接触4
「首相、そろそろ会見のお時間です」
「そうか」
日本の現首相、権田 杜澄総理大臣は、秘書に呼ばれ、椅子から立ち上がった。
よわい四十六歳にして、国民の支持率が八十四パーセントにもとどく怪物である。その一番の特徴は、何といっても風貌だ。一見、黒人と見紛う、松崎しげる並の褐色の肌。それのせいか、低身長にそぐわぬ圧倒的な雰囲気を醸し出している。
「あ、おはようございます、総理」
権田が廊下に出ると、そこへ丁度通りかかった男が挨拶をした。小林 憲介。防衛大臣だ。
「小林さん、どうです?近状は」
「そうですね、ここ最近は落ち着きましたね。」
小林の方が権田より断然年輩だというのに、小林は権田に頭が上がらなかった。そこに見られるのは、地位の差だけでなく、人としての差でもあった。
「まあ、一時期は大変でしたからね」
「ええ、北朝鮮のミサイルに、連続徹夜も珍しくありませんでしたから」
小林が頭を掻く。
「でも、そのお陰で、日本は無事に済みました」
廊下の角を曲がると、会場が見えた。
「この度は、お忙しい中会見のお時間をお取り頂き、ありがとうございます。警視総監の長谷川 岳永です」
長谷川が、権田、小林と握手を交わす。
「山田 忠宣です」
長谷川の後に続き、山田も二人に握手を求めた。
「時間も限られておりますので、早速本題に入らさせて頂きます。山田君」
山田は、長谷川に言われ権田と小林に資料を配布した。
「只今お配りしましたのは、本日の資料です。話の中で不十分な点がおありでしたら、お手元の資料をご覧下さい」
山田が資料について補足する。
「まず、話をする上で一番重要になってくる、創牙狼についてご説明します。創牙狼というのは、日本中のヤクザグループをとりまとめた組織の名称です。創立は2005年と推定されます。以来、十年で超大規模な組織にまで発展しました。構成員は現時点判明している数だけで二千人。しかし、実際のところは十倍。いや、さらにその十倍は居るでしょう。トップに立つ人物は今のところ判明しておりませんが、余程の人物なのでしょう」
「それだけの大人数を、一体どうやって纏めているんだ?」
小林が尋ねる。
「組織構成は複雑です。まず、トップの人物が上級幹部と呼ばれる人間数名を直轄しています。上級幹部の下には下級幹部がおり、上級幹部が、今度は下級幹部を数名管理します。下級幹部の下には人員が配備されます。数名から、五十名近くに至ることもあります。下級幹部とはつまり、各勢力のトップに位置する人物、ということです」
「なるほど。それなら組織として成り立つ。どこかの勢力が反乱を起こそうものなら、一気に組織中に鎮圧される」
小林が一人頷く。
「そして、この組織が問題になっているのが、政界への進出です」
山田のその言葉に、権田は眉をひそめた。
「創牙狼の上級幹部に赤羽 聡という人物がいます。彼は、公明党の赤羽 和樹の父親です」
「なに!?」
権田が身を乗り出す。
「既に政界に進出しているのか!」
「はい。彼の資金源だって、創牙狼でしょう。おそらく、赤羽和樹はこれからどんどん力を付けていきます。」
「確かに」
権田は頷いた。
「初当選からまだ間もないのに、公明党の連中はやけに赤羽君を立てたがる」
「おそらく、買収されたものと思われます。一体、いくらの金をつぎ込んだのか・・・」
「そ奴等の目的は何だ!!」
権田が、悲鳴に近い声を上げた。
「断定は出来ませんが、目的は、日本を乗っ取る事でしょう。」
「馬鹿な・・・そんな真似はさせんぞ・・・政治を・・・・日本を何だと思っているんだ・・・」
権田は唖然とした。手が震えている。
「この創牙狼の収入の主は不正取引と、資料にはあるが」
ノイローゼ気味になっている権田の代わりに、小林が尋ねる。
「これを取り締まればいいのでは?」
「何度も試みましたがー」
山田は首を振った。
「構成員の下っ端をいくら捕まえても、組織のさほどの影響は与えられません」
「と、言うと?」
「取引は全て、下っ端の仕事です。上級幹部に至っては、表向きはまともな仕事をしている人ばかりです。訴訟しようにも、証拠が足りないのです」
「なら」
再び小林。
「真っ向から潰しにかかるのはどうだ?」
「戦争になってもですか?」
山田が即座に否定する。
「創牙狼の財力がどれほどなのか、想像もつきません。機関銃程度なら、何百、何千丁と買えるだけの財力はあるでしょう。警察や自衛隊が出動したら、両方にどれだけの損害が出るか・・・」
「打つ手なし、か」
これには小林も参ったとみえて、ため息を吐くと黙り込んでしまった。
「一つだけ、無いわけでもありません・・・・・・が」
「が?」
小林が問い質す。
「そのための許可を頂きに来たのです」
「だから、それは何なのだ?」
「組織のトップを暗殺します」
「何を言い出すかと思えばー」
長い沈黙を切ったのは、小林のため息だった。
「警察が、国が殺人を犯すなど・・・死刑とは違うのだぞ。そもそも、そんなこと誰がやる。いや、仮にやるとしても、それでは国の存続が危うい」
小林が反対する。
「仕事を引き受けてくれる人間に心当たりはあります。それに、我々警察の名を公に出すのを避ける事は可能です」
「しかし、事が事だ。そう簡単には・・・」
「私に求めているのは、その許可ということだね?」
権田が、小林の言葉を遮った。
「はい」
「国に殺人許可を求めるということはつまり、我々に人殺しの汚名を被れと、そういうことだね?」
権田の目つきが厳しくなる。
「つまりはー」
山田は、そこまで言って黙り込んだ。
「いいだろう」
権田はゆっくりと頷いた。
「え?」
三人は同時に叫ぶ。
「認めよう、殺人を」
「ま、待って下さい首相!本気ですか!?そんなことをすれば我々の立場が」
「今の地位がそんなに大事か!!」
権田が小林を一括した。
「我々の仕事を何だと思っている!!それ相応の地位に落ち着いて、国民から税金だけを巻き上げるのが我々の仕事か!!」
「それは・・・」
権田の剣幕に、小林はたじろいだ。
「違うだろ!!国民の安全を第一に考え、国民の為に働く。我々は国民を代表としてここに立っているのだ!我々個人の利益など問題外だ!国民が永久に安心して暮らせるように働く。それが我々の仕事だ!それが我々の正義だ!!」
「分かり・・・ました」
小林が小さく頷く。山田と長谷川は顔を見合わせると、控えめに笑い会った。
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