ホーム
ホーム=home
ここへ早く引っ越したい。
そう思った。
素人目ながら、凄さは十分わかった。
初めてのオートロック、という興奮も手伝ったのかもしれない。
その日からだった。
家が泣き始めたのは。
「……あれ?なぁ、ここの天井こんなボロかったっけ?」
最初の異変は、キッチンの天井の隅の方に起こった。
「あら、ホント。はがれてるわね。お父さん帰ってきたら直してもらわないと」
母が言った。
「なになにー、どうしたのー?」
鬱陶しいので妹は追い返した。
今日はたしか父の帰りが早いはずだ。内装だとか、そういう関係の仕事をしている父に言えば、一発で直してくれるだろう。
「んー……前はこんなのなかったのにな。たぶんガタが来てるんだろう」
そう言って、父は天井を慣れた手つきで修理し始めた。
「なになにー、どうしたのー?」
鬱陶しいので妹は追い返した。
修理が終わった頃、ちょうど夕飯が出来上がった。
久しぶりに家族そろって夕飯を食べた。
次の異変は、それから数日後のことだった。
世間の学生共は中間試験シーズンだ。
俺もそうだが。
明後日から中間試験なので、俺はいつもよりも少し勉強時間を何と言うか「フンパツ」して夜遅くまで勉強していた。
……な、何?
これ……ごっ……五乗の展開……公式……?
……覚えるの?コレ。
…………あぁ、頭に入らない。
リフレッシュが必要だ。
必要だ。「だ」、か。「ダイエットコーク」、だな。
俺は一階のキッチンへ行き、冷蔵庫からダイエットコークを出して、ペットボトルのままがぶ飲みした。
その時だった。
ぺりっ…………。
何かが剥がれる音がした。
俺はダイエットコークのボトルを置いた。
そして、キッチンの天井の隅の方を見た。
「………………」
天井が、剥がれていた。
父は内装には仕事柄詳しい。
というか、それを仕事にしている。失敗なんて……。
弘法にも筆の誤り、か。
俺はペットボトルを冷蔵庫に戻し、二階の自室へ戻った。
部屋に入る際、今まで軋んだことの無かった部屋のドアが軋んだ。
やはりガタが来ているのだろうか。
まぁいい。
俺は勉強する気がとっくに失せていたので、さっさと寝ることにした。
次の日。日曜日だ。
変だなぁ、おかしいなぁ、そんなハズないだろ……などとブツブツ言いながら、父は天井を直していた。
ちょうどこの日、家の彼方此方で異変が起き始めた。
フローリングやドア、柱などが軋み始め、窓の滑りが悪くなり、壁紙が妙に剥がれやすくなった。台所以外の天井も剥がれ始めた。
異常だ。
何だ?この家に何かいるのか?
いや、そんなハズはない。そんなモンがいたらたまんねぇ。
そういう事は極力考えないようにしよう。そんなモン存在するハズがない。
と、なると……やはりガタが来ているとしか考えられない。
しかし仮にそうだとしても、唐突にガタが来すぎている。絶対におかしい。
「んー、やっぱこの家もうダメなんだな。引越し決めて良かったよホント」
壁の修復を終えた父が言った。
その時、直したばかりの天井が僅かに剥がれたのに、誰一人として気付かなかった。
ただ一人、俺を除いて。
…………そうか。そうだったのか。
おまえが………………
おまえが、泣いていたのか。
俺の計画は、引越しの準備と共に着々と進んだ。
……試験勉強の際に出し惜しみしたヤル気を活用して。
俺は引越しまでにこの家を修繕することにした。
父親の道具を使えば、出費は少なくて済む。
足りないものはホームセンターで万引き……もとい、購入及び失敬するとしよう。
今まで世話になった、せめてもの御礼だと思って修理していった。
まぁコレで泣き止んでくれればいいのだが……と少々不安ではあったが、思いというものは何故か伝わるもので、俺が修理を始めてから家は泣かなくなった。
毎日少しずつ修理し、そして、引越しの日がやってきた。
ほとんどは引越しのトラックに任せ、自分たちの持つ最小限の荷物だけを鞄に詰め込んだ。
引越しの準備は整った。
あとは…………。
俺は自分の部屋へ戻った。
さいごの修繕を終えなければ。
ドアと反対側の壁の壁紙が少し剥がれている。
昨日見つけたものだが、部屋のものが全てなくなったぶん、余計に目立って見える。
「これで……最後だな」
俺は家を、治した
それから数ヶ月。
季節は夏真っ只中。
下校時刻になってもまだサンセットが拝めない日々がずっと続いていた。
いや、お日様、そんな頑張らなくてもいいから。
正直……クソ暑すぎてたまりません。
まぁ、そんな事はおいといて。
……あの家は、どうなっただろうか。
俺は唐突にそんな事を思った。
引っ越してからしばらくはそんな事ばかり考えていたが、いつの間にか考えなくなっていた。
それが、今なぜ?
この何ともない―強いて言えばただクソ暑いだけの―下校途中に、なぜそんな事を思い出したのだろうか?
などと考えつつ家へと着々と歩みを進めていたのだが……。
……あれ?
ここ……前の家の……。
俺は道を間違えたのか。
暑さのせいか、それとも前の家のことを考えていたからなのか、いずれにせよ、俺は「学校から家までの道を間違える」という、小一並みの間違いを犯してしまったのだ。
高一であるにもかかわらず。
俺は新しい家ではなく、前の家の方へと来てしまったのか。
と、俺が一人でへこんでいると、どこからか声をかけられた。
「久しぶり」
後ろを振り返ると、見慣れない少年がいた。
おそらく俺と同い年くらいだろう。
顔は知らないが、何故だかどこか懐かしい感じがする。
「家のコト、気にしてただろ?」
いきなり考えていた内容そのまんまを言われたので、俺はかなりびびった。
ってゆーか、
「どちら様?」
という俺の問いを完全にスルーして、少年は言った。
「家は元気だ。新しい入居者が来て、まぁうまくやってるよ。じゃぁ、俺はこれで」
少年は言いたいことだけ吐き出して、どこかへ行ってしまった。
……前の家の方向だった。
そうか。あいつ…………。
「……良かったよ。泣き止んでくれて。改めて、色々と…………ありがとな」
俺は前の家の方を向いて、そう言った。
どうも、蒼山です。
本文よりも後書きを書くほうがなんか数倍くらい楽しい俺は異常か。
などという疑問が頭の中に今浮かんでおります。
あー……でもやっぱ後書きはたのしいよね?(何故に同意を求める?)
でも後書きってスグ書くこと無くなるんだよなー。
どぉしたモンか……。