今日を振り返る
さっそく魔法の訓練をすると言って家に帰っていったフェリエを送ったあと、一旦周囲を散歩する事にした。
ちょっとばかり自分の持っている闇の力を使ってみたくなったため、近くにあった丘にまで向かっていった。
丘の上に立つ。今日はいろいろあった日であった。
この丘から下にある町並みを眺めているところ、フェリエがやってきて川原にまで誘われた。
ディラッチェと戦った。
「あの戦いは楽しかったなぁ。相手は弱かったけど」
相手はイージーモードクラスの知識しか持たないような相手である。敵の数や強さにあれくらいの差があるくらいでやっと楽しめるというものだった。
「俺が将来軍師になったら本物の人間を使ってあんなゲームができるんだなぁ」
俺は昔の戦争で、人をああやって動かして敵を倒していった武将達の事を思い出す。
長篠の戦いで火縄銃を三組に分けて戦った織田信長。戦術などの概念がなかった幕末の時に、簡単な伏兵戦術を使って敵を倒した大村益次郎。
そんな人らと肩を並べれるのだ。
「といっても、今はこの国も平和の時代だしな」
勉強で習った。この国はここ百年間戦争をしていない。そのため政治家が力を付け軍人は力を失う。文民統制の形が完璧なものになっている。
軍人の地位は最低レベルにまで下げられ、ここ五十年軍隊上がりの人間が政治の世界に出ることはなくなっている。
軍事に金を回さずに国道の整備や公衆浴場の建設や水道の整備などが続けられている。
軍人の目で見ればこの状態は非常に危ない。
もしすぐ近くに大きな国があったらどうだろう? その国は人口が多くインフラ整備も整っており産業も充実している。その国は大した軍備も持たず征服をしようと思ったら簡単にできるだろう。そうなれば隣国はどう考えるか?
使者や大使を送って隣国との同盟関係の強化を行っているから万が一にも攻められる事はないと政治家達は言う。
「そんなの関係ねぇよ……」
戦略シュミレーションをやっていた自分としては思う。俺は歴史も詳しく知っている。
関係が友好的とかいうのは全く関係ない。国力の増大ができるならそれだけで隣国を攻める理由になる。
理由もなく国土の増大を計る国なんていくらでもいるのだ。
この国の政治家達は随分と日和見であると思う。
それを考ると無性に魔法を試してみたくなった。
前に向けて手をかざす。
ダークアロー
魔法の詠唱は属性を知った瞬間に、まるで前から分かっていたかのように口から出てきた。
ロールプレイングゲームのような感覚だ。
腕が上がればどんどんと新しい魔法が頭の中に浮かんでくる。そうやって腕を上げ新しい魔法を覚えていくのだ。
闇魔法の基本術であるダークアローしか扱うことができないようである。
いやまて、なんか他の魔法も覚えているようだぞ。
ダークフィールド
その魔法を唱えると周囲がいきなり暗くなった。俺の周囲のみが夜にでもなったように暗くなり空には星が輝く。
「これが父様の言っていた魔法か」
周囲を夜にする魔法が闇属性にはあるという。
その魔法はすでに習得済みなのである。これを使えばシィは昼間だろうと関係なく月の魔法を使うことができるのだ。
「なんでいきなり暗く! キャア! 虫さんがいきなり!」
背後からそう声が聞こえた。
振り返ると後ろにある木々の向こうから、俺の方に走って向かってくる影が見える。
「助けてください! 虫さんが! 虫さんが!」
なにやら虫虫と騒ぐのは女の子だ。俺の胸に顔を押しつけながらグスンと泣いている。
俺はその子の背後を見ると、羽虫の大群がこっちに向けてやってきているのが分かった。
「しゃがんで! 口を押さえて!」
何度かイナゴの大群と出会ったことがあるので対処法を知っている。
背を低くして丸まる事。口を手で押さえて呼吸の確保をすること。
あの虫の大群は餌を求めて飛んでいるのだ。俺たちがエサではないと分かったらすぐにどこかに飛んでいくだろう。
その子の事を見ると。頭を押さえて震えていた。
「口を押さえないと!」
俺は左手でその子の口を押さえた。もちろん右手では自分の口を押さえている。
その虫の大群は俺たちに群がってきた。体中に虫が這い体中がゾワゾワする。それに耐えながらその子の様子も見た。
震えている。何を言っても届きそうにない。その子の手を取って手を口に当てさせる。
そこまでするとようやくその子も気づいたようだ。
その子が両手を使って口を押さえるのを見ると強く目をつぶって羽虫がどこかに飛んでいくのを待った。
しばらくすると虫はどこかへと飛んでいってしまう。
「ありがとうございます、虫さんがいきなり元気になって……」
その子は言う。その子はそれなりに上等な服を着ているものの、それが全く似合っていないしその服も最近仕立てたかのように新しい。貴族の子供には見えなかった。
この子はなかなかかわいい。田舎臭いと評価する者もいるだろうが素朴で純真というように見える。
名前を聞いてみようかな。
「私はロドム=エーリッヒといいます。あなたの名前を教えていただけますか?」
自己紹介の方法なんてとっくの昔に叩き込まれている。前の世界にいた頃は、どう話しかければいいか分からず女の子に近づくこともできなかったが、方法さえ分かってしまえば簡単なことであった。
「デイナです。貴族ではないので苗字はありません……」
俺の勘は当たるようだ。この子はどこかの貴族の家に奉公に出ている田舎の子のようである。
「闇魔法は初めて見ました。虫との相性がいいと聞いていましたがまさかここまでとは」
虫? 闇魔法との相性?
光に弱いという事は知っていたが虫と相性がいいとは知らなかった。また調べてみるか。
「大丈夫でしたか? もうそろそろ遅い時間ですし家まで送りましょうか?」
「貴族様から、そんなことをしていただくワケもいきません。貴族様からの申し出を断るわけにもいけませんし、どうしよう」
この子はまだ礼儀の類は教わってないらしい。俺からの言葉にどう対応をしていいか分からないのである。
「そうです。貴族からの申し出を断るなんて本来ならば処刑物ですよ」
笑いながらその子をからかった。その子はその言葉を聞くと顔面が蒼白になる。
「いえ! 私は拒否なんてしません! どうぞどこなりと連れて行ってください!」
直立して、怯えた顔をしたその子はそう言った。内心ほくそ笑むと、その子の手を取ってその子の家にまで連れて行った。
今回デイナには悪いことをしたと思うがこういうのは結構楽しい。俺はエスっ気でもあるんだろうなぁ。