真実
「終わりましたか....」
運ばれていく平林の遺体を目で追いながら、山田がウィリアムに言った。
「どんなに金と地位を手に入れても、結局人間は変わらない。最期まであの男は屑だった」
平林の代わりの通訳を通しての会話だった。
「ニコラスの遺体は祖国まで連れて帰りたい。俺からの依頼だ」
「.....上に相談してみます」
少しの躊躇いの後、山田は答えた。
「相談の必要はない」
その山田の背後から、ダークスーツに身を包んだ男が現れた。
「はじめまして、ウィリアム・グレイス殿。現日本国首相の、権田 杜澄だ」
ウィリアムは、差し出された権田の手を握った。
「本当にありがとう。我々にとって“創牙狼”は、正に脅威だった。トップがいなくなってはこの組織も、もうおしまいだろう」
ウィリアムは、その言葉に答える代わりに、軽く頷いた。
「それと、もう一つお願いがある」
ウィリアムが口を開いた。
「この仕事の報酬は、全てニコラスの母親に送ってやってくれ」
ウィリアムは、平林の遺体を顎で示した。
「....分かった」
権田は、しっかりと頷くと、その場を去った。
「私は、今日をもって首相を辞任する」
歩きながら、権田は秘書にそう言った。秘書が絶句する。
「何故....」
「私はこれまで、この国を国民が安心して暮らせるようにと働いてきた。毎回毎回、私は自身の主義に反しないよう行動を起こしてきた」
権田は、遠くを見詰めた。
「だが、今回ばかりは、この選択が本当に良かったのか分からない。別の道もあったのではないか.....そう思ってしまう」
「しかし....」
「創牙狼の彼等といえど、この国の国民だった。彼等も含めて、皆が安心して暮らせる国を、私は創らなくてはならなかったのだ.....」
遠くを見詰める権田の目は、哀しみに溢れていた。
「それが私の中の“正義”だった....」
「あちゃー。これは当分動かないなー」
タクシーで空港に向かう途中、ウィリアムは渋滞に巻き込まれていた。
「お客さん、どこの国ですか?」
タクシーの運転手が、突然流暢な英語でそう話しかけてきた。ウィリアムは驚きながら、アメリカと答えた。
「俺、英語が少し得意なんですよ」
運転手はそう言った。
「なぁ、運転手さん」
暫くの沈黙の後、ウィリアムが口を開いた。
「はい、何でしょう」
運転手が威勢良く答える。
「“正義”って何だと思う?」
「おお、いきなり哲学的ですね!」
何故だか、少し嬉しそうだ。
そうですねぇ、と運転手は少しの間思案にふけた。
「俺の考えを言わせてもらうと」
若干車を進めながら、運転手は答えた。
「“正義”ってのは、その人個人個人の、人生そのものなのではないんでしょうか」
「人生...」
「そう、人生です。多分“正義”って概念は、その人がどんな環境で育ったかで、変わるんだと思います。“正義”とは、その人個人の理想であり、その人自身なんです。だから、十人十色なんです」
「なるほど」
ウィリアムは相槌を打った。
「えーと、何て言えばいいのかな........もしも人生に価値があるとしたら、それはその人が、その人生でどれだけ“正義”の先を見ることが出来たかで決まったりするんじゃないですか?抽象的過ぎますけどね」
運転手は苦笑した。
「その“正義”の先には、何があると思う?」
「さぁ....何でしょうね?それがわかっちゃったら、人生も必要無いんじゃないでしょうか」
「........それもそうだな」
渋滞は、なかなか解消されない。
1987年5月21日午前10時47分
アメリカ ミシシッピ州の郊外で、一人の男がその生涯を終えた。
男は亡くなる直前に
「やっと分かった」
と、一言だけ口にした。
ウィリアム・グレイス 享年87歳
かつて四つの麻薬組織を単独で滅ぼし、他にも数個の反社会組織を壊滅させたその功績は、特殊性のために歴史からは抹殺された。
ウィリアム・グレイスは、その裏に隠された真の意味を理解していたが、日本の反社会組織を壊滅させた後、裏社会から足を洗うと、晩年は、娶った妻と供に幸せな家庭を築き、社会の隅でひっそりと暮らした。
その活躍の伝説は、闇の中へ消えたままだ
ついに終わりました「闇の中を踊る」
ここまで読んで下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。
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