接触9
閉塞しきった部屋に、二人の男がいた。
「ヘリも撃墜されたそうです」
そう報告した片方の男は、もう片方の男の部下だった。
「ウィリアム・グレイスにか!?」
部下の報告に、男は笑い声を上げた。
「なかなか面白いじゃないか、ウィリアム・グレイス」
男はなおも笑い続けた。
「古川に連絡を取り、宿泊先を探れ。夜中に襲撃させよう」
「は!」
「ああ、それと」
部屋から引き下がろうとした部下を、男は引き留めた。
「丸山 成辰を呼べ。彼には準備をしていてもらう必要がある」
部下が部屋を出ていくと、男は自身の頬に付けられた傷を指でなぞった。傷は、右目の少し下あたりから右耳にかけて、直線的に、えぐるように付けられていた。
「来るか。ウィリアム・グレイス」
男は低く笑った。歪んだ笑みを見せる。
「いくつもの組織を単独で潰してきたというが、果たしてその運はいつまで続くかな?」
男の笑いは、除々に大きくなった。
*
「はじめまして。木下 悠葵です。小林防衛大臣から命を受けて、貴方々の宿場の警護にあたらさせて頂きます」
木下がウィリアムと平林を出迎えたのは、"御川屋”(おがわや)という宿の前だった。
「既にチェックインは済ませてあります。鍵はこちらに」
木下は、帳場にいる女性を手招いた。その女性が、ウィリアム達に鍵を渡す。
「お二方の部屋周りの警護班の班長、岩原 嶺耶です」
その女性が名乗る。
「お部屋までご案内します」
岩原に促され、ウィリアムと平林は部屋に向かった。
部屋に入ると、まずウィリアムは、クローゼットを開けた。その後、部屋の細部まで異状がないことを調べると、ウィリアムはベッドの上にトランクを置いた。続いて上着を脱ぎ、クローゼットにしまう。そのあとに、はじめてウィリアムはベッドでくつろいだ。
荷物から、一昔前の、カセットテープのウォークマンを取り出す。どこまで行っても、レトロが好きな男である。
曲を聞きながらウトウトしていたウィリアムを起こしたのは、部屋をノックする音だった。ウィリアムはベッドから立ち上がると、部屋の出口に向かった。廊下には、平林が立っていた。
「下にレストランがあるらしいんですけど、行きますか?」
平林に聞かれ、ウィリアムは部屋の時計を見た。時刻は既に8時を回っている。
「先に行っててくれ」
ウィリアムは平林の方に向き直って答えた。
「10分もしたら行く」
「分かりました。じゃあ、席取って待ってます」
そう言うと、平林は足早に駆けていった。
ウィリアムは、部屋の扉を閉めずに中に戻ると、トランクをクローゼットにしまおうとした。
その時、部屋の西、ウィリアムの右手にある窓が割れた。同時に銃声がする。カーテンで外は見えない。ウィリアムは、クローゼットの中に、トランクごと隠れた。
「どうしました!」
銃声を聞き付けて、ウィリアムの部屋周りを警護していた男が部屋に飛び込んできた。その男の額に穴が空き、男は廊下に倒れる。
カーテンの影から、戦闘服と思わしき物に身を包んだ人物が二人現れた。顔は隠されて見えないが、体格から察するに、二人は男であろう。
そのうちの一人が、もう一人にクローゼットを指差した。指示した男は、ベッド、浴室と順に調べる。もう一人の男は、銃を構えながらクローゼットをゆっくりと開けた。
銃声がして、浴室を調べていた男は部屋に戻った。部屋の床に、相棒が変わり果てた姿となって転がっていた。
男は警戒を強めた。ゆっくりと歩みを進める。
「そんなに俺を殺したがっているのは誰だ?」
背後から声がして、男はドキッとした。
「おっと、動くなよ。少しでも変な動きしてみろ。口から銃弾吐いて死にたくないだろ」
「どうやって裏を取った」
後頭部に金属の冷たさを感じながら、男は尋ねた。
「企業秘密だ」
ふん、と男は鼻を鳴らした。もちろん、英語での会話である。
「どうやら、日本は教養の良い国のようだな。多少はたどたどしいが、まさかお前のような奴までが英語を喋れるとはな」
ウィリアムが男の腕を掴むと、男は簡単に銃を手放した。抵抗する気は男にないようだった。
ウィリアムは男の銃を足ではらうと、自分の銃を男の頭から背中へと移動させた。
「とりあえずニコラスと合流しよう。歩け」
ウィリアムは男に銃を押し付けた。男は扉から廊下へ出た。廊下は、数人に包囲されていた。
「何があったの?」
ウィリアムを見つけ、岩原が声をかけてくる。
「おい、通訳しろ」
ウィリアムは男に言った。
「はあ?俺が通訳っスか?」
「口に気を付けな。いいから通訳だ」
仕方なく男が頷く。
「この男に襲われた。これからニコラスの所に向かう」
男は、そっくりそのままを岩原に伝えた。
「分かりました。こっちの処理は任せて下さい」
ウィリアムに頭を下げると、岩原は部屋の中へ入っていった。
「お前もご苦労だ。さあ、進め」
ウィリアムは男を促した。
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