罠に決まっているけど……
俺はその手紙に一通り目を通すと言った。
「お互いに一人でやってくること。当然使い魔も不可。会う場所は学園の敷地の外のテルシオ達のキャンプの近くの平野で、そこにテントを建てるから、そのなかで会合をしようという話だ」
「テントの中って……」
シィが言う。
「しかも敵のキャンプの目と鼻の先ですわ……」
フェリエも言う。
フェリエでも分かる。これは完全に罠だ。そのテントに入った瞬間に何本もの槍で串刺しにされる俺の姿が思いっきり想像できる。
「でも行かないわけには……」
今の戦況は、完全にこちらの不利である。こういう場所に呼ばれるのは、立場の弱い劣勢側であれば当然の事であると思われるが……
「ボクさえ居なくなれば、この学院を陥落させるのは簡単だろうからね」
俺はそう言う。これは過信でも傲慢でもなんでもなくそのとおりである。
「まったく恥ずかしげもなくそんな事をよく言えますね……」
メイレナは呆れながら言う。だが、反論はない。俺の言葉が正しい事をメイレナだって分かっているのだろう。
「うーん……」
俺は両手を組んで考えた。こんな危ない話に足を運ぶような気はない。だが、これを受けないと、また好戦的だの言われるだろう。
『戦いに終わりを告げようとしているというのに、そのチャンスを棒に振って徹底抗戦をする事を選んだ』
これに似たような事を言われるのは、想像に難しくない。
それに、生徒達も反発をするだろう。生徒達から見れば、この戦いの日々から逃れることのできる絶好のチャンスである。それを自分の保身の事を考えて出席しなかったとなれば、ただでさえ悪い俺の評判がさらに悪化し、生徒達の反感を買うのは容易に想像できる。
「ならば私が行きましょう」
メイレナが言う。大事な学院長をこんな危険にさらすわけにはいかない。その申し出は明らかに論外であるのだが……メイレナにこう言われた。
「どう考えてもこの学院の代表は私です。なぜあなたが出ていくような話になっているのですか?」
いまさら何を言いだす? と、いう話だ。この戦いの指揮は完全に俺がしていて、メイレナは俺の指示で学園全体の生徒たちに伝令を伝えるだけの役をしていたのに、今になって学院長ヅラをされても、しらけるだけである……
「とも思うけど……」
俺はメイレナが俺の頭の中を読んでいるという事を一瞬忘れていた。これはかなり失礼な事を考えていた。
「あなたは私の指名で、戦闘指揮を任されているのですよ。あなたが私に逆らえる立場でしょうかね?」
メイレナもそう言ってくる。
こんな言い方をしているものの、俺が敵との会合に行くのを肩代わりしてくれようとしているのは代わりない。
「危険ですが、あなたの指示では仕方ありませんね」
俺はそう言う。メイレナは少し安堵をしているような顔になった。俺がこの学院からいなくなると、この学院は全滅するだろう。この選択しか選ぶ道はないのだ。
「ですが丸腰であなたを向こうに向かわせるわけにはいけません。何か? 敵が攻撃してきた時の対処を考えませんと……」
フェリエは言う。
俺が死ぬのは当然ダメだが、メイレナを無駄死にさせるわけにもいかない。
敵がどう攻めて来るか? 考え、メイレナが無事に帰って来れるように、俺は作戦を考えた。
メイレナは車椅子に座りながら宙に浮き、濁流の流れる川の上を飛んで、敵のテントにまで向かっていった。
俺はそれを見送る。メイレナが飛んでいっている先には、ポツンと一張りのテントが建っていた。メイレナ学院長と一緒に、敵の場所にまでデイナの虫を飛ばしていった。
「異常なし」
デイナが言う、俺はデイナの腕を掴んで、デイナの虫が見ているものを頭の中に映す。
「こんなにべったりくっついてくるなんて、まるでロドム君が私に甘えているみたい」
無邪気にそう言うデイナ。
「そういう事を言うのはやめてくれないか……? 怖い幼馴染が俺達の事を見ているから……」
俺は言う。フェリエの事は見ていないが、フェリエの視線が俺の背中を突き刺していた。
肘をフェリエに向けて突き出す。そうすると、フェリエは腕を掴んできた。
俺がデイナと手を組んでいるのはそりゃ、フェリエにとっては面白くないことだろうしな……フェリエにはこれで勘弁してもらおう。
「やっぱりいるね……」
デイナは言った。
虫の見ているものが頭の中に映されるが、俺には何も発見することはできない。
「土が盛り上がている場所がある。おそらく、土の中に埋まって身を隠しているみたい」
敵の伏兵は生き埋めになって潜んでいるという事だ。
土の中にいるなんて、うまく動けないように思うだろうが、この世界は魔法の世界。土魔法を使えば、土の中に潜むことくらいは容易なことだ。
「敵は全部見つかったかい?」
俺がデイナに聞く。
「多分、これで全部だと思う」
デイナは言う。テントの周囲を囲んでいる敵の数は五人。これだけ数がいれば、土の中から現れて、一気にメイレナが襲われたら、ひとたまりもない。
テントの前に止まると、中から女性が幕を開けた。
「ローティさん……あなたとの再会がこんな形になってしまいますとはね……あなたのようないい子が戦争に出るなんて、戦争とはつくづく悲壮なものです」
メイレナが言うのが聞こえる。虫の聞いている声も、俺の頭に届いてくるのだ。
「私はテルシオに従う。私はテルシオの手足だから……」
ローティは言う。
「罪があるのはテルシオ君ですか……」
メイレナが言うと、ローティはメイレナをギロリと睨んだ。
「テルシオは悪くない。戦争を引き起こした大人達が悪い話」
そのローティの言った『大人達』にはメイレナも含まれているのだろう。確かに、メイレナだって、この戦いに無関係とも言えない。この学院を武装しなければ、ここが攻撃目標にならなかったかもしれない。
と、いう言い訳でも考えているのだろう。
ここは必ず狙われる。こんなに貴族の子がいっぱいいる場所なんて、ほかにはありえない。
武装をしてもしなくても、この戦いは起こったはずである。
「まあ、そんな話し合いをしてもしょうがありません。私の可愛い生徒達のためにも、休戦の話し合いをしないといけませんね」
メイレナは言った。
そうだ、ローティなんかとそんな事を話し合ってもしかたがない。テルシオも、この状況を見ると、平和的な話し合いをする気もないようだ。
「どんな事を言われるかな?」
テルシオが対等和平を申し出る事なんて絶対にありえなそうだ。