その1
理屈、またの名を屁理屈と人は呼ぶ。
※新しく旅を始める。
※名前をつけてください。
何にしようかなぁ。
……………
《プロローグ》
夏物衣料を出して虫喰いのチェックをしたりと、僕がいそいそとタンスの整理をしていると、背後に人の気配。
部屋の戸は開いていないにもかかわらず、だ。
「勇者エヌよ、そなたは選ばれし勇者なのです」
振り返ると、黒いローブのフードを目深にかぶった謎の人物が言った。
「いきなり現れて挨拶もなしに何ですか。そもそも勝手に僕の部屋に現れて住居不法侵入ですよ。それでいきなり僕が勇者ですか。何を根拠に、そうおっしゃるんです」
「光の啓示です」
「光の啓示って何ですか。というか、なぜ光なんです?闇でもイイんじゃないですか。勇者だから光、と決めつけている辺りが気に食いませんね」
「そなたは竜神様に選ばれたのです」
「選ばれたと突然に言われても僕にも生活がありますよ。当方の都合なんかは度外視なんですか。アポなしもイイところですね。それと気になるのですが、選出方法は何ですか。くじ引きですか。選挙制なんですか。まさか竜神という方の思いつきじゃあないでしょうね」
「光に導かれて勇者エヌよ、旅立つのです」
「僕の言い分は無視なのですか。何時何分何曜日、地球が何回まわった時、どこへ向けて何の目的で、誰と旅立つかを述べてください。資金はどちら様が出してくださるんです。まさか僕持ち、なんて言わないでしょうね」
「勇者エヌよ、旅立つのです」
ローブの人物は言いたいことだけを告げて名乗りもせずに消えた。
まったく、無責任な人物だ。
………
《王様と僕》
とりあえず国王に挨拶、と、なぜか思った僕は自分の住む国の王城へとやってきた。
門番が槍を持って門の両側に立っている。
「ようこそ、ゼット城へ」
「ようこそ、ですか。それは僕の目的と素性を知って歓迎してくださっているのですか。それとも、誰彼構わず、話しかけられれば答えるような規則でもあるのですか」
「ようこそ、ゼット城へ」
「どうやら規則のようですね。失礼しました。ご苦労様です」
僕は謁見の間に着いた。
「よくぞ来た、勇者エヌよ。そなたの噂は聞き及んでおる」
「へえ~。名もない町人の僕も、いきなり有名で名を轟かせているのですね。それよりも気になるのは、一国の主ともあろう方が、こんなに気安く町人ふぜいと話されるでしょうか」
「勇者エヌよ、旅立つのだ。仲間は酒場で探すが良い」
「国王陛下じきじきの助言はありがたいですが、僕は何のために旅立つのです?まだどちら様からも聞いていないのですが」
「勇者エヌの次のレベルまでに必要な経験値は10だ。今までの頑張りを旅の書に記録するかね?」
「…もう聞きません。聞いた僕が愚かでした」
僕は城をあとにした。
………
《勇者、城下街へ》
僕は街へ出た。無責任なローブの人物は結局、旅の目的も告げずじまいで肝心の資金も渡さず、実に無責任はなはだしいことだ。憤りさえ感じる。
この普段着をとりあえず旅用に買い替えなければならない。残念なことに、もちろん全て僕のポケットマネーだ。
「武器防具屋だ。ボウズ、何を買うんだ」
「いきなり失礼ですね。初対面でしょう。ぶっきらぼうにもほどがありますよ」
僕はぶつぶつ言いながら、とりあえず目についたオーソドックスな『旅人服』を手に取ってみた。
こんなぺらぺらの布地で防御力があるのが分からない。それに各人にデザインの好み、というものがあるだろう。制服じゃあるまいし、一種類しかないのが気に食わない。
次は『あぶないハイレグ水着』という名の品を手に取ってみた。その名のとおり、ほとんど水着とは呼べないくらいに露出度の高い食い込み系の代物だ。
「それを装備できるのは女キャラだけだな」
武器防具屋の店主が言った。
「本当にそうですかね。何事も決めつけはいけません。強要は人権侵害になりますよ。客個人の自由です。それに、女キャラに限るとは誰が決めたんです?それは世間一般論であって、むしろそれを覆すことによって驚きと感動を与えるものではありませんか」
僕は『あぶないハイレグ水着』と手近な長剣を取ってカウンターに置き、合計代金を支払った。
………
《酒場にて》
国王に言われたとおり、ともかく酒場へやってきた。
別に仲間というものがなくても僕としては一向に構わないのだが、周りが許さないだろう。
「あら~、いらっしゃい、勇者様」
濃い化粧のマダムが声をかけてきた。
「旅のお仲間さんなら、あっちよ」
僕はマダムが指差したほうを見た。丸テーブルを囲んで10代とおぼしき連中が4人で談笑している。僕を見つけると向こうから声をかけてきた。
「勇者様、私を仲間にしてください」と、わりと顔の良い魔法使い系の女子が言った。
「俺なら頼りになるぜ」と、大柄な戦士系の男子が言った。
「私をパーティの守り神にしてください」と、回復魔法でも使いそうなおとなしいタイプの男子が言った。
「もうかりまっか?わては商人でんねん。よろしゅうに」と、商人系の男子がそろばんを弾きながら言った。
「どうしてそんなに揃いも揃ってステレオタイプなのですか。サプライズのある人物設定はできないのですかね。それに第一、未成年が酒場に出入りしている時点で健全な青少年と見なされませんよ。健全でない者を勇者たる者のお供に認めるわけにはいきません…と言いたいところですが、百歩譲りましょう。しかしながら定員オーバーです。仲間は半分の二人で結構です。じゃんけんで決めてください」
4人は素直にじゃんけんを始めた。
結局は勝ち残った戦士系男子と魔法使い系女子が仲間になった。
「あ、ひとつ先に言っておきますが、パーティ全体で所有する財産、という物は存在しません。各々で路銀、装備代、その他の諸経費は持ってください。貸し借り厳禁です。お金はトラブルの元ですから」
僕はきちんと言うべきことは言っておいた。安心とは、こういうことの積み重ねなのだ。
《つづく》
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