戦いの前哨。ディラッチェに後はないみたい。
あれからフェリエは帰っていった。
『もてる男は辛いよ』って言葉が頭に浮かんできた。昔の俺ならその言葉を聞くたびにイラッときていたものだろうが、今の俺には骨身にしみてくる言葉だ。
いまだに不機嫌な感じのシィ。
状況を分かっていないのか、シィに無神経にも頬ずりをしているほの。
「ほの。犬の姿になれ」
ほのは常に犬の姿にしておくというのが父からの言いつけだった。
俺が言うとドロンと煙を立てドーベルマンの姿になる。
「さっきのほうが可愛かったのに」
シィはそう言う。だが「父からの言いつけですので」と言うと、納得してくれたようで作業に戻っていった。
ここには居づらい。散歩をしてくることにしよう。
そう思い外に出たらほのがついてきた。
俺の胸ほどの背の高さの犬だ。こいつにリードの一つもつけずに外を歩いていいものだろうか、今の身長は百五センチである。その胸の高さなのだから六十から七十センチくらいの高さだろう。これは犬としては結構な大きさだ。こんなものが野放しになっていては何分周りからの目も痛いだろうと思われる。
面倒だしいいか。
そもそもこの治安の悪い世界で一人で出歩く者の方が珍しい。俺は何度もしているし当然襲われた事だってある。
だがそのさい魔法で敵を撃退した。俺の事を抱きしめて俺の事を守ろうとする中年のメイドがむしろ邪魔だった。
しょうがないから自分とそのメイドの事を巻き込む覚悟で魔法を使って敵チンピラを撃退したのだ。
頭の上から岩がゴロゴロと落ちてくる魔法だ。
俺は魔法のフードに魔力を注ぎ込んで固くしたので助かったのだが、俺の事をかばおうとしたメイドは頭を二針縫う大怪我をしたのだ。
その時メイドにケガをさせた事と、まだ幼いのに勝手に魔法を使った事を怒られた。それ以降メイドは俺と一緒に外に出歩こうとはしなくなったし俺が一人で出歩いても何も言われなくなった。
自分の属性が分かり使い魔だっている。一人で出歩いても何も言われないだろう。
俺は家の門をくぐった。俺の事を待っていたかのようにして、ディラッチェ=ロードルの家に使えるメイドのデイナがいた。
俺の事を見るとお辞儀をして声をかけてきた。
「ロドム様。ディラッチェ様があなたにお話があるようです」
そう言われ俺はデイナの後ろに見える馬車の方を見た。
ディラッチェが降りてくる。その様子に俺は深々と礼をした。
「ごきげんよう。そちらの方からおいでいただけるとは恐悦至極です」
俺の様子を見て機嫌を悪くしたディラッチェ。彼がやってくるという事はあまりよろしくない話を持ってきたという事だ。その事をわかった上で恐悦至極なんて言われるのは嫌味にしか聞こえないだろう。
むしろ嫌味のつもりで言ったがな。
今朝の一件で機嫌を悪くしているのはシィだけではない。俺だって正直イラついている。小さな八つ当たりだ。
「手短に話そう」
「そうしていただけるとありがたいです」
俺はさらに嫌味を言った。それにイラついた顔をしたディラッチェだが俺は別に気にせずに言う。こいつの持ってくる用なんて、どうせ再戦の要求だ。
「これからこの前の川原に来てくれないか?」
「よろしいでしょう」
本当に手短な話だった。ディラッチェなんて全く怖くもなかった。
どうせまたイノシシのように突っ込んでくるだけだろう。何かあったとしても、少しくらいは知恵を付けてきただろうと、そんなところだ。
「では馬車に乗るか? それとも自分の馬車を持ってくるか?」
「そちらの馬車に乗せていただきます」
俺はそう言う。イラついた顔のディラッチェは俺が馬車に乗り込むと、デイナも馬車に乗り込ませていった。
「今日は負けないぞ……」
ディラッチェはそう言ってくる。
「私も全力であなた様のお相手をさせていただきます」
余裕の表情で俺が言う。そうするとディラッチェは、俺に向けて手を差し出してきた。
その手にはルビーの指輪がはまっていた。
ディラッチェは火属性なのか。父は火属性は宝石のルビーが力を上げるのにいいと言っていた。
俺には何も言わず手を下げるディラッチェ、ディラッチェは上着をめくる。上着の裏には、赤い宝石のブローチがいくつもつけられていた。
服の裏側にびっしりと取り付けられているのを見て、あんなもんをつけていたら痛そうだなんて思う。あんなにびっしりとブローチをつけると金具が当たって痛いのだ。
ディラッチェはそれを俺に見せて得意げにしていた。
「そろそろ着くな」
ディラッチェが言うのに、俺が外の様子を見ると目の前には川原が広がっていた。
俺はコートの丸の上に立った。
「ルールは覚えているな?」
そう確認をしてくるディラッチェ。だが声が震えている。本人は強がっているのだろうが足がブルブルと震えていた。完全に緊張をしているな。
よく周りを見るとディラッチェの事を見ているディラッチェのお付の人々がいた。応援といった様子ではなく、監視って行ったほうが適切かもれない。
「今日は勝たないといけねぇんだ。今度、負けたらお仕置きが」
そうディラッチェが言うと、この戦いを監視しているお付の人の目が輝いたのが見えた。それを横目に見て俺はちょっとディラッチェに同情をする気分になる。だが負けてやるわけにもいかない。
「覚えています。始めてください」
その声を聞き、開始の号令役としてコートの中心に立ったデイナは手を掲げた。
「始めぇ!」
そう言うとデイナはコートから退場をしていく。
「我が下僕の精霊達よ。敵を打ち砕く高潔な兵士になれ!」
この前聞いた内容と同じ詠唱だ。ディラッチェの精霊戦士達の姿も前回と同じ。古代の槍兵の姿だ。
「契約に従い、我を守る剣と化せ。我がヘタイロイよ!」
俺が詠唱をする。
そこまで言ったところで俺は気づいた。また前と同じ奴らが出る。
その精霊戦士たちは姿を現した。
「やっぱり」
前回と同じ詠唱で出した精霊戦士達だ。同じものが出てくるに決まっている。
俺は、またビキニアーマーを来た、兵士達を呼び出したのだ。
「ふざけているのか? そんな姿の兵士」
召喚された精霊戦士の姿を見てディラッチェもイラついているのだろう。俺だって、こんな奴らに負けでもしたら腹の虫の居所が悪くなるだろう。こんなフザけた格好の奴らなんて俺も使うのは嫌だ。
「力の増強よりも、精霊の見た目を変える事を先に考えておくべきでした」
そう口から言葉が出る。
デイナはこれを見てどう思っているだろうか?
デイナの方に視線を向けると、驚いた顔をして両手で口を押さえていた。すぐさま、渋い顔になっていく。
「完全に引いてる」
俺がそう言うとデイナはさすがに表情をニコニコさせ始めた。
俺に気を使っているのか?
そう考えると、いたたまれない気持ちになる。