密偵3
「本当に居るのか?こんな所に」
翌日、ウィリアムと平林は、埼玉にいた。
「どういうことです?」
ウィリアムが首を捻ると、平林が尋ねた。
「こんなぼろくさい建物に、“矢霧 神志”が居ると思うか?」
ウィリアムは、目の前の建物を指差した。建物を形容するにあたって、最もしっくりくるのが、ウィリアムの言った“ぼろくさい”だった。
「確かに、普通に考えたら、組織のボスがこんなところに身を潜めているとは思えませんね」
平林も頷く。
「だろ」
「でも、だからこそ、とは言えませんか?」
「どういうことだ?」
「無理な仮説にはなりますがね、日本とアメリカとかの映画を観比べると、日本ってのは心理描写が得意なのが分かります。ハリウッドじゃアクションで押し通す所も、日本の映画は心理描写を描きたがる。ということは、日本人は俺等よりも心理に詳しいんじゃないですか?」
「それがどうしたという?」
「普通に考えたら、絶対に組織のボスが居るはずのない建物。でも、だからこそ安全とは言えませんか?これだけおんぼろだと、誰も見向きもしない、残ってるだけで不思議です。こんなところに裏の日本を支配する人間が居るって言っても、誰も信じないでしょう」
「なるほど、一理ある。お前にしては、珍しくきれてるじゃないか」
そう言うと、ウィリアムは正面をきって乗り込もうとした。
「え?ちょっ!ウィリアムさん、何やってんすか」
平林が慌てて止める。
「何って、本当に“矢霧 神志”が居るか、確かめに行くんだろ」
「いや、それは分かりますけど・・・・どうして正面から行こうとするんです。もし“矢霧 神志”が居たら、相当な警備を心配しなくては」
「じゃあ聞くが、このおんぼろの建物に、一体何人が入れる?まず警備の心配はいらない。それに、こそこそと隠れて入っていった所で、相手が相手だ。すぐ見付かる。正面から乗り込むのが一番手っ取り早く、一番的確だ」
「・・・まあ、ウィリアムさんがそう言うなら否定はしませんけど・・・」
平林は引き下がった。ウィリアムを一番信頼しているのが自分である。
「お前は俺の十分後に来い。それまでは、逃げる奴がないよう見張ってろ」
音をたてないように、ウィリアムは建物の中に入った。入り口脇の管理人室には誰も居ない。ウィリアムは気にせず進んだ。見つからなければ何の問題もない。
一階には人気がないのを確認し、ウィリアムは二階に向かった。事務所内は殺伐としていた。
不意に、二階から笑い声が上がった。ウィリアムは、神経を集中させた。
声のする部屋は、二階を上がってすぐの所にあった。ウィリアムは、何の躊躇いもなく。部屋のドアを蹴破った。部屋では、五人の男がテーブルを囲んで座っていた。笑い声がなくなる。
「何か用か?」
一人が、ウィリアムに威圧的な態度をとった。が、ウィリアムが怖じけることはない。
「“矢霧 神志”ってのは居るか?」
「外人か?ここはテメエの入ってくる所じゃねえ。失せな」
二人の男が立ち上がり、ウィリアムに歩み寄る。
「おっと、言葉が通じない事を忘れていた。失敗だな」
ウィリアムは軽く舌打ちした。
「何ぶつくさ言ってやがる。さっさと出てけってんだ」
一人がいきり立ってウィリアムの襟首を掴んだ。
「気性が荒いな。そうすぐ喧嘩腰になるな」
ウィリアムは、男の腕を握り、足を払った。
「うお!」
男が崩れる。ウィリアムは、握った腕をねじりあげ、床に組伏せた。
「動くなっ!」
一人が拳銃を取り出した。ウィリアムは、床に伏せた男を盾にした。
「くそ!」
男が発砲する。弾は、ウィリアムが盾にした男のすぐ脇を通過した。
「いきなり射つ馬鹿があるか。ろくに扱ったこともない素人のくせに。そんなに震えていたら、当たる的にも当たらない」
喋るウィリアムに、三人の男が飛び付いた。ウィリアムは、盾にした男を、向かってくる一人に突き飛ばした。さらに、その反動を使って別の男を蹴り飛ばす。体勢を立て直すと、ウィリアムは三人目の男と対峙した。
躊躇いながらも、男は踏み込んできた。ウィリアムは、男の股間を蹴りあげた。男はその場にうずくまる。
「この!」
盾にされていた男が起き上がり、ウィリアムを襲う。ウィリアムは簡単に男を羽交い締めにすると、首を軽く締めた。
三十秒と経たない内に、四人が倒れた。
一人残った男は、拳銃を構えたまま震えていた。ウィリアムがその男に近付くと、男は喚きながら発砲した。弾は、ウィリアムからほど遠く離れた壁に着弾した。
男の正面にウィリアムが立つ。背ははるかにウィリアムが高い。男の持った拳銃の口は、ウィリアムの胸部に当たっていた。
引き金を持った男の指が、微かに動く。
次の瞬間、男の手から拳銃が消えた。
「殺しはしねえでやるが、当分は動けないようになってもらう」
拳銃は、ウィリアムが握っていた。ウィリアムは、男の足を六回射った。しばらくもしない内に床が鮮血で染まる。ウィリアムは、その血を避けるように部屋を出た。
部屋から一歩出た瞬間、ウィリアムは何を感じたか、左へ跳んだ。その耳元を銃弾がかすめていく。
「いや、流石だウィリアム・グレイス」
廊下の奥から英語が聞こえた。ウィリアムは、男から奪った拳銃を構えた。
「今ので仕留めたつもりだったんだけどな」
廊下の奥の角から、男が現れた。
「まさか跳弾に反応するとは。規格外だな、おい」
丸山 成辰 日本きっての暗殺者であった。
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