テルシオ対策の訓練
フェリエはチェスピースを出した。
「おい……こんなのに勝てるのか?」
ディラッチェが大量に並んでいるフェリエのチェスピースを見て、早くも弱音を言う。『その相手に勝たないといけないんだよ……』と、俺は考えた。
テルシオの支援人の名前は知らないが、ディラッチェが勝負を仕掛けたとき、必ず、支援人とも戦うことになる。その時のための訓練だ。
「フェリエ。ボク達の事を倒すつもりでやってきて!」
俺はフェリエにそう指示を出す。フェリエはそれに従った。
「かかれ!」
フェリエがそう言うと、フェリエの天使の姿をしたチェスピース達は、一斉に俺達に襲いかかってきた。
「ディラッチェ! さっきの攻撃方法だ!」
「『さん』くらいつけろ!」
ディラッチェはこの状況でそう言ってくる。
「いちいち、そんな事を気にしてられるか!」
俺は言う。つい地が出てしまったが、この時の俺は気づいていない。後になって思う。もうちょっと優等生のフリをしておけばよかったと……今では思う。
「もっとお上品なやつだと思ってたぜ!」
そうディラッチェが言うが、俺はその言葉の意味をまったく理解していなかった。いつもはお上品な言葉使いをしていたからなぁ……この時だけは、俺も正常な判断ができなくなっていた。
「戦闘にお上品も何もあるか!」
俺は。テルシオの戦いに触れて、吹っ切れていた。相手に勝つためなら、どのような手だって使う。、相手がそういう相手なんだ。俺もそれに合わせないといけない。
「人が変わるんだな、お前……」
「無駄口を叩くな! この学院の威信がかかっているんだぞ!」
俺が言うと、しぶしぶといった感じで、それに従ったディラッチェ。
正直、俺は学院の威信とかはどうでもよかったが、あんなすっきりしない負け方をして、納得ができないわけがない。
もう一度戦いたいと心の底から思っているのだ。そして、『今度こそは負けない』と、心の底から思っている。
「攻撃準備!」
俺はそう言い、チェスピースを出した。そのチェスピース達は、ほとんどが投石器である。その前に一列だけ、防御型のチェスピースがいるだけだ。俺の投石器は、一列に並んでいる。そして、その後ろには、いくつもの投石器型のチェスピースが並ばずに無造作にいる。そのチェスピース達は、今も、攻撃の準備のために石を取り付けていた。
ディラッチェはチェスピースを三列に分けていた。一列目は石を取り付けられており、二つ目以降は石を取り付ける準備をしている。
ディラッチェは三段撃ちを選んだようだ
俺は日本海海戦の方式を選んだ。
ディラッチェが選んだのは『三段撃ち』と呼び、織田信長が、武田軍と戦う時に使った戦法だ。
これは、準備の時間が長い、『火縄銃』を使うさいに使われた戦法で、火縄銃の部隊を三隊に分けて、敵の攻撃に備えたのだ。
一隊が火縄銃を撃つ間、ニ隊と三隊は火縄銃を撃つ準備をする。
次に、ニ隊が撃つ間、一隊と三隊が撃つための準備をする。その繰り返しで、絶え間なく、敵に攻撃を浴びせる事ができる戦法だ。
俺が選んだのは対馬沖海戦の方式だ。投石器たちを、右から左に動かし、次々に新しい投石器を敵の前に出していく。そして、次次に砲撃をしていくのだ。これにより、等間隔で、ロスのない攻撃をすることができる。
俺とディラッチェの砲撃を受け、フェリエのチェスピースは次々に破裂をしていった。
「もっと早く! 全軍突撃!」
フェリエは言う。俺達の訓練のための戦いとはいえ、簡単に負ける気はないのであろう。
「そうでなくちゃ!」
俺は言う。この気分は清々しい。強い敵に出会ったと時の気分である。相手は強い、だからこそ、やりがいがある。相手が強い勝負だからこそ、燃えてくるのだ。
「なんか……悪い顔をしています……」
俺の事を見たシィが言う。
「そんなに悪い顔に見えるかい? いま、いいところだから口を離さないでくれよ、そのことについては後で話があるからな……」
俺は、チェスピースを動かしながら言う。シィは「しまった」とでも言ったような雰囲気で俺のほうを見てくる
「戦いに集中しろ!」
ディラッチェが言ってくる。まったく……さっき俺に言われたお返しでもしているつもりなのかね……?
