ロウドク
今、テルシオが指揮官用のテントで、貴族達からの追求を受けていた。
「彼らの戦死は無駄死にではないのか? 指揮官としてあの無謀な行動を止めるどころか、協力をするなんて……」
テルシオは、それを言われて唸った。確かに自分の魔法であの十人を敵の学院へと送ったのだ。テルシオはあの時の事を思い出す。
「テル坊。いつまでこんな事をしているんだ?」
連絡もなしにいきなりやってきた十名の貴族達。その先頭に立つ、彼らのリーダーのような男はそう言った。
彼らは、礼の一つも尽くさずに、指揮官のテントにやってきた。その時、補給物資の追加の注文を申請する用紙を書いていたテルシオは、驚いて彼らの事を見た。
「まともにやりあえば、こっちが負ける事はないんだ! 水責めなんて、まわりくどい方法は使わないで、さっさと攻め込めばいいんだよ!」
いきなり言われて、その言葉に頭が追いついていないテルシオ。
「何の話をしているのですか?」
テルシオの言葉を聞いて、貴族はさらにイラついた。
だが、テルシオに向けて説明をする気はないようで、さらに続けたのだ。
「お前の魔法を使え! お前は俺達をあの学院にまで飛ばせばいいんだ!」
貴族は言う。
「戦うつもりですか?」
「当たり前だ! さっさと俺達を向こうに送れ!」
有無を言わさないその態度に、テルシオは単純に『めんどくさい』と、思った。
「ボクの話を聞いてくださ……」
テルシオの言葉は最後まで言われず、貴族はまくし立ててきた。
「うちはそろそろ葡萄が大きくなる頃だ! 今の時期のうちに巡回をしておかないと、質のいいワインができないかもしれないんだぞ!」
明らかに自分勝手な理由である。
だが、貴族の言葉にはテルシオも従わないといけない。だが、彼らがもし次の犠牲者になろうものなら、テルシオは今以上に厳しい立場になるのだ。
「それなら一時的に帰郷をすると申請をしてくれれば……」
「出征をしたんだ! 手ぶらで帰れるか!」
また自分勝手な内容の言葉だ。だがそれでもテルシオは聞かないわけにはいかない。
「しかし、今は水責めをしている途中です。待てば敵が降伏を申し出てくれるかも……」
「それはないだろう! お前だって分かっているのではないか?」
その貴族は敵が大豆の補充をした事を知っているのだ。だから、ここまで焦っている。
「これじゃあ、他のやつらにカネを払って、この戦いから引き上げさせた意味がないだろう!」
テルシオは必死で考えた。彼に諦めてもらう方法はないか? そう考えているところに、その貴族はテルシオの前にまで進み出てきた。
だがテルシオの横を通って、テルシオの後ろにいたローティに手を伸ばした。
「この奴隷を殺してやろうか?」
ローティは喉にナイフを突きつけられた。テルシオはそれを息を呑む。
「待つんだ、よく聞いてください、今出て行っても……」
「問答無用だ!」
敵には『天使』型の使い魔がいる。そうであるとすれば、『天使』を使役できる強さの魔術師もいるという事だ。
敵の指揮官だって、おそらくはロドム=エーリッヒだ。彼の手腕により、ただの学生であった学院の生徒達は訓練のされた一人前の戦士になっていった。
「いや……これなら半人前くらいか……」
そう言うテルシオ。だが、自分達はその半人前にもなりきれていない。これでは勝てる戦いも勝てない。
「お前! 聞いているのか!」
貴族の男が言う。
「私のことはいいですから、テルシオ様は好きにご返答を」
ローティはナイフを喉元に突きつけられても、まったく怯えたりしなかった。
「威勢のいい奴隷だな……本気で殺してやろうか?」
貴族が言うのに、ローティは抑揚の全くない声で言う。
「どうぞ」
その言葉は貴族のカンにおもいっきりさわった。今すぐにでもローティの喉を切り裂きそうな様子であった。
「いいでしょう!」
テルシオは言った。
「ようやくわかったか……」
貴族は言い、ニヤリと笑う。
「テルシオ様……私の事はいいですか……」
「ボクがよくない……」
そう言うテルシオ。テルシオは投げやり気味に言った。
「それでは、出発は今日の夜にしましょう」
「いや! 今すぐだ!」
貴族は言う。今出て行ってもクロスボウで撃ち落とされるだけだし『天使』が出てくる事もありえる。彼らはすでに死ぬのが決まっているようなものだった。
テルシオはそれを思い出しながら言う。
「彼らは不穏分子だ。だから、敵のところに向かわせた」
これは、苦し紛れのいいわけだ。テルシオも、そんな事は重々承知である。
この戦闘で死者が出ればテルシオの責任だという事になる。それを回避するために、テルシオが戦死した彼らを、みっともない言い訳で貶めたのだと感じる者も多いはずだ。
そう考える事は分かった上で言ったのだ。
「ここはガマン比べの時だ。敵の兵糧はいずれ尽きる。それまで、敵に睨みをきかせ、敵の精神の消耗させるべき時であるにも関わらず、彼らは戦闘をする事を進言してきた」
それから、テルシオは頭を回転させる。こんな見え透いた言い訳なんてクソだ……これを聞いて笑い出す人間がいないのが不思議なくらいだ。
敵の兵糧は尽きない。敵は今でも大豆を補充し続けている。これについては、早く手を打たないといけない。
「私は彼の言い分を聞いた。彼に同情をする気は起きなかったよ。『うちはそろそろ葡萄が大きくなる頃だ! 今の時期のうちに巡回をしておかないと、質のいいワインができないかもしれないんだぞ!』などと言われては、そういう気にもなるだろう」
これは、助かりたい一心で言ったのだ。こう言われれば、他の騎士達も納得をするだろう。
そう考えたものの、同時に『そんな考えは甘いかな……』とも思う。
だがその言葉に、ある程度はほかの貴族たちも納得したようで、テントから出て行った。