思いのほか好評
屋上に向かうと、シィとデイナが待ち構えていた。フェリエだけは、『そんな事に加担はしませんわ』とばかりに俺の方を向かずに横を向いている。
『そういうふうにしてくれるのは、ある意味ありがたいが……』
加担をしないだけで見て見ぬふりをしているだけである。
フェリエに頼ることはできないと思い、俺はしぶしぶ着替えた。
「しっかし、鏡を見たとき『この美少女は誰だ?』とか一瞬思ったよ」
俺はデイナとシィに向けてぼやいた。当然そんな言葉くらいでこの二人が気持ちを入れ替えることなんてない。
「さぁ、ロドム君、あなたの名前は何にしますか?」
メイレナは言う。平静を装っているつもりなのだろうが、やっぱり顔がニヤついている。「あなたは女装している時は別の名前を使うべきです。気持ちの切り替えの問題ですよ」
このかっこで『私はロドム=エーリッヒです』もないもんだからな……
この姿をするというだけでもキツいのに、自分の本名を名乗るのもいけない。ほとんどの者は『この初めて見る美少女が、ロドム=エーリッヒである』と、気づくだろうが、それでも、名前くらいは変えておかないといけない。
もしかしたら、その事で、この顔が俺の女装であると気づかない人間も出てくるかも知れないのだ。
まあ、そんな奴、本当はいないだろうが……
「ディエルリスなんてどうですか? 古代レユーヅの言葉でケシの花の名前です」
シィがニヤリとわらいながら言った。
まったくもってお似合いの名前である。ケシの花っていうのは麻薬の材料だ。今の俺の姿にピッタリだと思う。
「中毒者が一人も現れなければいいけどね……」
そんな事を言ったが、そんなはずはない。この気持ちわるいカッコを見て、中毒者がでるなんて事になったら、この世界は末である。
「とっくに末っていますよ。今は戦争中ですしね」
「ごもっとも……」
メイレナの言葉には俺も同意をせざるをえなかった。
「それではディエルリスさん、みんなに司令官交代の挨拶を」
そう言うメイレナ。そうすると、シィ達は耳をふさいだ。そのほうがよくメイレナの発する念の力が聞こえるのだ。
声は地声のままでいいよな。これくらいの年であれば、男だって女だって、だいたいおんなじような声である。
おれが話そうとしているところ、シィが魔法の変声機を差し出してきた。
「バレないように偽装ですよ」
口ではそう言っているが、『こんなもので隠せるはずもない』と考えているのがそのニヤ付いた顔から想像できた。
大体声だけで本人の特定なんてできるはずもない。
俺は言った。
「ロドム=エーリッヒさんは、自身の求心力の無さを嘆き、私に全ての指揮権を委ねられました。彼は今この学院から離脱し、本国に帰投をしています」
そういう事にしておいた。俺が一人で逃げ帰ったなんて話になれば、俺のわるい評判がさらに悪くなるだろう。まあ、言い方を変えただけであるものの、言葉は言い方ひとつで、大分印象が変わるものである。自信をなくしてこの場から去ったという話にしておけばいいだろう……と、いったところだ。
俺がそう言うと、学院内から歓声があがった。
下にある教室から『あいつがいなくなったぞ!』『やっと自分の身の丈を分かったか!』などと声が聞こえてくる。
ずいぶんな嫌われようだなコンチクショウ……確かに、みんなから好かれていないというのはずっと前から分かっていたよ……
俺は続ける。
「私はディエルリス。皆さんを救うことが出来るのは私一人であると自負しております。私は皆さんを守り、この苦境から抜け出すのをお手伝いさせていただきます」
俺がそう言うと、『つまりあいつの後釜かー』『あんなクソガキに指示を出されるよりよっぽどいいぜー!』などと声が聞こえてくる。
俺だって、こんな奴らの命の心配なんてしたくないよ……正直、こういう言葉を聞くと、『全員死ね』と思えてくる。
「私は戦術の力についてはロドム=エーリッヒ様よりも上であります、皆さんの快適を重視し、早く敵を撤退させる事を考えて作戦に臨んでいきます」
とにかくご機嫌取りだ。ロドムの頃の俺がどれだけ嫌われていたのかわかったのはいいとして、このディエルリスが好かれる事を考えないといけない。
ここは司令官用のテントの中。テルシオは布団の家に寝転がりながら考えた。
自分の求心力のなさ。あの手前勝手な貴族達をまとめる事の難しさを甘く見ていた。これでは勝つ事のできる戦いも勝てない。
それどころか、このままでは自分の背中も危ないかも知れない。
なにもツテもなく、頼れる人のいないテルシオは、この状況を切り抜けることのできる人脈も信頼もない。
「テルシオ……こんな情報が……」
そこに、ローティが言ってきた。テルシオは敵に動きがあるのを待っている状態だ。
あのだましうちの時、土の中に潜んでいたのは、テルシオの雇った傭兵であった。
自分の身辺の警護をする人間は、自分の軍の中から選ぶものだが、今のテルシオには信頼のできる仲間などはいない。
傭兵の方が、金で動くだけよっぽど信頼できるというものだ。
だがその傭兵達も、テルシオにはついていけないようだ。
さっきの作戦の失敗で、テルシオの雇った土属性の傭兵達は、フェリエのゴッドスピアで叩き潰されて、テルシオの近くに控えていた傭兵達もゴッドスピアで叩き潰された。
骨の折れている者もいるし、二度と戦えないような大怪我を負ったものもいるのだ。戦う事が仕事の傭兵であるが、戦って『死ぬ』ことまでが傭兵の仕事ではない。
『あんなバケモンがいるんなら命がいくつあっても足りない。俺は、この仕事から下ろさせてもらうぞ』
そう言って、渡した前金をテルシオに返し、去っていった傭兵達も多く、最初に雇った傭兵の半分も、残ってはいない。
「ロドム=エーリッヒが帰ったらしい」
テルシオはそこまで考えたところでローティにそう言われて布団から飛び上がった。
「嘘だろう……? あんなに上手くやっている司令官がどうして降りなきゃならないんだ」
「内部に問題があるのは、向こうだって同じだったみたい……」
「内部に問題? 一体どんな問題が?」
「それは……」
テルシオは困ったような表情を見せるローティを見て唸る。
「いや、すまない。自分で調べるから……」
ローティは少し前まで文字すら読めなかったのだ。難しいことは聞かれても分からないのだろう。
テルシオはそう考えて急いでテントから出て行った。