「君こそ、隊の動きが雑になっていないかい?」
俺が言い返すと、返答が戻ってこなかった。
確かにディラッチェのチェスピースの動きは雑になっていたし、特に、反論の言葉も思いつかなかったのだろう。
どんどんと、砲撃を繰り返す。その間に、フェリエは次のチェスピースを出した。
「負けるか!」
そう言い、俺はどんどんと、フェリエのチェスピースを破裂させていく。出しても出しても、キリがなく出されるチェスピース達を、俺達はどんどんと破裂させていった。
「フェリエ。もっと考えて行動をしてくれ! ただ、出すだけじゃ、訓練にならない」
「そう言われましても……」
フェリエは言う。突撃をする事しかできないフェリエは、そのまま、涙目になって、チェスピースを出し続けた。
「これでもう、からっけつですわ……」
フェリエが言う。俺とディラッチェは,そのフェリエの言葉に安堵をした。
「ディラッチェ……魔力はどれくらい残ってる?」
俺が聞く、ディラッチェは、疲れた顔で答える。
「半分位は残してある……」
俺も半分くらいの魔力が残っている。これなら、仮想敵であるテルシオと戦うだけの力は残っているはずだ。
「もっと少ない魔力で勝たないとな……」
俺は言った。ディラッチェもそれに合わせて首肯する。
なんだよ、返事の言葉くらいいったらどうだ? 何も話せないくらいにヘバっているわけでもないだろう?
「なんだよ? これから手を組んでテルシオと戦うんだぞ、その間だけでも友達のふりができないのか?」
「お坊ちゃんとは思えない口の悪さだな……お前のイメージが崩れるぞ……」
ディラッチェが言う。
「そういえば、そういう話だったら……」
俺は言う。だが、まずは目の前のフェリエだ。今にも倒れそうなくらいフラフラになっているフェリエの前に立つ俺。
「ご苦労さん」
そう言い、フェリエの肩を掴むと、フェリエは俺の胸に倒れこんできた。そのフェリエを抱き抱えた俺は、フェリエの事を背中に背負った。
「シィ……手伝ってくれ」
そう言い、シィを俺の前にまで呼ぶと、俺とシィの二人でフェリエの事をかつぐ。同じ十歳とは言っても、フェリエの身長は俺を越えているので、それなりに体重もある。一人じゃ、抱えられない。
シィはおずおずといった感じで、俺の反対側に回って、フェリエをふたりがかりでかつぐ格好になる。
「じゃあ、さっきの話の続きだ。誰が悪い顔をしているっていうんだ?」
そう言い、俺はシィの頬をつねる。
「もうしわけありませんー」
泣き顔になりながらシィは言う。
まあ、それくらいで許す気はない。俺はシィに向けてありったけの文句を言った。
「ディラッチェ様も、あれくらいできるようになるといいですね」
俺がいなくなった後、デイナはディラッチェに向けて、こう言ったらしい。
「あれくらい?」
ディラッチェは分かっていない顔をしたそうだ。
「だから、フラフラになっている女の子の事を抱きとめて、優しい言葉の一つでもかけてあげれば、女の子もキュン! ってくるという話ですよ」
デイナは言う。
「そういうことが臆面もなくできるから、アイツにお熱なんだな、よくわかった」
「すねないでくださいよ……」
『この人はまだまだだなぁ……』
そういった感じで、デイナはかぶりをふった。




