テルシオからの誘い
「食料に水、娯楽のお菓子……当面必要な物は揃ったな……」
俺はそう言い、屋上の床で寝転んだ。
これで、こちらの国の正規軍がやってくるまで待てばいいはずである……
本来であれば、ただの学生達が敵に襲われているのだからこの国の正規軍がやてきて助けに来るものだ……
まあ二度言うが、本来ならばそうである……
前々から知っていたが、この国の中枢は日本の政治家並に波風を立てない事ばかりを考える。
日本の政治化は、不審船を見つけても、攻撃はせず、放水と注意喚起くらいしかしないし、密漁船を見つけても手を何も打たない。領空侵犯した飛行機にも何も手を出さないのだ。
それとそっくりなこの国の中枢達。もしかしたら、この状況を静観して、何も手を出さないつもりなのかもしれない。
「ありえます……十分に……」
メイレナが言う。この国の政治屋の事を考えると、なんだかんだと理由をつけて攻撃はしないとかいう感じだろう……
「学院長……そろそろ休んだほうがいい……」
デイナの魔法で学院内の監視や敵の偵察は十分に行える。メイレナの念の魔法で学院内を監視する必要はなくなったのだ。
「そうですね……デイナさんも魔法の使い方をわかってくれた様ですし……」
最初にデイナの魔法が『虫』の魔法であると知った時は『何に使えるんだろう?』と、疑問に思ったものだが、意外にもこんあに使いでがある。
「俺の闇魔法だって、もっとすごい使い方も……」
そう考える俺。だが闇魔法の使い方で、思いつくものはあらかた使ってしまった。
「敵を水浸しにしたり……一瞬で移動したり……これだけでも十分強いか……」
そう考える俺。
俺が見回すと、デイナはいまでも学院内の監視をしていた。
そして、周囲を俺は見回す。
背後を見る。
「もしかしたら、勇敢で百戦錬磨の精鋭たちで構成される我が国の軍隊が救援に駆けつけてくれるかも知れないと、大いに期待したんだけど……」
「ロドム様、ジョークのつもりならやめてください。イラッときます……」
「おっといけない、ついに口をついて出てしまった……」
俺がつぶやいた言葉を拾ったフェリエが言う。
「なんか、常にメイレナ学院長があなたの頭の中を監視している理由がわかった気がしますよ……」
この言葉を言われるのは何度目になるだろうか? フェリエも、こう何度ももこんな事を言ってくるなんてしつこいものだ。
「そう言わないでくれ……俺だっていろいろ大変なんだ……」
「ストレスが溜まっているようには見えないのですけどね……」
フェリエが白い目をしながら俺の方を見る。
ちょっとぐらいは俺の苦労を分かってくれ、馴染みの許嫁にそう言われると、なんか寂しいもんだ……
俺が頭の中でそう考える。
『寂しいと感じているようには思えないですが? あなたは頭の中でも、人を不快にさせるような事ばかり考えているようですね……』
メイレナの念話が俺の頭の中に聞こえてくる。
『学院長……お休みになってください……』
俺は余計なことを考えずに、そう念話を返した。
『まったく、何を言っているのですか? こんなんだからあなたから目を離す事ができないのですよ……あなたの頭の中を見るたびに、ヒヤヒヤとかクスクスとかさせられます……』
ヒヤヒヤはなんとなく分かる、だがクスクスってなんだ……?
俺の、返事でもなんでもないその考えは、またメイレナに伝わった。
『今の状態ですよ……ほら、無視されたフェリエちゃんが怒ってますよ。あ……いまゴッドスピアであなたの事を叩き殺そうとしています』
俺が驚いてフェリエの事を見ると、フェリエはすでに魔法の詠唱をしていた。
「ちょ! 何をする気だ!」
「あ……やっとこっちに気づきましたわ」
そう言うフェリエ。フェリエの肩にとまるハトは、そのフェリエに耳打ちをしているようだった。
『気づくのが遅すぎです。あなたの事を無視したのは本当なんだし、ここは一発お仕置きをかましてしまいましょう。さぁ、魔法の詠唱を続けて……』
そう聞くとフェリエはこくんと頷いて魔法の詠唱を続けようとした。
「こいこら害鳥! 何を悪魔の囁きみたいな事を言っていやがる! フェリエものせられるな! 俺が光属性の攻撃なんか食らったら痛いじゃすまないだろう!」
俺が言うと、フェリエは魔法の詠唱を止めた。
「ロドム君やっと気づいた……」
俺の後ろでそう言うのを聞く。
「デイナ……何をしているんだ……?」
いまデイナは俺の髪を三つ編みにして遊んでいた。俺の髪型を一新するつもりらしく、髪をいじっている。
そこに、後ろにいて俺の髪になにかのワックスみたいなものを塗っているシィ。
「ちょっと待ってください……これで完成です……」
そう言うシィ。
「いやいや、完成するな! ボクの事をどんな髪型にする気なんだよ!」
俺はそう言う。近くに鏡でもないか? と思って辺りを見回すと、フェリエはポケットから手鏡を取り出した。それを受け取ると、俺は唸る。
三つ編みを頭に巻き、短い俺の後ろ髪を一つに束ねている。完全に女の子のような髪型にされていたのだ。
「何これ! ちょっと取れない!」
「魔法のワックスですよ。最近の女の子に人気の型崩れしない型の最新ものです」
シィがほこらしげにして言う。この世界にワックスなんてものが存在したのか……
俺がなんとかして髪をほどこうとしたのだが、髪はガチガチに固められており、呪いのように固くてほどく事ができなかった。
「数日感その髪型が崩れないんだよ。自分が崩そうとしても絶対に崩れないっていう完全鉄壁のワックスなんだ」
デイナは笑いをこらえながら言う。俺がこの髪型をするのは確かにおかしい。俺がまるで女装をしているみたいじゃないか……
「ちょっと待て! 髪を洗うときはどうするんだい!」
「洗いたければ洗うといいです。どれだけ強く髪を洗っても、崩れないから安心です」
「安心じゃない! 絶望だよ! この髪型から変えることができなくなったの!?」
「大丈夫です四、五日経てば魔法が切れて自動的に解けるようになっています」
「むしろ、四日もこのまま!」
この髪型は、それだけ崩れないらしい。イタズラにも度が過ぎているぞ……
「だって髪を結い始めてもロドム君まったく気づかないんだもん。このまま進めちゃっていいかな? って事なのかと……」
「メイレナと念話をしていたんだって……」
デイナは吹き出しそうにして笑いながら言う。
「ロドム様……このようなものが……」
フェリエは俺に向けて一枚の紙を渡してきた。思いっきり横を向き俺と顔を合わせないようにしている。
だが俺の位置からでも見える。フェリエの口元はつり上がっている。フェリエも笑いをこらえているな……コンチクショウ……
フェリエが渡してきた紙には、『休戦協定の会合について』と書かれていた。
「テルシオの奴……俺達と休戦をするつもりなのか……」
俺は、その紙を読んで目を細めた。