パスタマシンがない……
そういえばパスタマシンが無い。
パスタの生地を寝かし終えた時になって気がついた。
本来見る針金状の細く長いパスタは、機械を使って作っているのだ。シィの事を見る。ほのはシィの事を随分気に入ったようでシィの顔にほうずりをしていた。
シィは俺の事を見る。ほのに抱きつかれていても新しい料理のほうが興味があるようで、俺の手を「じっ」と見ていた。シィはすごい集中力だ。この能力は魔法に活かす事もできるんじゃないかとも思う。
ここまで作っておいて機材が足りませんでしたなんて言うわけにもいかない。
ならうどんでいいか。うどんのように生地を薄くのばす。それを包丁で切り始めた。
「本来なら機械を使ってもっと細くて長い麺を作るんだけどボクはこっちのほうが好きです。フェットチーネっていうんですよ」
適当な事を言ってこの行動を正当化する。シィはそれに気づきもしない感じである。パスタを見ること自体が初めてであるシィにとっては、そんな事はどうでもいいのかもしれない。麺を作るのなんて簡単だと思っていたものの。これがけっこう難しい。やたら太いものや逆にやたら細いもの。細くつくろうと思って切れてしまうものもある。
「不格好だけど……」
その麺を見て言う。シィは切った麺の事を見て言う。
「さっそく食べてみましょう」
いつのまにかフォークとナイフを持っていたシィはパスタに手をつけようとした。
「ミートソースを作ってから」
パスタに伸びたシィの手を払い落とした。
「ミートソースなら作り方を知っています」
パスタはなくてもミートソースはあるんかい。この世界の料理はどこまで進んでいるのかわからん。
俺はシィと一緒になって懐かしのミートソーススパゲッティを食べる事になった。
前の世界にいた頃はレトルトで済ましていたが、自分で作ると格別なものがある。自分で作ったっていう達成感もあるしな。
当然スパゲッティは茹でた。
パスタは茹でてから食べるものだというのを知った時のシィの表情は面白く、思わず笑ってしまったものであった。あのまま止めなければ、茹でてもいない麺にかじりついていたはずだ。
それはそれで面白そうであった。止めずにシィがパスタにかぶりつくまで待つのもよかったかもしれない。どんなしかめっ面をしていたか見ものだったろう。
「どうですか? 茹でて食べるほうが美味しいでしょう?」
シィの事をニコリと笑って見つめながら言うとシィは顔を赤くしてしまった。
「からかわないでください」
からかうのが面白いのに。
シィの様子をさらに見ると笑いがこみ上げてきた。
「ロドムさまぁ!」
キッチンの扉を開けそう言いながら飛び込んできたフェリエ。
フェリエはもう俺のベッドで寝るのに飽きたらしい。あの先一日くらいはああしたままだと思っていたのにこのタイミングで起きてきたのか。フェリエの分は用意してないぞ。
すでにフェットチーネに手をつけてしまったシィ。俺のはまだ手付かずだしほのの分もまだ手付かずである。
『従者は主人が食事を終えた後に食べるもの』などと言って自分は手をつけなかったのだ。
「私の分はありますか?」
いきなりそう言ってきたフェリエ。もうちょっと言い訳を考える時間をくれてもいいんじゃないか?
選択肢は二つ。俺の分をフェリエにあげる。もしくは、ほのの分をフェリエにあげる。
いや、ほのの分をフェリエに渡すなんて、大人の考える事じゃないな。
「もちろんあるよ」
そう言い自分の分をフェリエの前に出した。
朝食はおあずけになってしまうがそれも仕方がない。俺は精神年齢ではこの二人よりも上の四十歳だ。これくらい大人びたことをしてもいいだろう。
「いえ! それはご主人様のものです。フェリエ様に渡すならほのの分を出してください」
ほの。気持ちはありがたいけど余計なことを言いすぎだよ。
この一言でフェリエは俺が自分の分をフェリエに渡そうとしていた事が伝わってしまう。そうなればフェリエも受け取りづらくなってしまうだろう。
「おほほ。お気持ちは嬉しいのですが年下から食べ物を奪うようなマネはできませんわ」
お前は普段から「おほほ」なんて笑わんだろう。
フェリエだってそう言い出しちゃうじゃないか。食い物に執着を見せるような下品な行動は俺達上流階級の人間にとってはタブーだ。
パーティで出された料理をガツガツ食うのはタブーだっていう。下手をすればパーティから追い出されてしまう事もある。
いきなり成り上がったマンガ屋や小説家は結構こういう事をしてパーティから追い出されてしまうって言うものだ。
某巨大掲示版で得た知識だが俺自身が上流階級に立ってそれはよく実感した。
さてどうしたもんかな。フェリエにいい落としどころを用意すればいいのだが今はなにも思いつかない。
「フェリエ様は朝食くらいはとってこなかったのでしょうか? 人の家にやってきていきなり食事を要求するなんて」
シィ。余計な事言うな。魔法を覚えたことでちょっと強気になってしまってねいですか?
これも随分な言いようでフェリエは一気に顔を赤くした。
怒るだろうか、そう思ったが俺の事を見て冷静になる。
「ふふん。ロドム様。あなたのお食事を頂いてよろしいですか?」
「そうですよ。最初からそうしておけば」
そこまで言ったところで直感した。フェリエの様子が何かおかしい。何かを企んでいるような目をした。
隣の席に座ったフェリエの前にパスタを出す。
そうするとフェリエはフォークを握った。
「ロドム様。このお食事を半分こしましょう。はい。あーん」
俺は何も考えずにフェリエがフォークを使って俺の口に食事を持ってきたのにかぶりつく。
「おいしいですか? ロドム様」
フェリエがそう言うのに頷いて返した。素直においしい。パスタを食うなんて久しぶりでとても懐かしかった。
シィが見ていた。まるで俺のことを疎んでいるような目だった。
「そういう事だったのか」
おれは小さくそう言う。
フェリエはしてやったりといった感じで「きしし……」と笑った。
「ロドム様! 私の分も!」
シィが言うのにフェリエも対抗してきた。
「ロドム様! 私の方にしましょう」
そう言われ、二方向からフォークが突き出される。そのフォークを同時に自分の口の中に運んだ。
「私の方を先にたべましたわ」
「いいえ! 私の方を先に食べました!」
一緒に口の中に運んで良かった。どちらかの方を先に食べていたら、シィとフェリエのケンカの種になっていただろう。