浮気者の俺は、怒られるのはバッチこい
「精神論なんて、参謀が一番考えてはいけない事だぞ」
家に帰ると父に言った。俺に精神力が足りないから俺はディラッチェとの戦いに負けた。
軍の参謀として働いている父は俺の考え方に否定的だった。
「ロドムは敵の方が力が強いのにも関わらず何度もミスをした。寡兵で強大な敵を倒すための技術が戦術である。自分が軍師になった時、兵に精神論を語るのか? そんな事しかできないんだったら、その辺から口がでかいだけのおっさんを連れてきて、適当に強気な事を言わせればいいだけじゃないか」
いつもよりも口数の多い父。俺が負けただけではなく精神論を口にしたから怒っているのだろう。それは分かる。父の言ったとおり精神論を語るだけなら誰でもできる。
軍を率いるのは俺じゃなくていい。
「今回の負けでこんなことしか学べなかったのなら、まったく無駄な負けじゃないか」
今回の敗因は自分でもわかっている。
ディラッチェの事を軽く見て戦いの準備をしていなかった。デイナをうちに定着させる事に心血を注いでいたのだ。
「その点については私も同じだが」
デイナを家に定着させる作戦は、父も一緒に参加をしてやっていた。その事を言っているのだろう。
「自分の力を過信していました。戦争には常に新しい武器が開発され続けるものです。後方での新兵器の開発を怠った国は負けます」
俺がそう言うと父は唸った。そういう事だろう。
「そこまで分かっていたのになんで過信したんだ? 今日の戦いが一番重要な戦いであるというのは分かっていたのだろう?」
「デイナの事に夢中になっていました」
次の戦いの準備よりも俺の趣味を優先させてしまったのだ。ああいう素朴な子は俺のタイプであるし、からかって遊ぶのも面白かった。
「そこまで分かっているならいい。今日でディラッチェ君は学校に戻る事になる。彼が帰ってきたときには勝つんだぞ」
やはり俺の家からロードル家に戦闘を吹っかけるつもりのようだ。この戦いには終わりは存在しないらしい。
「今回の件はここまででいい。あれでもうちの親戚なんだ、ディラッチェが学校に行くんだし見送りをしないと」
そう言い俺は先に出ていく父。それを追って家を出ていった。
ロードルの家に着くとディラッチェが馬車に乗っているところであった。
「さっきの戦いから時間も経っていないというのによく来てくれたな」
言葉は丁寧なんだが表情が硬いディラッチェの父。
歓迎をしているような雰囲気ではないんだけどな。当然だが。
父の様子を見ると『よくもうちの子をこんなにしてくれたな?』などと言っているような気がしてきた。
それに合わせて俺の事を見る。
『見送りをしなかったらそれはそれで、『エーリッヒの奴は見送りにもこなかった』だとか言われるんだ』と語っていた。
よくもまあ、俺も目線だけでここまで読み取れたな。
俺は帰ってからうちの専門医師によって怪我の手当てをされていた。
一番ヤバいのは頭に落とされた石らしい。頭を怪我して軽い脳震盪も起こしているという診断だ。しばらくは頭を強く振らないようにと言われた。
お辞儀くらいいいよな。
そう思い俺は頭を下げた。
「ひどい怪我だね。ごめんよ、ディラッチェのやる事が荒っぽいから」
そう言って俺の頭を撫でてきたディラッチェの父。うちの父はそれをイラついているような顔で見ていた。
「今日は機嫌がよろしいですよね? 何かいい事がありましたか?」
『理由は知っているけどな』といった表情をした父がそうディラッチェの父に言った。
「息子の成長を見る事ができる機会があったのでね。デキの悪い息子だと思っていたがやる時はやる奴だ。安心をした」
『めんどくせぇよ。この会話』
父同士の会話を聞きながら、そう思った。
お互いに嫌味を言い合うような仲になっている。
お互いに相手の事を攻撃するが急所は狙わないような、面倒な会話を見せられてこっちのほうが冷や汗を流しそうな気分になってくる。
「おい。ロドム」
