接触5
アメリカ ニューヨーク
自由の女神を望める位置に建てられた、ごく一般的な建物がある。その窓際に、一人の男が立っていた。
なんとも地味で、若者に言わせればダサい服装に身を包んだその男は、名をウィリアム・グレイスといった。
ウィリアムは、部屋で音楽を聴いていた。流行りのウォークマンでもなく、クラシックなレコードでもない。その持ち主の境遇を物語るような、時代遅れの古ぼけたカセットレコーダーで、流れてくるのはクラシック。だが、本来は優雅なはずのその音色も、使い古したカセットレコーダーのせいで途切れ途切れ。だが、ウィリアムが、娯楽に割く金も無いほど貧乏なのかといえば、そうではなかった。単に、それが趣味なだけなのである。
そこに、クラシックの音を阻害するかのように、電話の着信音が鳴った。ウィリアムは、ポケットからスマートフォンを取り出すと、電話口に出た。カセットレコーダーを聞きながらスマホを操作するその光景は、時代錯誤を感じさせる異様な光景であった。
「もしもし?」
知らない番号からの着信に、ウィリアムは少し警戒した。
「ウィリアム・グレイスさんですか?こちら、日本大使館です。」
「大使館?日本の?」
思いがけない相手に、ウィリアムは警戒の色を強めた。
「何の用件だ?」
「仕事の依頼です」
「ってと、つまり?」
「ある人物を・・・ここからは、直接話しましょう。これから、大使館まで来て頂けませんか?」
「今からか?」
ウィリアムは、時計を眺めた。時刻は、午後の五時を過ぎたばかりだ。
「そっちの方こそ大丈夫なのか?今から行けば、着くのは夜中だぞ」
「構いません。もちろん、そちらがよろしければの話ですが」
「分かった。すぐ行こう」
ウィリアムは請け合うと、通話を切った。
「申し訳ありません。こんな夜分遅くに」
数時間後、ウィリアムは日本大使館で一人の女性と対面していた。
「日本大使館全権大使の傳田 樺耶です。よろしく」
「前置きは要らない。用件だけ伝えてくれ。話は後からでも出来る」
「そう」
傳田は流暢な英語で答えた。
「それじゃあ本題に入るわ。日本に行って、創牙狼という名の組織のボスを見定めて暗殺する。これが用件」
「他には?」
「無いわ。これだけ。日本の警察が全面的に支援してくれるそうよ」
「警察?これは警察からの依頼なのか?」
「いいえ、どうやら国からの依頼らしいわ。私も詳しい事は何も分からない。そうそう。あと、日本に入った時点で、貴方には発砲及び殺人許可が降りるわ。」
「警察の協力はいらない」
「いいえ」
傳田は手を振った。
「残念ながら、それは無理だわ。貴方には、およそ日本の治安では考えられない許可が降りるの。警察は、支援だけでなく貴方の動向を監視もするの」
「そういうのは苦手だな」
ウィリアムは頭を掻く。
「それと、もう一人日本に連れて行きたい奴がいる」
「それは、どういう人?」
「言うなれば助手だ。平林・ニコラス・抄太日系人だ。日本語も喋れるから、通訳にもなるだろう」
「同行は構わないとおもうけどーその彼には発砲許可とかは降りないかもしれないわよ。それは、向こうと交渉するしか」
「許可がなくても問題ない」
「分かったわ。その事も伝えておくわ」
「それじゃ、契約成立だ」
二人は立ち上がると、握手を交わした。
「できれば、我々が日本に到着した時点で、契約金を振り込んでもらいたい。死んだんじゃ手遅れだ」
「分かったわ」
傳田は請け合った。
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