スパイの情報
「そろそろ、テルシオも動くつもりみたいです」
オルは学院の応接室で言った。
「すでに身代金の分け前について相談をしているような状況で……」
レデもそう言う。
応接室はメイレナの厚意で貸してもらった。
二人は上等なフカフカのソファーに座りながら言う。それに対し、シィは簡素の椅子に座ってその話をメモにとっていた。
「この戦いに参戦できる者の座を巡って、今から裏での取引なんかも始まっています。『何万出すから、お前はこの戦いから手を引け』とか……」
ラルファル帝国の内部では、もう勝った気分になっていて、兵士たちは自分の分け前を増やすために、今から裏工作が行われているという。それは当然だろう。軍事施設でも何でもないただの学校で、敵は学生だけだ。
何度も戦争を体験している人らが舐めてかかるのも当然だろう。
「お二人共、お菓子はいかがですか?」
シィはそこまで聞いたらそう言い出した。
「すみませんね、私もロドム様には逆らえないのです。こんな事まで調べてもらって……」
シィはそう言いながら、紅茶の用意をした。コプコプと音を立てて、いい匂いのする紅茶を淹れ、オルとレデの前に並べた。
シィはオルとレデの二人の考えを探った。この二人は純粋にシィの出すお菓子を待っている
『待っていました……やっぱりここで食べるクッキーはおいしいから』
オルの心の中を探るとそう考えている。
『これが楽しみなんだよ。毎回これをくれるなんて、わかっているなぁ……』
レデの頭の中もこんな感じだ。シィに対する警戒心などまるでない。今の彼女らは、聞いたらなんでも答えてくれそうだ。
「テルシオさん……いえ、テルシオの事なんですが」
シィは二人の心を読みながら恐る恐る聞き出す。未だに彼女ら二人には、国を売ることに対する罪悪感が残っているようで、本当にやばい事は聞き出せないのだ。
しかし、シィはふたりの心の中を読むことができるので、隠している事も筒抜けなわけである。口をつぐんでも、意味がない
「あいつなんてテルシオ坊でいいですよ」
オルが言う。それにあわせてレデも言い出す。
「そうそう、あいつ、子供のくせにいけ好かない」
そう言う二人、シィはその言葉が本気であるのを見て驚いた。
「なんでそう悪しざまに? 国の英雄なのではないですか?」
シィが言うと、オルとレデの二人は二人で顔を見合わせてクスクスと笑った。
「あいつが英雄? 確かに勝ち戦は多いけど……」
「未帰還率も高いのよ。あいつって強引な戦法ばっかとるから」
オルとレデの言葉から、テルシオの評判が少しずつわかってきた。
やはり、若すぎることから周りから疎まれているのはテルシオも同じらしい。
彼の事を『いけ好かないガキ』と考えている者も多い。テルシオはその、自分を疎む目にも負けずに戦争で結果を出し続けている。
その姿を見て、『自分の命をテルシオに預けよう』と考える者も多いが、やはり大衆の考えは、テルシオに対して友好的ではない考えが多い。
「負けると、病気の姉の治療が続かなくなるとか言っているけど……」
テルシオには病弱な姉がいて、あまり長く外に出ることはできないくらい症状が悪いらしい。
「国で最高の治療をして、命を長らえているみたいだけど、それでもテルシオには不満があるみたいで……」
オルが言う言葉に、シィは考えた。
そういえば、ロドムは『この世界で虫歯になったら抜くしかない。歯抜けになりたくなかったら、一日二回は歯を磨くんだ』などと言っていたのを思い出す。
ロドムの言う、『前の世界』では、虫歯を抜く以外の方法で治療をする事が出来たのだろうか? と考えるシィ。多分テルシオも似たような気持ちなのだろう。この世界の原始的な医術では、ロドムやテルシオにとっては『お粗末な処理』にしか見えないのだ。
自分の歯を指で触ってみて、滑りなどまったくない綺麗に磨かれた歯を触る。これはロドムから歯磨きの重要性を何度となく諭された結果だ。
「お茶がはいりましたよ」
そうシィがにこやかな顔で言う。
オルとレデの二人は、そのクッキーを見ると、嬉しそうにして口の中に放り込んだ。
「テルシオの側近の女の子がいるじゃないですか? あの子の事は知っていますか?」
二人に向けて聞いていくシィ。
クッキーに夢中になっているオルとレデの二人は、それに対してシィに答えた。
「ローティですか? あの子は昔、テルシオに命を助けられたとか?」
「昔は貧しい家に生まれたんで、ロクに何も食べれなかったんですが、幼馴染のテルシオに、植物の根っこの食べ方を教わったとかで……」
その話を聞いて、シィはロドムの事を思い出した。
ロドムは、「たまにはこういうものも食べたくなる」と言って、裏山まで行って木の根っこみたいなものを持ってきた事がある。
それをロドムは『ゴボウ』などと呼んでいたがシィには土臭い木の根っこにしか見えず、それをロドムと一緒に食べるような事はしなかった。
それ以外にも、ロドムは誰も食べないようなものを持ってきて、それを調理をさせられた。シィはそれらのものはゲテモノにしか見えず、口にするのは本気で嫌だったくらいだった。
『生の魚を切っただけで食べたり、牛の内臓を焼いただけ食べていたり……』
ロドムの食べたゲテモノの数々を思い出すと、シィは気持ち悪くなってくる。
「でもそれで、飢えた村一つを救っているんです。税でほとんどの備蓄が奪われて食べるものが何もなくなった村で、普段は食べないようなものの食べ方を教えて……その村が死者がゼロ人で冬を乗り切ったんです。その功労を讃えられて、王宮に呼ばれたところからが、テルシオのサクセスストーリーの序章になるわけですが……」
テルシオに、王宮にまでついてきたローティは、魔法の才を見出されて、テルシオの側近として働くことになったのだという。
「属性は『木』です。世界樹のユグドラシルを呼び出して、回復の木の実を落としたり、魔界の食虫植物を呼び出して、敵を襲わせたり……」
「そうですか……」
オルは、美味しそうにしてクッキーを食べながら言った。
重要な機密を漏らしてしまった事など、まったく気づいていないような感じであった。
これが知れたのは大きい。
フェリエとローティは必ずぶつかる。その時、敵の力を知っていればフェリエが勝つ事になる。
「まだ残っていますよ。食べますか?」
ニコリと笑って、オルとレデの二人にそう言ったシィ。シィは上機嫌になって、二人に紅茶をふるまった。