次は俺たちの番だと言わんばかりにディラッチェは俺に声をかけてきた。
「いい試合だった。戦ってくれると嬉しい」
ディラッチェは手を差し出してきた。それに手を出し俺はディラッチェと握手をする。
俺達くらいは爽やかな感じで終わりたい。腹になにかイチモツを抱えているのはお互いに同じだが、いがみ合う事もない。いがみ合いは父同士がやってくれたし正直俺はうんざりだ。
『でも、嫌味の言い合いになるんだろうな』
そう考えた俺は意を決して顔を上げる。ディラッチェは俺よりボロボロの様子になっているのが見えた。
俺は頭にいくつもの石を受けたため頭に包帯を巻いているのだが、ディラッチェは体中に包帯を巻いていた。
巻いている場所は腹部が多い感じだ。
ほぼゼロ距離で投石器の石投げを食らっていたんだよ。こんな威力になるのか……
「勝ち逃げさせてもらうぞ。次に会ったら勝てる気がしない」
ディラッチェはそう言う。俺はできるならディラッチェが学校に戻るまでに一もう戦をしたくらいだ。今回の負けを精算したいと思う。
だが、ディラッチェの勝ち逃げを俺は黙って見ているしかないのである。
「今度会ったら覚悟をしてください」
そう言う。一言くらい言っておかないと気がすまない気分だ。
『おっとこんな事を考えるから、父同士のような会話になっていくんだな』
その考えが頭をよぎり次の言葉をいう口を止めた。
「怖い言葉だ。忘れないでおく」
ディラッチェは意外にもそう言った。大人の余裕でも見せているつもりなのだろうか?
少なくとも、ディラッチェの父はそれを聞いて満足そうにしていた。
「ディラッチェ様。私の方も用意ができました」
そう言ったのはデイナだった。その様子を見たディラッチェは鼻を鳴らしながら『早く乗れ』と指示を出した。
「ロドム様! 私は行ってまいります」
そう言い俺の手を握ってくるデイナ。
「デイナ。もうボクとは」
「ご迷惑なのはわかってます! ですが、最後くらいは!」
デイナがそう言い出すのをだれも止めなかった。俺の後ろにはほのがいる。このままじゃフェリエにこの内容が筒抜けになってしまうだろう。
またキレられるんだろうな。
そう思いながらもデイナの手を握り返した。正直この子の話なら聞いてもいい。後なんて、どうにでもなれと思う。
投げやり気味に俺はそう考えた。
「私を女の子として扱ってくれてありがとうございました。あんな気分になれたのは初めてです」
そういう言葉はもっと大きくなってから言えよ。俺よりもちょっと年上みたいだけど、それでも七歳か? 八歳か? そこらだろう?
「ほの君。すぐ報告だ」
俺の後ろで父がそう言っているのが聞こえる。犬になったほのの足音であると思われる、とっとこと走る音も聞こえてくる。
『この事はフェリエに筒抜けなんだ』
そう思いながらも一度腹をくくっている。デイナの言葉の続きを聞いた。
「私はキスなんて初めてでした」
この事はすでにフェリエに割れている。そこで父は後ろに向けて声を張り上げる。
「ほの君。ちょっと戻ってきてくれ!」
そう言われまたとっとこと戻ってきたほの。俺はデイナの言葉の続きを聞いた。
「もう一度だけキスが欲しいです」
とんでもない事を言ってきたデイナ。後ろにはほのに向けて声をかける父。
「現場を見たらすぐ報告だ」
そう父が言いちょこんと座って俺の様子を見るほの。ロードルの家の者も俺の事を見ている。
「もう、どうなってもいい」
俺は小さく言いデイナとキスをした。
そうすると、デイナは俺に向けて泣きながら笑った。
その表情は実にせつなく今すぐにでもデイナの事を抱きしめたいような気持ちになった。
「これで十分だ」
雰囲気ぶち壊しの父の一言である。一気に気持ちが覚めていった。
父はそう言いほのを走らせる。何が十分なんだ? 教えて欲しい。
ついさっきまでの、気持ちはすぐに冷め、デイナの事を離した。
「デイナ。また会おうか」
そう最後に挨拶をした俺。デイナは馬車に乗り込んでいった。




