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カレッジスチューデント  作者: 琉依-るい-
1/1

始まる。

『カレッジスチューデント』


 なぜ生きているのだろうか。そう一番考える時期が大学であると私は考える。それなりの経験、それなりの知識が身につき、思考力も大幅に増える。また、20歳を超える、というのも大きな分岐点である。なぜなら、社会的に「大人」にならねばいけないからだ。

 しかし、私は20歳になる以前に「大人」であったと自負している。馬鹿みたいに騒ぐ大学の連中を見ると頭痛がする。私は彼らよりは苦労した人生を歩んでいるし、その苦労の分精神的に成長していると考える。「偉そうだ」と思うだろう。ああ、実際そうだ。大学の同世代全員を私は馬鹿にした目でしか見れないのだ。なぜこうも子供のように飲んでは暴れることができるのだろうか。そもそもコールとはなんだ。誰もがそんなコールなんぞに喜ぶわけではない。飲みたい者が勝手に飲めばいいのに、後輩を巻き込んで無理に飲ませて何になる。うるさくて他の客に迷惑だということも考えてほしい。

 「おい、わたる。なにぼーっとしてんだよ。」

 「え、あ、ごめん。ちょっと考え事。」

 ふいをつかれた。どうやらそうとう考え込んだ顔をしていたようだ。

 今私は飲み会に参加している。私は軽音楽サークルに所属していて、先日フォークソング研究会と合同でライブを行った。その打ち上げという名目の飲み会だ。

 「お前、ほんといっつも端っこにいるよな。中に入ったらどうだ?たまには羽目外して盛り上がろうぜ。」

 笹川が私の背中を叩く。こいつは軽音サークルの代表だ。代表として、一応声をかけてきたんだろう。

 「いいよ、俺は。」

 「えー、なんでだよ。せっかくの打ち上げなんだぜ?ほら、フォー研の峯もいるじゃねぇか。あいつと飲める機会なんて、めったにないだろ?」

 峯というのは、音楽系サークルの中でも随一可愛いと人気のやつだ。彼女は、グラスを一気飲みする男子の顎にタオルをあてて酒が漏れないようにしながら、周りと一緒にコールしていた。そうやって気を遣えるところをアピールしているんだろう。いわゆるビッ○にしか見えない。私はああいうやつが一番苦手だ。

 「別にいいから。ほら、戻れよ。」

 「ったく、付き合い悪いなぁ。」

 私が行ったって盛り下がるだけだと分かっているくせに。

 もともとこの飲み会には参加する気がなかったのだが、サークルのほぼ全員が参加していて、断ったら断ったでなんだかめんどくさそうで来た。私は最低限の人間関係で平和に暮らすことを望んでいる。めんどくさいことはごめんだ。だから「参加してます」って体だけでなんとか乗り切りたいのだ。

 「あ、たっくん帰ってきたよー!ほらほら、せーのっ」

 『おかえりーおかえりーおかえりーおーかーえーりー!』

 はぁ、帰ってきたからって何なんだ。いちいちうるせえな。

 

 「…ただいま。」

 やっと家に帰って来れた。駅から徒歩5分、6畳1kの私の憩いの場だ。

 「…おかえり。」

 自分で自分におかえりというのが私の習慣だ。別に寂しいわけではない。ただ、挨拶をするという習慣を忘れたくないだけだ。

 大学に入ってからもう3年が経ち、夏休みに入ろうとしている。特に何か大きな事件があったわけでもなく、こうやってかったるい飲み会をしては、酔っぱらうことなく家に帰ってきて、ベッドに入るような日々を繰り返している。これが大学というものなのか。それなりに勉強して、それなりに遊んで、それなりにバイトして。平凡な大学生活。

 家に帰ってまず手を洗いうがいをし歯磨きをする。シャコシャコと音を立て歯ブラシを動かしながら鏡を見る。ひどい顔だ。疲れている。

 「…寝よ。」

 シャワーは朝にあびることがほとんどになってきた。家に帰ると疲れてそれどころじゃないのだ。何にそんな疲れているのかというのは疑問だが。適当なTシャツとハーフパンツに着替えて、ベッドに潜り込んだ。明日もまた、平凡に、平凡に――――…



