ワインを手に入れる
「敵の方の商人とは顔見知りだったりするかい?」
俺は、人のいない廊下にまでフェリエを連れて行くと、こう質問をした。
「わかります。商人はどんなところにもやってきます。こういうところには特に……」
商人の商魂は本気で凄まじい。
軍隊についていって、生活必需品とかワインとかを販売するのだ。今俺達が戦っているのは貴族達である。金は持っているのだし、いくら割高でも買う人はいる。
金を持っている貴族達が物資の不足で嘆いているなどという話を聞いたら、必ず商人がやってくる。そして、法外な値段で物を売るのである。
戦場では、お菓子や酒などとは無縁。自分で持ってくるしかないし、飲んでしまえば無くなってしまう。
それらの、貴族達が欲しがっていそうなものを持ってきて、売りつける商人はどこの戦場にもいる。
「商人達を敵の陣に来ないようにする方法はないかい……?」
俺はフェリエに向けて聞いた。
貴族達は娯楽や酒がないと不満をためる。
「稼ぎ時ですし……ここに来ないようにするのは難しいことです……」
そうフェリエは言った。いくら大きな商家の娘でも他の商人を操る事などできないのだ。だが、それではいけない。
それでは、敵の食料庫を襲った意味が薄れてしまう。なんとしても、物資不足の状況に仕立てないといけない。
「商人ですから、金には弱いです……だから、買収をすればいいのですが……」
「わかってる。ちょっとやそっとの金じゃ買収はできないんだね?」
俺が言うと、フェリエはこくんと頷いた。
逆に言えば、金さえ払えば商人を操ることはできるというのだ。その金の用意さえできればいいのである。
「メイレナ学院長に相談をしよう……」
『そうですか? ではこちらに来てください』
俺がつぶやいた直後、メイレナは俺に対して念波を送ってきた。
「立ち聞きですか? 趣味が悪いですよ……」
『そりゃ立ち聞きするでしょう? あなたは闇魔法を使う不穏分子ですから……』
「俺以上に、この学院のためになっている男はいないでしょう?」
俺は言う。この学院のために身を粉にして働いているのに、『不穏分子』などと呼ばれるのはないと思うんだが……
『老人は疑り深いんですよ。私のように人の心が見えるようであれば特にです』
属性が『闇』なんてなれば、用心の対象になるというものか……それは属性による差別じゃないか……
『あなたが昔いた世界では差別はいけないことなんでしょうが……今のこの世界は人間が円熟をしていないのです。差別などあって当然のものだと、思いなさい。これは私からあなたに送る、授業なのですよ』
差別はこの世界ではあって当然。属性が『闇』なのだから、それは受け入れて生きていくしかない……持っている属性は人を写すのだ。闇属性の人間は、どこかに闇属性になるのにふさわしいような闇を持っているのだと、他人は考えるのだということだ。
そんな事いまさら教わらなくても分かっている。
「実績を信頼してくれないのですか? ボクがこの学院にとって不利益になるような事はしないでしょう?」
俺が言うとメイレナは話を逸らした。
「まあ、あなたの考える作戦は面白いです。お金の工面は私の方でしましょう。国にかけあってきますから待ってください」
そう言いメイレナは交信を切った。
「資金の事は、学院長がかけあってくれるって……」
「では私の家はそのパイプ役をすればいいのですね?」
そう言いフェリエは魔法のハトを出した。それはレイティエルとは違うハトである。
フェリエは簡単に手紙を書くと、そのハトを窓から飛ばした。
「これで、家に届くと思います」
そう言ったフェリエ。俺はそのハトがフェリエの家に届いたあとの事を考えた。
「いつもは頼みもしないのにやってくるあの商人達はなぜやってこない?」
テルシオは司令室でそう文句を言われた。
「商人の事まで私は関与……」
商人がやってこないのは、テルシオにとっては、まったく関係のない事だ。
だが司令室にまってやってきた貴族は、まるですべてがテルシオのせいだと言わんばかりにテルシオに詰め寄った。
「いつもは安い酒で金をふんだくる商人達を忌々しく思ったが、来ないとなるとさらに忌々しいな……商人なんて、この世からいなければ、いくらこの世がスッキリするだろうか?」
また自分勝手な事を言いだす貴族。
テルシオも『そんな事知らない』と思うが、そうも言えない。兵達の快適を確保するのも軍師の仕事の一つである。少なくともテルシオはそう考えている。
「テルシオ……そんな事まで責任を取らなくてもいい……」
ローティはそう言う。
「奴隷は黙っていろ! これは軍師の失策だぞ!」
貴族は言う。確かにそれはテルシオにも責任がある。少なくとも、バカ真面目で、他に仲間のいないテルシオはそう考えるしか道がないのだ。
「国に物資の補給も頼んでいます。その中には当然ワインもあります。それまでお待ちください」
テルシオが言う。
だが、機嫌が悪いままの貴族はそれでは不満らしい。
「もしかしたら、ロドム=エーリッヒが手を回しているのかもしれない……」
テルシオが言う。それを聞いて、貴族は鼻を鳴らした。
「敵の術中にはまったのだ。それは司令の責任であるのはわかるな……」
「むちゃな事を言います。もしかしたら明日になったらひょっこり現れるかも……」
「奴隷が口を挟むな! そんな事を言って、明日来なかったらお前に責任がとれるのか!」
そう言い、貴族は剣に手をかけた。
「やめろ! ローティ!」
そこまでいって、テルシオがそう声をかける。
「商人がやってこないのは、敵が何かの手をうったのかもしれませんかもしれません。どうにかしてワインを確保できるようにがんばります」
言うと、貴族は反対を向き、テルシオに背を向けた。
「三日以内にワインを私の手元にまでもってこい! でなければ貴様を無能の指揮官として斬り殺す!」
そう捨て台詞を残していった貴族。
貴族がテントから出たあと、ローティは言う。
「あの男……殺しましょう……」
ローティはテルシオがスカウトをしただけあって、高い魔力を持っている。本当ならば、あの貴族を殺すのは容易いのだ。
「ボクは、これはロドム=エーリッヒの作戦なんじゃないか? と思っている……」
ロドム=エーリッヒは食料庫を狙ってきた。兵士を倒す事を考えずに兵站に打撃を与えてくる。
直接ぶつかったら勝てないの知っているのである。だから奸計で対抗をしている。
「これが戦争なんだよ……敵を倒す方法なんていくらでもある。バカ正直に突っ込んでいくだけが戦争じゃない……」
テルシオもその事に気づき始めていた。
「これから考えるよ……どうすれば、勝てるのか?」
ローティはこれでテルシオに『スイッチが入った』のを感じた。
いままでテルシオは正攻法で敵を倒す事ばかりを考えていたのだ。だから勝てなかった。
その瞬間になってテルシオは、策略を巡らせ、どんな非道でも平気でやれる『策略家』へと羽化していった。