも言うのか」

「ちょっと、お待ちください」

 フロント課長はドアの外に待たせていた若い男を呼んだ。

「博士はまだか?」

「もうすぐだと思うのですが。あ、来られました」

 エレベーターから降りてきたのは、白衣を着た白髪の老人だった。

「博士、こちらです」

「ふむ」

 若い男に案内されて入って来た老人を、課長が総支配人に紹介した。

「こちらは、あの有名な超時空間物理学者の古井戸博士です。知人がコンタクトをとってくれました」

「おお、これはこれは」

 総支配人はデスクから立ち上がって握手を求め、博士にソファに座るよう勧めた。

「ご高名はかねがね伺っております。今回はまた、うちのスタッフが無理なお願いをしましたようで、あいすみません」

「いやいや、かまわんよ。これが大陸を増やしてくれというような話なら無理だが、ホテルの部屋数ぐらいなら、たやすいことじゃ」

 あまりに軽い返事に、総支配人の表情に不安がよぎった。

「それで、どのようにして部屋を増やすのでしょう」

「うむ。総支配人さんは『平行世界』という言葉を知っておるかね?」

「はあ。聞いたことはあるような気がしますが、どういうものかまでは」

「そうじゃろうな。まあ、簡単にいえば、確率的に可能性があることは、すべて別の世界に実在する、ということじゃな。例えば、わしは今朝、ご飯と味噌汁の朝食じゃったが、わしがトーストを食べてコーヒーを飲んだ世界もどこかにある、ということじゃな」

「それが、何か関係あるのですか?」

「大いにある。平行世界は原理的に無限にあるはずなんじゃ。総支配人さんは、無限に一を足したらいくつになると思うかね?」

「えっ、うーん、数学は苦手でして。さっぱりわかりません」

「答えは、変わらない、ということじゃ。つまり、無限にいくつ足しても無限ということじゃよ。だから、どちらかの国をこの世界のとなりの世界にあるこのホテルに泊まってもらう。困ったとなりの世界はそのまたとなりの世界に泊まらせる。これをずーっと無限にやればいいんじゃ」

「ええと、ええと、となりの世界では誰がそれをやるんですか」

「もちろん、となりの世界のわしじゃ」

「うーん、何だかよくわかりませんが、わかりました。やってみましょう」

 次の日、ホテルのロビー中央の円柱に、目立たないように機械が設置された。

 元々、このホテルの客用エレベーターは正面から見て右側にしかないのだが、今はちょうど鏡に映ったように左側にもあるように見える。その前で、博士がホテルのスタッフを集めて説明を始めた。

「いいかな、この機械は次元連結機じゃ。ここからは左右両方にエレベーターが見えておるが、左側はとなりの世界のエレベーターじゃ。この機械のある位置より奥に進めば、そこから先はもう別々の世界で、互いに行き来はできん。他のお客さんが間違って左側に行かないよう、要注意じゃぞ。さて、幸いA国とB国の選手団の到着時間が少しズレておる。どちらか早い方を左側に、遅い方を右側に案内するんじゃ」

 博士の説明が終わりかけた時、左側のエレベーターからA国の選手団がゾロゾロと降りて来た。

「あっ、いかん。となりの世界のわしがフライングしおった!」

 それだけでは終わらなかった。今度は右側のエレベーターから、B国の選手団が降りて来た。

「ああっ。反対側のとなりの世界のわしもじゃ!」

 スタッフたちが右往左往して両国の選手団をなだめているところへ、本来のこの世界の両国選手団も到着した。ロビーはてんやわんやの状態になり、収拾がつかない。

 そこにさらに、左右のエレベーターから新たな両国選手団が続々と降りて来た。もはや、ロビーは身動きできないほど人があふれている。

「ええい、しまったしまった。これでは合わせ鏡じゃ。すまん、ちょっと通してくれ。早く止めんと、大変なことになる。頼む、わしを通してくれ!」

 博士は人をき分け掻き分け、ようやく次元連結機にたどり着くと『元に戻す』と書かれた赤いボタンを押した。

 一瞬にして人が減り、本来の両国選手団一組だけが残った。

 息を切らしている博士の所へ、総支配人が顔を真っ赤にしてやって来た。

「いったい、どいうことですか、この混乱は! その挙句あげく、振り出しに戻っただけじゃないですか。どうやって解決するんですか!」

 博士は照れくさそうに、片手で自分の後頭部をポンポンとたたいた。

「いやあ、すまんすまん。意外にせっかちなわしの性格を、読み違えたようじゃ」

 そこに蒼い顔のフロント課長が来た。

「総支配人、問題は解決しました」

「おお、本当か」

「はい。両国とも、予約はすべてキャンセルすると言ってきました」

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