 翌朝起きたのは10時だった。今日は土曜日。コンビニの夜勤が入っている。ちなみに私はコンビニ夜勤と塾講師を掛け持ちしている。

 スマホのライトが光っていた。普段土曜日に連絡など入らない。ベッドからもぞもぞと手を伸ばして、スマホを手に取った。

 『朝井 舞』

 サークルの同級生だ。彼女とは連絡先を交換していたものの、特別仲が良いわけではなく、個人的にメールをしたことはない。

 『今西くん、起きてる?』

 ただその一文だけだった。時間は今朝9時48分。そう時間は経っていないようだ。

 『今起きたよ。どうした?』

 そう打つと起き上がってTシャツを脱いだ。熱帯夜が続き、汗だくだ。

 『ピロン』

 返事が早い。彼女も同じように家でスマホを眺めているのだろうか。

 『ちょっと頼みたいことがあって。今日空いてない?昨日打ち上げだったし、疲れてるかもしれないけど、できれば…。』

 同時に『おねがいっ』と書かれた猫のスタンプを送ってきた。

 『特に用はないよ。夜勤あるから、それまでなら大丈夫。』

 『ありがとう!12時に日星にっせい駅に来れない?』

 『おっけー。』

 あと2時間ある。シャワーを浴びよう。

 上からお湯を浴びながら、頭をかく。

 少し日常と違うことが起きて、わくわくしていた。まぁ、頼みといってもどうでもいいことなんだろう。特に期待はしてはいけない。私が特別だとか、そんなことじゃない。

 こう言い聞かせながらも、鏡にうつった自分と目が合って、口元がゆるんでいるのに気付いた。

 「…気色わりぃ。」

 

 テレビを観ながら、夜中にコンビニで買った菓子パンを食べていると、あっという間に時間が過ぎていた。余裕があったはずが、意外とぎりぎりだ。白Tシャツに黒スキニーといういつも通りの服装に身を包むと、家を出た。

 気温32度。全生物を溶かすような太陽の光がふりそそぐ。スキニーが熱を集めているのが分かる。

 5分歩いただけでじわじわと汗が出ていた。駅の時計は11時58分を指している。土曜日の昼らしい賑わいが、改札を出入りする人々から伝わる。その人混みの中に、彼女はいた。彼女は私に気づいて微笑みを向け、小走りで近づいてきた。白い肌に黒のボブヘア。黄色いノースリーブのワンピースに黒のスポーツサンダル。細い肩に白のショルダーバッグを提げていた。

 「ごめんね、急に呼び出して。」

 「え、あ、いいよ。暇だったし。」

 何てことだ。私は緊張していた。いつもより言葉が出てこない。彼女が笑うと、頬のピンクが余計に目立って、子供のようだった。

 「で、頼みって、なに?」

 「あ、うん、あのね、一緒に楽器店行ってほしくて。」

 「ん、なんで?」

 「今度のライブではギターやろうって決めたんだ。それで、サークルの中では一番今西君がギター詳しいかなぁって思って。どのギターがいいかとか全然わかんないから。」

 彼女はいつもボーカルを担当している。可愛らしい見た目からは想像つかない力強い声の持ち主だ。私は彼女の声が嫌いじゃない。そこまで歌が上手いとは思わないが。

 「俺が一番ってことは、ないと思うけど。」

 「そんなことないよ。昨日の飲み会でもね、ほかの人に聞いてみたんだけど、大学から始めたって人ばっかだし、なんか、違うっていうか…。」

 「ふーん。まぁ、俺で、よければ。」

 「ふふ、ありがとう。あ、お腹すいてる?」

 「んや、さっき起きたばっかだから、別に。」

 「よかった。私も同じ感じだから。いこっ。」

 駅近くのショッピングモールの地下1階。そこにサークル全員が常連とも言える楽器店がある。ギターもベースも、すべての楽器が輝いて見える場所だ。

 「いらっしゃっせー」

 いつも通りのけだるそうな店員の声。

 「バンドのメンバー以外とここ来るの、初めてだなぁ。」

 「そうなんだ。なんでバンドメンバーに頼まなかったん?」

 「だからさぁ、今西君の方が頼れるんだって。中学のころからやってるんでしょ?ギター。」

 「あぁ、まぁね。」

 勉強の暇つぶし程度で、本気で音楽で生きたいとかいうわけではないが、楽器は続けている。

 「かっこいいよなぁ。楽器できるって。私ね、大学卒業までにやってみたかったんだ。」

 「ふぅん。」

 「楽器弾ける人ってさ、きらきらして見えない?」

 「そう、かな。」

 「そうだよ。今西君も、ライブしてる時、きらきらしてる。」

 よくも恥ずかしげもなくこんなこと言えるなと思った。同時に、自分の顔が熱を帯びてきているのが分かった。

 「あ、この赤いのかっこいー!これ、どう思う?」

 彼女はそう言って細い腕を目いっぱい伸ばして、一つのギターを指さしていた。

 

 この日から、私の平凡な日常に、ヒビが入り始めた。



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