接触6
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「よお、お姉ちゃん」
ニューヨーク市街
通行人の女性に声をかける男がいた。
「俺、ニコラスっていうんだけど。どう?お茶しない?」
「え。 あ、でも、これから予定がー」
「急いでるの?」
「い、いえ。でも・・・」
「大丈夫、大丈夫。十分ばかし付き合ってくれるだけでいいから。そこのカフェでさ。ね?」
ニコラスは、通りの向かいにあるおしゃれなカフェを指さした。
「でも、」
「本当に大丈夫さあ。こんなに人がいるんだ。何もしないよ」
確かに、通りは人や車で溢れ返っている。
「分かったわ。十分だけよ」
その事に、安心してか、女性はニコラスの誘いを受けた。ニコラスは、密かにガッツポーズをした。そこへー
「ニコラスッ!」
誰かがニコラスを呼んだ。ニコラスの背中は、その声にビクッと反応した。
「グレイスさん」
ニコラスの脇に、黒光りした車体が止められる。中から顔を覗かせたのは、ウィリアムだった。
「仕事が入った。お前も来い」
「仕事って、俺はこれからこの子と・・・」
ニコラス改め平林・ニコラス・抄太は、先刻まで女性の居た方を振り返った。
「って、あれ!?」
「さっきの女なら、もう帰ったぞ」
いつの間にか、女性は消えていた。ニコラスは、ガックリと肩を落とした。
「気は済んだか?さっさと行くぞ。」
「はいはい。分かりやしたよ」
ウィリアムに促され、ニコラスは車へ乗り込む。ニコラスがドアを閉めるのを確認すると、ウィリアムは車を走らせた。とはいっても、昼間の渋滞にはすぐ捕まった。
「なんで、俺の居場所が分かったんですか?」
「偶然、見かけただけだ。本当は、お前の家に向かっていたんだがな」
「見かけたって、この人混みの中から?」
ニューヨークは世界有数の貿易都市である。今日のような平日であっても、街は買い物や観光の人で賑わっていた。もし、何の連絡手段もなく迷子になったら、二度と再会できないだろうと、そう思わせる程である。
「平日の真っ昼間からナンパしてる奴なんか、お前以外にいてたまるか」
「でもなぁ、あのタイミングはないですよ。あーあ。可愛かったのになあ、あの子」
ニコラスに無視して、ウィリアムは運転を続ける。
「仕事は何ですか?」
「日本のヤクザのトップを暗殺しろとさ」
「日本の?なるほど。だから俺なんすね。じゃあ、今から日本へ?」
「いや、一回俺とお前の家へ寄る。何も準備してないだろ?」
「拳銃もですか?飛行機には持ち込めませんけど」
「向こうが一機チャーターしてくれるそうだ。携帯してなきゃ大丈夫だとよ」
「それはまたー。相当なお金持ちなんでしょうか」
「金持ちなんかじゃない。国の依頼だ」
「国!?また面倒なのを持ち込んできましたね」
ニコラスはため息を吐いた。
「ウィリアム・グレイスさんと、平林さんですね」
空港の搭乗口でウィリアムと平林は声をかけられた。パイロットの制服に身を包んだ好青年だ。
「機長の松尾と申します。どうぞ、こちらへ」
ウィリアムと平林は、案内に付いていった。
「騙して済まなかった」
まだ若い頃のウィリアムにそう言ったのは、ウィリアムの親友だった。
「何を思われようと、何を言われようと構わない。騙していたのは事実だ」
東洋人のその親友は、首をうなだれた。
ウィリアムと親友とが出会ったのは、二人がずっと幼い時だ。二人で、楽しい事も、苦しい事も幾度となく乗り越えてきた。それだけに、親友の口から告げられたその事実は衝撃だった。
「でも、」
親友が口を開く。
「お前を騙してきたのは、お前を守るためなんだ。それだけは解ってくれ」
真っ直ぐにウィリアムを見つめながら、親友はそう言った。
雪が降り出した。
「俺はこの仕事に、親の因縁で巻き込まれた。四年程前の時だ。一度は、お前から距離を置くことも考えた。でも、それじゃ駄目なんだ。一旦俺と関係を持った人間は、命を狙われるかもしれない。そうゆう理不尽な仕事なんだ。俺がやっているのは。だから、あえてお前から距離を置かなかった。お前を巻き込みたくなかったんだ」
ウィリアムは、親友から顔を反らした。
「俺は・・・」
ウィリアムが口を開く。
「俺は、自分の身ぐらいは、自分で守れるようになりたい」
親友が驚愕したのが、顔を見なくても分かった。
「どうせ帰る場所なんてないんだ。まともな人生なんて、両親に捨てられたって知った時から諦めてる。俺の命は誰のものでもない。守ってくれるはずの両親もいないんだ。せめて、自分の納得のいくようにこの命を使いたい」
「死ぬかもしれないんだ。絶対に止せ」
親友は拒んだ。
「それは、お前だって同じじゃないか」
二人はしばらく無言になった。
「それで納得がいくのか?グレイス」
「俺が生を実感できるのは、お前と居るときだけだ。死ぬ時だって、お前と一緒なら怖くない。お前のためなら、納得できる」
再び沈黙が二人を包む。しばらくして、親友が答えた。
「分かったよ。異論はない」
親友が頷く。
「お前の事は、お前自身の次に俺が知っている。俺がいくら説得したって、お前は考えを曲げないだろう。けどー」
「けど?」
「これだけは約束してくれ。俺のために死ぬなんて、絶対に止めてくれ。俺のために、生きてくれ」
親友は、ウィリアムの肩に手を置いた。
「頼む」
ウィリアムは、親友の目を見つめた。必死だ。答えは決まっている。いや、決まっているというよりー
「そんな風に言われると・・・困るじゃないか。断れない」
ウィリアムがそう言うと、親友の相好が崩れた。
「さて、暗い話はもう終わり。何か飯でも食いに行こうぜ」
今度は、ウィリアムが親友の肩に手を置く。
激しさを増す雪の中、もうすぐ二十歳になる二人は、肩を組み合って歩いた。
「グレイスさん?」
平林に揺すり起こされ、ウィリアムは目を覚ました。
「着きましたよ。日本」
ウィリアムは、窓の外を眺めた。
「雪、結構激しいですね」
平林が言う。外は、雪が降っていた。
「雪、か」
ウィリアムは、遠くを見つめた。
次話からアクション入ります。