第二十一話 こんな自由研究はイヤだ(後編)
急に不安に襲われたおれは、カプセルを飛び出し、古井戸に詰め寄った。
「どうした、何かあるのか。結局、タイムマシンは動かなかったんじゃないのか」
古井戸はしばらく目を泳がせていたが、仕方なさそうに口を開いた。
「ある意味、ちゃんと動いた、ということのようだ」
「おい、どういう意味だよ。もしかして、ここは五十年後の未来で、おまえは六十七歳の古井戸なのか。ちっともそうは見えないぞ。ってことは、孫か。いやいや、孫がこんなにソックリってことはないな。じゃあ、あれか、年を取らない薬でも発明したのか」
「だったら、良かったけどね」
古井戸の曖昧な態度に、さらに問い詰めようとしたおれは、次の言葉が出なかった。息が切れたのだ。
「ちょ、ちょっと、水を、一杯、くれ」
「ああ、待ってくれたまえ」
手渡されたペットボトルのミネラルウォーターを飲み、古井戸が用意してくれた椅子に座った。
「ふーっ、興奮しすぎたらしい。まだ心臓がバクバクいってる。とりあえず、ありがとよ」
もう一口ミネラルウォーターを飲もうとしたおれは、思わずペットボトルを落としてしまった。
「な、なんじゃ、こりゃあ!」
おれは自分の手を見て愕然とした。
筋張って、血管が浮き出ており、皮膚にツヤがなく、ところどころシミがある。まるで、年寄りの手だ。
古井戸は気の毒そうに、「良かったら、鏡を見るかい?」と言って、部屋の隅を指した。
おれはゆっくり立ち上がり、姿見の前に立った。
そこには知らない老人が立っていた。いや、よく見ると、おれの田舎のじいちゃんによく似ている。
おれはもはや叫ぶ力もなく、「どういうことだよ」とつぶやいていた。
「小暮くん、すまない。どうも主観時間軸と客観時間軸がシンクロしてしまったらしい。そのままだと、五十年後の未来に五十年後のきみが出現することになり、時間旅行の意味がない。安全装置がそれを回避しようとして、きみの主観時間を強制的に現在に引き戻したため、肉体だけ五十年経過してしまったようだ。詳しいことはこれから解析するよ」
おれは「おい、ふざけるな!」と叫んで、古井戸につかみかかろうとした。
ところが、また心臓がバクバクして、よろよろと椅子に座り込んでしまった。
「まあまあ、小暮くん。興奮すると体にさわるよ。必ず元に戻すから、今日はうちに泊まっていきたまえ。ぼく以外の家族は海外旅行中だから、遠慮はいらない。きみのご両親には、一緒に夏休みの宿題をやりますとでも言っておくよ」
「本当に元に戻せるのか?」
「ああ。原因はわかっているからね」
古井戸を信じるほかなかった。
「ぼくはもう少し原因を調べるから、小暮くんは先にデザートブッフェに行っててくれたまえ」
デザートが準備されている母屋に戻るためには、またリムジンに乗らなければならない。古井戸から事情を聞いたらしい真行寺さんは、精一杯の愛想笑いでドアを開けてくれた。
「お足元、お気をつけくださいませ」
完全に年寄り扱いだ。
「すみません、真行寺さん。驚かれたでしょう」
「あ、いえ、長年おぼっちゃまにお仕えしておりますので、まあ、これくらいは……」
それはそれで恐ろしい。
「失礼ですが、真行寺さんって、おいくつですか?」
「来年、古希でございます」
とすると、六十八か九だろう。今のおれとあまり変わらない。
「変なことを聞きますが、年を取るのって、どういう気持ちですか?」
「さあ、人によるのでしょうが、わたくしは幸せだと思っていますよ」
「どういうことですか?」
「もちろん、体力は衰えますし、健康面でもあちこち不具合が出ますが、その代わり、思い出という財産が年とともに増えて行きます。若いころ辛かったこと、悲しかったことも、今はすべて良い思い出でございますよ」
じゃあ、逆におれみたいなケースは、救いようがないじゃないか。
真行寺さんも、しまったと思ったらしく、「あ、もうすぐ到着でございますよ」と言って、ルームミラー越しに愛想笑いを見せた。
母屋はほとんど宮殿である。リムジンから降りて、一度行ったことのある大広間に入ると、食べきれないほどのデザートが並んでいた。
しかし、……。
三十分ほど遅れて入って来た古井戸は、おれの様子を見て首を傾げた。
「どうしたの。ほとんど食べてないじゃないか。遠慮しなくてよかったのに」
「遠慮なんかしてない。マカロン一個で胸焼けして、もう食べられないんだよ!」
夕食もステーキを用意するというのを断り、お茶漬けにしてもらった。
九時を過ぎると猛烈に眠たくなり、来客用の寝室に寝かせてもらった。
だが、夜中に何度もトイレに行きたくなり、熟眠できぬまま、早朝に目が覚めてしまった。
なんなんだよ、もう。
結局、古井戸は徹夜したらしく、目を真っ赤にして、朝食が用意されたダイニングルームに来た。
「小暮くん、安心してくれたまえ。修正方法がわかったよ」
味噌汁だけで腹一杯になっていたおれは、お箸を置いて立ち上がった。
「よし、じゃあ、今すぐ元に戻してくれ!」
「あ、でも、ぼくはまだ食べてないし」
「後にしろよ!」
それでもカフェオレを飲むぐらいは待ってやり、またリムジンに乗り込んで勉強屋敷に向かった。
中に入ると、昨日以上の散らかりようで、古井戸なりに頑張ってくれたことだけはわかった。
奥にある機械の見た目は昨日と変わらないが、プログラムはすでに修正済みだという。
「さあ、カプセルに入ってくれたまえ」
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろんだよ。さあ」
おれは覚悟を決めて中に入った。まあ、これ以上悪くなることはないだろう。
『サン、ニ、イチ、ゼロ、マイナスイチ、マイナスニ、マイナスサン……、警告、警告、異常事態発生、タダチニ緊急停止シマス!』
またかよ!
プシューッという音とともにカプセルが開き、またしても目の前に先ほどと変わらぬ古井戸がいる。
おれは、よちよちと古井戸に詰め寄った。えっ、よちよち、って?
「どういうことでちゅか、だいじょぶって、ゆったじゃないでちゅか!」
「ごめん、少し戻し過ぎたみたいだ。もう一回調整するよ。さあ、おいで」
そう言うと、古井戸はおれを抱っこした。
*最後までお読みいただき、ありがとうございました。古井戸博士はわたしの作った一番古いキャラクターで、格別な愛着があります。いずれ別の作品にも登場すると思いますので、その時にはまたよろしくお願いします。




