接触7
アメリカの名前がアナウンスに入る度に、山田は過度の反応を示した。
「なにそわそわしてるんだよ」
山田の同僚の武居 勇は苦笑した。
「だって、これから会うのは世界最高の暗殺者だぞ。逆にお前は緊張しないのか?」
「あー。俺はそういうのとは無縁だから」
はあ、と山田はため息を吐く。
「いいなあ、能天気で。こっちは胃に穴が空きそうになってるっていうのに・・・」
「色々余計なもん背負い過ぎなんだよ。お前は」
はあ、と再びため息を吐く山田。そこに、アメリカからのチャーター便到着のアナウンスが入る。山田はビクンッと体を震わせた。
「お、来たようだな」
武居が腰を上げる。山田も、三度目のため息を吐くと立ち上がった。
到着口の前は比較的空いていた。先刻到着した諸外国からの観光客や帰国者がゾロゾロと出てきては去った。
「ちょっと気が早かったな。入国審査に時間がかかる」
武居が呟く。
「手は回してあるから何も問題はないと思うが・・・確かにちょっと早い。さては、なんだかんだでお前も緊張してんだろ」
「うるせえなあ。いいがかりだ!」
武居がふてくされる。なんだそりゃ、と山田は腹を抱えて笑った。
しばらくすると、到着口から松尾、平林、ウィリアムの三人が出てきた。松尾が山田達に気づき、手を挙げる。山田達二人は三人に向かった。
「初めまして。私、東京都警察の山田 忠宣といいます」
山田は、仲間から知った簡単な英語で自己紹介をした。ついで、身分証明のための警察手帳を見せる。
そんなのは何の意味も成さないのに、と呟いたウィリアムの言葉は、山田には当然理解できない。
「あ、山田さん。日本語で大丈夫です」
と、松尾。
「ええ、俺が通訳として間に入るので」
平林が山田の前に出る。
「平林・ニコラス・抄太。日系人です。親父が日本人だったので、教養があるんです」
平林が、山田の手を握る。
「そうですか。安心しました。署内にも英語を話せる人がいるんですが、今日はあいにく都合がつかず・・・内容が内容なんで、一般に頼むわけにもいかず、困ってたんですわ」
平林の明るい口調に、山田の緊張は一気にほぐれた。
「少しばかり勉強してきたんですがね。どうにも難しい」
山田が頭を掻く。
「ま、立ち話もなんです。ひとまず、車へ」
山田の言葉を、平林が訳してウィリアムに伝える。
「分かった」
ウィリアムは、荷物を持ち直した。
「パトカーじゃないんですね」
車に乗り込むなり、平林が口にした。
「ええ、パトカーってのは、そういう乗り物じゃないんで。それに、パトカーで空港まで人を迎えに来たら、創牙狼の連中に知られてしまいます」
山田が助手席に乗り込むと、車は発進した。運転は武居がしている。
「いや、俺達が日本に入った事は、もう知られているだろう」
山田の言葉を、ウィリアムは否定した。
「あんたら表に生きている人間には分からんかもしれんが、裏社会ってのはそういうものだ。俺がアメリカを離れた時点で、行き先まで特定されているだろう」
「そうですか。なら、急いだ方が良さそうだな。武居、少しスピードを上げてくれ」
武居は頷くと、アクセルを強く踏み込んだ。
「変だな」
首都高での渋滞を避け、最寄りのパーキングエリアに車を停めた武居が何かに気付いた。
「どうした?」
山田が尋ねる。
「いや、何か後ろに停まった車が、さっきからずっと一緒だな、と」
山田は、言われて後ろを振り向いた。白い車が一台停まっている。
「いつからだ?」
「空港からずっと」
「たまたまだろ。たまたま。」
「いや、渋滞してないところで何度か車線変更してみたんだけど、ピッタリ後ろに付いたみ、離れないんだよな」
ウィリアムと平林も後ろを向いた。その車のドアが開き、二人の男が降りてくる。
「伏せろ!」
突然、ウィリアムが叫んだ。雰囲気を察したのか、山田と武居も反射的に伏せる。直後に、銃声が響いた。四人の頭の上を、弾丸がかすめていく。
「動かず頭を抱えてろ」
小声でウィリアムが言う。窓の外で、二つの人影が動く。車の後部座席のドアが、男達によって開けられた。ヒイッと、情けない音を出したのは武居だ。再び銃声が二つ。山田と武居は身をすくめた。それからしばらく沈黙が続く。
「もういいぞ」
山田が次に顔を上げたのは、ウィリアムの声がしてからだった。
「無事・・・なんですね」
おそるおそる後部座席を覗いた山田は、思わず顔をしかめた。
「日本は治安のいい国と聞いて期待してたんだが、まさかもう射つはめになるとはね」
車の外に、死体が二つ転がっていた。
「殺すな、と言われると難しかったぞ」
とウィリアム。山田は、車に設置された無線機を取った。
「山田だ。いま、拳銃を持った二名の不審人物におそわれた。二名は死亡。応援を頼む」
無線を置くと、山田はまた、ため息を吐いた。
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