作戦会議
「それなら、デイナさんに頼んでみてはどうでしょうか? 彼女なら、ディラッチェさんに、一言を言えると思います」
俺はフェリエと夕食を取っている時に、そう言われた。
「だがなぁ……」
俺は煮え切らない様子でそう言った。フェリエにとっては、そうするのが最善なことであると感じているだろう。だが、俺にとっては、そう簡単なことではないと考える。
「ディラッチェに頼むのか……」
俺は、そう言う。あいつは、敵同士だ。確かに親戚筋の関係はあるが、彼に何かを頼めるような仲ではない。
「この状況で、そんな事を気にしている場合ではないと思いますが……」
フェリエが言う。確かにテルシオがやっている事は、この学院レベルの問題だ。当人たちがこの学院の優等生達である事が、この問題を大きくしている。
だから、テルシオの事を調子づかせてはいけない。一回くらい、テルシオには負けてもらわないといけない。それがこの学院のためだし、この国のためでもある。
「本当に、男の子ってのは面倒ですね……」
「フェリエ……そうは言うがな……」
俺がそこまで言って、続きを言うのをやめた。
人間関係というのはどうしても面倒なもんだ。フェリエの言うとおりである。
「ディラッチェ様に、なにか頼みごとでもするの? ロドム君……」
そこにデイナが声をかけてきた。
「みんなロドム君んは期待しているんだから……」
「みんな……ねぇ……」
デイナはニコニコと笑いながら言う。
みんなってのは、ファンクラブの連中の事だろうか?
少なくともルームメイトのレリレンとデルクトは、俺がテルシオに負けたのを喜んでいる雰囲気だった。
「そりゃいけないな……この学院全体の問題なんだし、生徒会長がそんな様子だったら……」
「あいつは、昔からそうよ……普段は優しい好青年みたいな顔をしているけど、そのくせ意地っ張りで融通のきかない、石頭だから」
ティーナが言う。さすがにデルクトの許嫁というだけあって、デルクトの事はよく知っているようだ。
「彼も生徒会長なんだし、学院のためともなれば、協力をしてくれるんじゃない?」
ついでにセリットもやって来て言う。これでファンクラブの三人が揃った。
今回の事は、大事件だ。テルシオには、いい気分で帰ってもらうわけにはいかない。この国の威信をかけて、一回負けて、ケチをつけて帰ってもらわないといけないのだ。
「あいつはダメよ……本当に、石頭なんだから……」
ティーナが言う。そこまで言うくらいなのだから、デルクトがこの件で、動くことはないであろう。
「私達全員で、ディラッチェに頼みに行く?」
「それは逆効果だと思う……」
ディラッチェだって女連れでそんな事を言われたら腹が立つだろう。
俺がこんな事を話しても、しょうがないことである。そう思っているのだが、この場にいる女子達は、真剣になって話を続けた。
「フェリエ、いくよ……」
俺はグラウンドに立っていた。
前回の試合の時、フェリエは、いくつものチェスピースを出した。あの数でも二割の力しか使っていなかったのだ。全力で彼女が戦えば、どうなるだろうか? 一度見ておきたいし、フェリエにはチェスピースくらいは勝ちたい。
このままだと将来尻にしかれそうだし、『ひとつくらいフェリエに勝てるものが欲しい』と、いうのも本音だ。
俺は、チェスピースを出した。
それに対し、フェリエはまた大量のチェスピースを出す。
こうやって、数を見ると、壮観だが、これと実際に戦ったらどうなるか?『もしかしたら、結構あっさり勝てるかも』と、心の中で期待していた。
「私の宝石は『ダイヤモンド』なんですよ。最高の宝石ですし、中に内在している魔力だってケタ違いに高いんですよ」
そう言い、フェリエは服をめくってみせた。中には綺麗にキラキラ光るダイヤモンドが服の裏にビッシルと取り付けられている。
「あなたに言われた通りに、持っているダイヤモンドを、全部つけてきましたが……これじゃあ、あなたに勝機は……」
「ないと思っているのかい? いいから早く始めよう」
「あなたも、相当の石頭ですよ」
フェリエはうんざりした様子で言う。
俺の考えている事はフェリエもお見通しだろう。
やはり、手を抜いたり、準備不足である状態のフェリエを倒しても勝った事にはならない。
十全な準備をした相手を、完膚なきまでに叩き伏せてこそ、戦いというものには価値がある。
「あなたも学習したらどうです? そんな事を考えているからテルシオに負けたのではないですか?」
テルシオは、俺の魔力が少ないところを狙ってきた。その相手に正々堂々、スポーツマンシップを守って戦う事なんて求めても意味のないことであると、フェリエは言いたいのだろう。
「これはテルシオとの戦いじゃないだろう?」
そう返すと、フェリエは憮然とした顔をした。
「あなたは、本当に石頭ですね」
呆れたような顔をするフェリエ。フェリエがチェスピースを出そうとしているところに、声がかけられた。
「おい、お前いま大丈夫か?」
明らかに今は試合中で、手が離せないのだが……
そう声をかけてきた奴の事を見て、おれは目を見張った。
「ディラッチェさん……いきなりなんですか?」
とりあえず、相手の方が年上だし、親戚筋の付き合いもあるから、そう呼んだ。
「いきなりはないだろう? デイナを使ってあんな事を言わせといて」
ディラッチェは何か機嫌が悪いようだ。まあ、わかるけどな。
「『頼みごとがあるなら、自分で言いに来い』と、でも言いたそうな顔ですね」
「そこまで分かっているなら、なぜ自分で言いに来ない?」
ディラッチェは言う。俺は、デイナにそんな事を代わりに頼んでくれと頼んではいない。
だが、この状況は好都合だ。
「すいませんね、そのうち自分からいいに行くつもりだったんですが……」
俺は言う。ディラッチェはまた憮然とした顔をした。
「しかも、あのテルシオって野郎に試合を申し込まれた。この事もわかっていたんじゃないか?」
「テルシオ君の行動まで、ボクのせいではありませんよ」
そう言った俺は、ディラッチェの話の続きを聞いた。
「あいつは、どうやら俺の事をナメているみたいだぜ。試合の準備をしたいから試合は後にしたいと言ったら、すんなりオーケーだとよ」
テルシオは、ディラッチェとの試合は消化試合だとでも思っているのだろう。俺に何度も負けている奴なので、軽く見ている感じだ。
「手を貸してもらおうじゃねぇか。テルシオに負けたら、留年だとか学院長にも言われたからな……しかし、女は全員お前の味方なのかね? 学院長まで手懐けるなんてな」
それは穿った見方だ。
学院長は、テルシオに気持ちよく帰ってもらう事なんて望んでいない。だから、ディラッチェに望みをかけたのだ。
「どこまで本当なのかね?」
ディラっチェはそう言う。もう誤解をわざわざ解かなくてもいいと思い、俺はディラッチェをグラウンドに上げた。




