密偵1
一階のロビーに下りると、ウィリアムはレストランを探した。手に持った銃を袖で隠しつつも、その口は常に男の方を向いていた。
「その男は・・・・先程の騒ぎ、一体どうしたのですか?」
ウィリアムがキョロキョロと辺りを見回していると、木下が声をかけてきた。
「ニコラスはどこだ」
「平林さんですか?平林さんなら、あのレストランに」
木下の指した先に、平林を見つける。平林もウィリアムに気付き、手を挙げた。
「その男は?」
木下がウィリアムに尋ねる。
「後で話す」
とだけ言うと、ウィリアムはレストランへ男を促した。
「何か騒ぎがあったようですけど・・・・・その人誰ですか?」
平林も、木下と同じ反応を示した。
「たったさっき、部屋に居るところを襲撃された。その二人組の一人だ」
ウィリアムは、男を窓際に座らせながら答えた。
「もう一人は?」
「やむなく、な。これから、こいつを尋問する」
「また通訳ですか?」
平林が口にする。
「いや、こいつは英語を喋れるからな。一人でやるより、二人の方が効率がいいだろ」
「んん、まあ、一理なくはないですけど」
「無駄口はいい。聞き出せるだけ聞き出す」
ウェイターがウィリアム達の注目を取りに来る。平林が、コーヒー三つと答えた。
「まず、名前を聞かせてもらおうか」
とウィリアム。
「金澤 泰夫」
「本名か?」
「本名だ」
「誰に雇われた」
ウィリアムが、重ねて尋ねる。
「さあな」
金澤は、答えを濁した。
「組織のトップの人間か?」
「さあな」
また言葉を濁す。
「幹部の一人か?」
「さあな」
「お前の目的はなんだ」
「ウィリアム・グレイスを殺す」
ここではじめて、金澤は具体的な答えを示した。
「何のために」
「さあな」
かと思えば、再び答えを濁す。
ウィリアムはため息を吐くと、立ち上がって平林を手招きした。
「埒があきませんね」
金澤に聞こえないように、小声で平林が話す。
「あえて逃がそうか?」
「その後を追うんですか?」
「それもいいが・・・おそらくまかれるだろう」
「じゃあ、どうするんです?」
「さあな、とりあえず、このままでは駄目だ。何かアクションを起こさないと」
ウィリアムは、席に戻った。
「さてと、とりあえず、お前の処分は保留だ。別の人間に預ける」
金澤を立ち上がらせる。
「ニコラス、会計だけ済ませてくれ」
ウィリアムは、店を出ると木下に金澤を預けた。
「不自然にならないように、あいつを逃がしてくれ」
金澤から聞こえない所で、ウィリアムが木下に耳打ちする。
「何故です?せっかく捕まえたのに」
「捕まえただけじゃあ、何もわからないんだよ」
「その逃がした後を追うということですか?」
「いや、追わないでくれ。感づかれれば困る」
「ですが、折角見付けたヒントをみすみす逃がすのは」
「俺の勘じゃ、奴はもう一度俺の前に現れる。どういう形でかは知らんがね」
「その賭けには乗れません」
「いいか、この仕事は俺の領分だ。あんたらは俺の監視だけしてればいい」
「分かりました」
木下は了承した。
*
「失礼します」
男は部屋に入った。中は闇に包まれている。
「どうだった?ウィリアム・グレイスは」
闇の中から、男の声がした。
「噂通りの男です。最後まで、一分の隙も見せませんでした」
「殺れそうか?」
「ええ。今回は様子見だけです。噂通りとは言いましたが、あの程度なら、次は確実に殺れます」
男は冷や汗を拭いながら答えた。男は金澤だった。
「三日後、あのお方が愛知の名古屋へ移動する。その時までに、奴を片付けろ」
「分かりました」
金澤は頭を下げた。
「・・・と、言いたい所だが」
闇の中から、不穏な声がかかる。
「何故、お前が帰ってこれたのかが疑問だ。ウィリアム・グレイスとは、その程度の男なのか?ならば、どうやって十年前のあのアメリカでの抗争を生き抜いたのだ?」
金澤は首を傾げた。
「どういうことでしょう?」
「お前は逃がされたんだよ。故意的に」
「まさか・・・」
「利用された事にも気付かない無能はいらない」
金澤は、いきなり横に跳んだ。左腹部に痛みを感じる。ナイフだ。金澤は舌打ちした。
「流石だな。今ので仕留めたつもりだったのだが」
入り口が閉じられる。部屋は完全に闇に包まれた。金澤は、懐から銃を取り出し、構えた。
「だが、仕方の無いことじゃないかな?」
金澤は、声のする方に発砲した。
「闇の中でこれ程正確に狙えるとはね。動物みたいだな」
金澤は、再び移動しようとした。その足元が崩れる。
「構造もよく知らない部屋は、迂闊に動かない方がいい。罠が無いとも限らないだろ」
部屋中に、物が落ちる音が響く。
「落とし穴だよ。床に穴を掘ってその上に物を積んだんだ。簡単には抜けられない」
闇の中を、男は歩いた。その足音が、それまで金澤のいた場所で止まる。
「君はそこそこ有能だったからね。失うのはいささか残念だよ」
男は、穴の中に向かって言った。
「そんなに俺を評価しててくれたのか。それは有難い」
男の頭上から、金澤の声がした。
「何!?」
男は上を見た。が、闇が逆に災いして金澤の姿は見えない。男の背後で、金澤の着地する音がした。
「けど、俺はまだ死ねないんでな」
男は背後を振り向く。部屋の扉が開いた。
「今度会う時は、ウィリアム・グレイスを連れてきてやるよ。敵としてな」
部屋は再び闇に包まれた。
「シャンデリアに掴まったか」
闇の中、男は天井を仰いだ。
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