テルシオの嘆き
テルシオは奥歯をかんでいた。
「考えている事の、一つ先を読まれる……まるで俺の考えが相手に筒抜けみたいだ……」
テルシオが言う。
「困っているのか? テルシオ」
そうテルシオに声をかける少女。
何か舌っ足らずな言い方でしゃべる子だ。
「ローティ……聞いてくれよ。これは本当にマズいんだ……」
テルシオが言う。テルシオは普段は気丈に振舞っているが、このローティだけには自分の本音を話す。
ローティはテルシオに助けられた恩がある。そう考えている。
テルシオにしてみれば、彼女に内在する魔力の高さを見て、彼女の両親から『買った』というだけである。
転生前は、日本で生きていた彼にとっては、奴隷を買うという行為には抵抗があり、今でもローティには引け目を感じているのだ。
「テルシオが聞いてくれというなら聞く……私はあなたの手足だから……」
「そういう事をいうのはやめてくれって前から言っているだろう?」
ローティはテルシオがそう言うのを聞くと首をかしげた。
だが、彼女はテルシオの意思をくみ取らないだろう。この世界では奴隷がいるのが普通のことなのだ。今言った言葉のどの部分に問題があるのか? ローティには分からない。
「元々危険な戦いだったんだ」
それからテルシオは言う。
敵は学生ばかり。そうたかをくくった貴族達が、小遣い欲しさにこの戦いを計画した。だが現状、相手はうちよりも統率のとれた部隊であった。
「金のためならなんでもやる奴らだ……絶対に敵に情報を流しているやつがいる……」
テルシオはそう考えている。
本来であれば指揮官がそんな事を考えていては、重大問題だ。だが、テルシオはそれを知りつつもローティにはそう言った。
指揮官が内部を疑うと、仲間達も疑心暗鬼になる。お互いを疑いあった仲の奴らが、命をかけた戦場でお互いに背中をあずけながら戦えるものだろうか?
「本当にあいつらはなんでこんなに統率が取れているんだ……? 不思議でしょうがない……」
ロドムが何かをしているのはテルシオも想像しているところだ。だが、このまとまりのない奴らをどうまとめているのかが分からない。
「あいつは本当に軍師の才能が有るよ……」
『こんなに簡単にまとまりのある集団を作るなんて……』
そう考えるテルシオ。実際はロドムも四苦八苦しながらまとめているのだ。だが、テルシオはそれを知らないため、ロドムがまるで神の手腕を持っているかのように感じていた。
「被害を出さなようにして戦おうと思っていたのに……相手は兵糧の確保をした。これから水責めをするつもりなのが分かっているように……」
その水責めのための治水工事も、上流にいる村の人間にカネを払って働いてもらっているのだ。
この中には、ドロにまみれて土木工事に参加をしようというような勤勉な奴らはいない。今テルシオが悩みに悩み抜いているのなど露知らずに、ワイングラスを片手にしながら、テルシオが次の作戦を考えるのを待っているのだ。
「遅い、遅いっていいながらイライラしてな……」
テルシオはそう言う。ローティはそれを聞いて首をかしげた。
「遅いって何?」
「いやいや……なんでも……」
そう言うテルシオ。文字の読み書きも、最近始めたばかり。簡単な文章くらいを覚えたばかりのローティに、こんな事を言っても分からないだろうし、自分が悩んでいるのを他の誰かに悟られるわけにはいかないテルシオ。
「私に出来ることなら何でもするよ? 私、テルシオの役に立ちたいの」
ローティはテルシオに向けて言った。
いままで、人に頼られた事のない彼女だからこそ、出てくる言葉だろう。
彼女の出自を思い出すと、テルシオは暗い気分になった。
彼女は望まれずに生まれ、両親はいずれどこかで、売るなり捨てるなりに使えるだろうと考えて彼女を育てていた。
彼女の家には子供が多すぎる。十人兄弟の四女として生まれた彼女は、まるで、囚人のような生活をしていた。
夜は家の隅にある檻のような場所で寝起きした。そこは元は馬や牛を飼うための場所であった。単純に彼女に与える寝床が無いのだ。ずいぶん前に、馬は行商人がやってきたときに売ってしまったらしい。
『彼女が馬の代わりに働けばいい』という事である。
そのとおり、彼女は馬のように働かされた。
カートを引き、麦を運び、土を耕し、毎日クタクタになるまで働いた。それでも、彼女に与えられる食事は、一杯のスープのみ。
他の兄弟も大して豪華なものを食べているワケでもなかったが、それでも、ローティよりはマシなものを食べていた。
ローティは、それは普通だと思っていたのだ。いつか自分はどこかに売られ、その金を使って牛か馬でも買うつもりらしい。
その事をなんとも思わず、自然に受けれていたのだ。
そこに、テルシオがその村にやってきたのだ
テルシオは農学の知識を持っていた。転生前は『ノウキョウ』で働いていたのだと言っている。
村の人間に『レンサクショウガイ』の事を伝え、同じ土地では、同じ作物を作っていはいけないとか、根菜の育て方を教えたのだ。
それによって、村は豊かになり、ローティの食事はスープに一つパンが付き、多少は豊かになったのだ。
そこで、テルシオはローティに内在する魔力の高さを見つけ、彼女を買う事を両親に伝えたのだ。
両親はテルシオの話を受諾し、ローティはそれによって奴隷としてテルシオに売られたのだった。
『俺の事を慕ってくれる、ローティを助けるためにも……』
そう考えて唸るテルシオ。テルシオは考える。
水責めをする事はロドム達はもう承知をしている。だから、ロドムは大豆を蓄えたのだ。
大豆を蓄えたということは、水責めを受けて立つという事だ。
そう同じ事を反芻して考える。
「この先を考えないと……」
テルシオはそう考えながら唸った。
持久戦になったらどうなる? 多分、貴族達は飽きだす……故郷に早く帰りたいと不満を言い出す。その不満を解消する方法はあるか? それとも、そもそもその不満を起こさないようにする方法はあるか?
そう考え始めた。ここから先は、数ヶ月を使った読み合いの戦いだ。
テルシオは自分の指揮する貴族達の事を考える。彼らが自分に対し不満を覚え、いつ背中を狙ってくるかわからない。
「こんな事で悩むなんてクソだ……」
テルシオはそう言う。本当に自分は貧乏くじを引いたのだというのを感じ、奥歯をかんだのだ。