ロードルの家も本気になってきた
デイナは俺によく相談事を持ちかけてくるようになった。
ロードルの家にデイナの母もいるらしく母の元を離れて不安に思っていること。
この家のメイド達のルールに自分が上手く入っていく自信がないことなどだ。
俺はデイナの相談に親身になって乗った。
俺は母の所に手紙を書くのを手伝った。デイナはロードルの家のメイドとして文字は多少習っていたようだが、文字を書いて手紙を書くのは初めてだったらしい。手紙は誤字脱字だらけであったのだ。
ほのを使ってデイナの母にこっそりと手紙を渡した。
それから数日後に、ほのがまたロードルの家に行ってデイナの母から手紙を回収してきたのだ。
「ロードルの家のやつに見つからなかった?」と、聞いたらほのはあっさりと「見つかった」と答えた。
それに俺はものの事をギロリと見たがほのは慌てて弁論を始めた。
ロードルの家もデイナと母親が手紙の交換をする事自体は許すと言ってきたらしい。
「ロードルの人たちは悪い人じゃなかったよ」
そう言ったほのの口元に、何か黒いものが付着しているのを俺は見つけた。ほのの唇をこすって見てみると、それはステーキソースか何かのように見えた。
「ほの。あっちで何か食べ物を貰わなかったか?」
俺が聞くとほのはニコリと笑って答えた。
「うん! おっきなステーキを食べさせてもらったよ。すっごく美味しいの」
ほのはそのステーキを食べている時の事を思い出しながら悦に入っていた。
ほの。お前は餌付けされてるぞ。
ロードルの家も本気になってきたという証拠だろう。印象操作。敵の使い魔だろうと敵に取られた使用人だろうと、とにかく自分にいいイメージを出させ人心を掌握しようとしているのだ。
「父様に話をしてくる」
俺はそう言って家の中に戻っていく。
これは由々しき自体だ。父なら、この状況がいかにマズいか分かってくれるだろう。ほのの夕食もとびきり豪華な物を食わせてやる必要がある。そして、ほのをロードルの家に送るのはやめにする。
向こうが手紙のやりとりを公認しているなら、わざわざ使い魔を使ってこっそりと渡す必要もなくなったし、何よりほのが餌付けされて帰ってくるのが怖い。
こういうのも戦いだと思いながら、家の中に入っていった。
「敵も本気か。いままでは息子の事を叱るだけで済んでいたが今となっては実害が出たからな」
そう言う父。ロードルの家には実害がなかったが今回は使用人を一人取られたのだ。使用人を取られるなんて恥に決まっている。
普通に考え、使用人が家を腰替えするなど扱いや給金などが悪い事の証明だ。
しかも今回はメイドは子息同士が勝負をして勝ち取ったもの。
「なんでその使用人は腰替えをしたんだと聞かれて『勝負で負けてとられた』なんて言わなくてはならないなんて一生ものの恥である。
『ロドムが色気を出して使用人をかけて戦おうとするからこうなる』と、父の目が語っていた。
俺はその視線に顔を伏せた。
「すいません父様」
俺がそう言うと父は俺から顔を外した。
それから父と相談してこれから必要なことを話し合った。
敵は印象操作をしてきている。この事はうちの使用人にもすぐに噂として広がるだろう。うちとロードルの家の資本の差はかなり離されているらしい。
うちとて名門の軍師の家系だが、ロードルの方が歴史が長くも資本も多い。
まともにぶつかって勝てる相手ではないし、今のうちは、はっきり言って無理をして使用人を雇っている。
出世を願って、今でもごますりや政敵との戦いに勤しんでいる父は、無理をしてでも家を大きく見せようとしたのだ。
見栄を張った代償が今になって自分を苦しめる事になる。
「こっちはいろいろな手を打つことのできるような資本がない。まともに金をかけあって戦ったら、確実にこっちが負ける」
父はそう言いながら唸り始めた。
それから俺は父の書斎から出て行かされた。
『ロドムは自分の身の回りを固めておきなさい』
そう言われたのだ。とりあえずほのとデイナの二人を、こっち側に引き戻さないといけない。
俺がそう考えながら家の中を歩いているとほのの事を見つけた。
ほのは俺の事を見るとペコリと頭を下げてきた。
『ほのの方の餌付けをしないと』
どうしようかと思いながら、とりあえず、ほのの頭を撫でてみた。
そうするとネコがするように俺の体に頬をこすりつけてきた。
ほのの事を落とすのは意外に簡単そうだ。そう思った俺はほののあごの辺りを撫でる。
そうするとほのは気持ちよさそうにして目を細めた。
「ほの。あそぼうか」
俺は言う。そうすると、ほのは目を輝かせて言ってきた。
「何で遊ぶ? ご主人様!」
手をパタパタさせて喜びを表現するほの。俺は「うーん」と唸りながら考えた。
『何をしてあそぼうか? ほのに犬の姿になってもらって、フリスビーでもやるか?』
そう考えているところデイナがやってきた。
「デイナも一緒に遊ぼうよ。ほのとボクだけだと、さみしいし」
そう言った俺。俺は浅はかにもこう考えてしまう。
正直、ほのが喜びそうな遊びなんてわかんないから、デイナに決めてもらおうと考えていた。
ついでにデイナとほのの両方の相手を一気にできる。
ほのに手を引かれて、家の庭に向かっていった。
それからデイナ達とおままごとをする事になった。
炎天下の元シートを広げながら俺は新聞を読むフリをしていた。別にこの炎天下でやるような遊びではないだろうと思う。俺の額には汗が思いっきり浮かんでいた。それにデイナの額にもだ。
俺はお父さん役、デイナはお母さん役、ほのは子供役だ。
「とんとん」
ほのはそう言い、ドアを叩く素振りをした。
「ご主人様! たっだいまー!」
そう言い、ほのは俺に飛びついてきた。
「よしよし。今日もほのは元気だね」
こんな感じでいいだろうか。俺はほのの頭を撫でた。
「ほのちゃんだけずるい! 私の頭も!」
そう言いデイナは俺に頭を突き出してきた。俺はその頭を撫でる。
そうするとデイナは喜んで顔の表情を緩めた。
おままごととか関係なくなってきてるな。
俺はほのとデイナに両方から詰め寄られた。相変わらずほのの胸が俺の体にあたってくる。このままでは、この前のお風呂のときみたいに倒れてしまうんじゃないかと思ったくらいだ。
このままじゃまた倒れると考えが頭をよぎった俺は、この状況を打破する方法を思いついたのだ。
「デイナ。子供の前でそんな子供っぽい事をするんじゃない」
そう言い俺はデイナの事を引き離した。
「大人はこうやって愛情表現をするんだ」
俺はデイナの額にキスをした。
それに驚いたデイナ。俺から離れて額を押さえた。
「そんな。キスなんて」
デイナは初めてのキスに本気で狼狽をしていた。デイナはフラッとして倒れる。卒倒をしたのだ。
「やりすぎた?」
俺はそう言う。その後ほのに声をかける。
「デイナを早く家の中に入れて体を冷やさないと」
俺はデイナの事を持ち上げながらそう言った。ほのもそれを手伝う。
俺はデイナを救護室に運んでいく。デイナは何で倒れたのかと聞かれると俺は言った。
「日射病です」
デイナが卒倒をした理由を話すとすぐに家の中でも話題になるだろうし、それがフェリエの耳に入ったら多分俺は殺されると思う。
デイナの額にキスをしたことを知っているのは俺とほのだけで十分だ。




