勝負の後は次の勝負に
ディラッチェは使用人達のところに戻っていった。
肩を落としいかにも傷心しきった表情をしていた。だがこれは勝負だ。俺が強くディラッチェの方が弱かった。それだけの事である。ディラッチェの事を今になって同情する気も起きないしな。
年下相手に勝負を強要して持ち物を奪おうとするなんて当然褒められたものではない。
歩いて家に帰ろうとしていた。ほのの事を背負い少しだけ魔力を注入する。
「ご主人様。ありがとうございます」
すこしだけ動けるようになったほのが言う。人間型であればほのは存在の維持にそこまで魔力を必要とはしない。
「この恥ずかしい使い魔をディラッチェに見せるのは嫌だったんだけど」
「はっ! 恥ずかしいとはなんですか! 私は誠心誠意ご主人様に尽くし」
うっかり口から出てしまった言葉にほのが反応をした。
これはいかんな。興奮をすると口からいらない言葉が出てきてしまうクセは直さないと。
「だったら、常に犬の姿でいれるようになってください。維持をするのに魔力をここまで必要とするのは君の技量不足なのですよ」
だからといってほのに謝るつもりもない。ほのに力を使いすぎているのを指摘してこの話を終わらせる。
ほのはそれを聞いて困ったようにして沈んだ顔をした。
ディラッチェの方に振り向くと、ディラッチェは使用人に尻を叩かれていた。使用人が何か言った。どうやら「ロドム様が、あなたの事を見ていますよ」などとでも言ったのだろう。使用人の言葉を聞くと、ディラッチェはこちらを睨みつけてきた。
負けた相手に無様な姿を見られるのは恥ずかしいものであろう。この様子を見るにディラッチェは、また俺に再戦を挑んでくるだろう。
半分は自分の意思で。残りの半分は家から「エーリッヒ家には負けるな」などと言われてせっつかれてだ。
俺だって「ロードルの家には負けるな」と父から釘を刺されている。どこの家であろうと内情はそうそう変わるものではない。
「そろそろ歩けます」
ほのがそう言う。ほのを下ろすとふと思いついた。
ディラッチェはいまだに俺の事を睨み続けている。そこに俺は上着をめくってみせた。俺の上着の裏には、いくつものブラックオニキスを使ったブローチが取り付けられていたのだ。
それを見るとディラッチェは、悔しそうにして地面を叩いた。
ディラッチェは、戦闘の前に俺に自分のルビーを見せつけてきた。そういうものは隠しておくものだ。相手に情報を与えるのはどんな情報であろうと必要ない限りはしないのが定石だ。
「ロドム様。お戯れが過ぎます」
ほのがそう言うが俺はそれを聞き流した。秘密というのは誰かに明かしたくてたまらなくなるものである。
俺のこの行動の意味がわかっている者はそう多くはないだろう。デイナだって、何か意味があるのだろうかと、首をかしげている様子だった。
「ロードルの子息に勝ったようだね。よくやったぞ」
家に帰ると父からいきなり、そう言われた。
「どうして知っているんですか?」
いくらなんでもこの話が父のところにやってくるのが早すぎる。俺はそれを疑問に思いながら聞いた。
「使い魔を向こうの子息にはり付けていてね」
そういう父。戦っているところも見られていたようだ。
「ロドム」
父は言った。その一言を聞いて俺は嫌な予感を感じた。
『こりゃ怒られるな。だってそういった感じの声だからな』
そう思いながら俺は父の言葉を聞いた。
「ただ勝てばいいものではない。軍師というのは策謀を張り巡らし、味方の損害を少なくその上で敵に多くの損害を与えるのが基本だ」
自分が何か策を隠しているならそれは何があっても相手に伝えてはならない。自分の作戦を相手にばらしても何もいいことはない。なぜなら、相手に対策を考えさせてしまうということなんだから。
父は言う。最後に自分の服の裏にブラックオニキスが大量に取り付けられているのをディラッチェに見せつけた事を言っているのだろう。
「使い魔から魔力を吸い取るというのはどうなんだろうか? あの状況では使わざるを得なかったが、これで相手も急いで使い魔との契約をしてくるぞ」
ディラッチェはまた戦いを挑んでくる。いつ戦いを挑まれても万全の状態で戦えるように日頃の準備を怠らないことだ。
そう言う父。その通りである。相手は対策を考えてくる。使い魔と契約をするだろうし、また石を持って殴りかかってくる。
今回の戦いでその戦法は有効である事は実証をされてしまった。
「戦争とは新しい戦術を生み出したらその対策をされる。対策をされたらまた新しい戦術を考える。その繰り返しだ。奢ったほうが負ける。常に次の戦いに恐怖をして新しい戦略を考え続けたほうが勝つ。こういう意味では慎重な臆病者の方が軍師に向く」
それはそうだろう。戦争の歴史を見てもその通りだ。源平合戦では平家が奢った。平家は戦闘が終わると、地面に御座を広げ、酒盛りを始めた。そして、宴会に疲れて寝静まった頃、源氏は夜襲をかけた。
それでも懲りずに平家は酒盛りを続けたのだという。
那須与一の話もそうだ。
平家は源氏との戦いで海に逃げ延びた。そこで、海の上の平家は扇を掲げそれを矢で撃ってみろなどと言ってきたのだ。
那須与一がその扇を打ち落としたとき、平家は船の上で踊りを踊ったのだという。
それを思い出していると父は続ける。
「勝ち続けるという事は考え続けるという事でもある。これからもディラッチェとは戦うことになる。うちが勝てばロードル家は再戦申し込んでくる。もちろんうちが負けたらロードル家に再戦を持ち込む。これは家の威信をかけた戦いだ」
そこまで言うと父は俺に背を向けた。だが最後にもう一言俺に向けて言う。
「心配はしていないが。負けるなよ。お前の負けは我が家の負けである事を覚えておくんだ」
「わかりましたお父様」
俺は整然として父の言葉にそう答えた。
負ける気など毛頭ない。ディラッチェはいくつもの新しい戦法や対策を考えてくるだろう。なら俺は、それに合わせて相手の戦法や対策を先読みして次の戦いに備えればいいのだ。
この戦いはすこしくらいは楽しく感じた。戦略シュミレーションをやっていたときの感覚に似ている
だがまだまだだ。いくらなんでも敵が弱すぎる。これじゃ負ける気がしない。
「もう少し楽しくならないかなぁ」
俺はそう思ってそう口走った。ほのはあわあわと慌てていた。
「ロドム。これはうちの威信をかけた戦いであるというのはさっき言っただろう?」
父が後ろからそう声をかけてきた。
「そうですね。すみませんお父様」
久しぶりに怒った父に背中を睨まれ体を固くした。