特別話 クリスマス
一日遅れのメリークリスマス!(間に合わなかった)
クリスマスと言えばまず真っ先に出てくるのはカップルがあちこちにいることだろう。そして非リアの人からすれば爆発しろと出てくる理不尽な言葉。まぁ僕がそんな言葉を言うことはない。というか寧ろ言われる側に引き込まれるのかもしれなかった。中学の頃は奥手な女子が話し掛けて来たことがあったがその頃の僕は基本的に恋華と過ごしていたために断っていた。断り方が断り方のため絶対に連れて行かれることもなかったし僕自身恋華以外と過ごすのは正直苦痛に感じていた。ちなみに断り方は……。
「お出掛け?……悪いが僕は恋華と家で過ごすから断る」
だ。恋華は聞いたら嬉しそうに喜んで豪華な料理を張り切って作ってくれていた。
と、まぁそんな中学の話はいいだろう。今年のクリスマスはどうやらとても普通とは言えない日になりそうだ。
「秋渡さん?どうかなさいましたか?」
幸紀が不安そうに覗き込んでくる。そう今僕はなぜか幸紀に誘われて街のイルミネーションを見に来ている。いや、婚約者になったからなのだろうがそれでも突然電話が来てしかも家の前にいるとは思わなかった。だから外に出たらデートしたいと言われ、舞や明菜が見てる中でなんか服を着替えさせられて外に連れ出されていた。服はまぁ高価なものなのだろう白いシャツに黒の革ジャケット、そしてその上に黒のロングコートで下はジーンズという完全に外へ出る格好にされた。結果、幸紀が幸せそうに腕を組んで体を寄せて来るという状態で街へ来ているのだ。……寒いから帰りたいが幸紀が許さないだろうしそんなことを言えば泣いてしまうだろう。自意識過剰とかじゃなくて幸紀の性格から考えて。だからどうやっても連れ回される未来しかなかったのだった。
「……なんでもない。くっつくと温かいか?」
「はい!」
幸紀は不安そうな顔を一変させて笑顔になる。短く揃えた茶色い髪にヘアピンを着け、白いコートにチェック柄の赤のフレアスカートを着ている。赤いマフラーもしていて防寒対策もバッチリに見えるしフワフワのブーツに黒のストッキングも履いている。オシャレもしてきたのだろうかメイクも薄くしているようだ。元々肌が白いから分かりにくいがちょっといつもよりも白く見える。それと肩から下げる小さめなピンクの鞄がある。
「そうか。……僕も温かいぞ」
「あ……。えへへ♪」
僕も答えると幸紀は益々抱き着いてきた。コートの下の服は赤いシャツに白いカーディガンらしい。それにしてもここまでくっつかれるとさすがに恥ずかしいな。幸紀も恥ずかしいのか頬が赤いがそれでも離れる気はなさそうだ。
「やれやれ、本当に大胆だな」
「相手が秋渡さんだから、ですよ」
苦笑を浮かべると幸紀はそのパッチリとした目で僕に笑いかけてくる。僕はそれに目を逸らすと何が面白かったのか幸紀はくすくすと笑う。だが逸らすのは仕方ないだろう。一応僕だって五神将だろうが一人の男なんだ。横でかわいい子が僕だからと言って笑顔を向けられれば照れもする。……どこかから「嘘だ!」と聞こえた気がしたが気の所為だろう。
「それよりもどうすんだ?いきなりだったから何も考えてないぞ?」
僕は話を変えるために話題を振ると幸紀はニコニコしたままギュッとしてくる。
「私は秋渡さんと街を歩ければ満足です。ですがそれだけだと秋渡さんは退屈ですよね?」
「いや、別に構わ……」
「退屈ですよね?」
「え、いや……」
「退屈ですよね?」
「……」
なんか退屈と答えないと進まない気がする。幸紀から段々とそう答えてくださいというオーラも感じるし。仕方ないから応えよう。
「そうだな。幸紀と歩いてるのもいいがどうせならどこかに一緒に行って過ごしたいな」
ただし、幸紀が思ってなかっただろう応え方で。現に簡潔に答えると思ってただろう幸紀は僕の言葉に頬を益々赤らめる。僕はフッと笑って幸紀の頬をツンと突っつく。幸紀からは「ふにゃっ!?」と猫のような声が聞こえて思わず手で口を押さえながら笑ってしまった。それに幸紀は「不意打ちは卑怯です!」と軽くポコポコ叩いてきたが全く痛くない。いや、本気で怒ってないんだろうからなんだけどさ。
「もう、秋渡さんてば意外と意地悪です……」
「先手必勝とも言うぞ」
「むぅ……」
むくれた幸紀は気を取り直してか一旦腕を離し、鞄から一枚の紙を取り出した。そしてそれを僕に差し出してくる。
「……『クリスマス限定のカップル用パフェ』?」
僕が読み上げたそれは普通の人ならあまり入らない高級レストランにある限定パフェのチラシだった。幸紀は頷いてそのチラシを胸元に持って「ダメですか……?」と上目遣いで僕を見てくる。……こいつのこれは狙ってるのか素なのかはわからんがともかく断る理由もないので「いいぞ」と答えておいた。……この後死ぬ程後悔したけどな。
ーー
チラシのレストランに入ったら周りはカップルだらけでどこもかしこもイチャイチャした雰囲気が漂っていた。それだけで僕のモチベーションは下がってるが幸紀がすかさず逃がすまいと腕を掴む力を強める。……強めるのはいいがそれが原因でコート越しでもわかる柔らかいモノが当たってるからやめて欲しい。
「いらっしゃいませ♪カップル様ですか?」
そんな光景を見ても動揺せずに店員さんが話し掛けてきた。……微妙に笑顔なのに頬が引き攣ってるように見えるのは僕だけか?まぁ理由も想像は付くがな。こんな雰囲気の中で働くことは苦痛しかないだろうしな……。
「あ、はい!」
しかしそんなこともお構い無しに幸紀は答える。……カップル通り越して婚約者だけどな、僕達。と思ったが口には出さない様にする。
「かしこまりました。では席へご案内致します」
それでも店員さんは色々押し殺したように笑顔で接客を続ける。
「……チッ、超絶イケメンに超絶かわいい彼女かよ」
おい、店員さん、心の声漏れてるぞ。妬む気持ちはわかるがな。まぁ幸紀は聞こえなかったらしいが……。
「ではこちらの席になります。ご注文が決まりましたらボタンでお呼びください」
席へ案内して説明する時はさっきのが嘘のように消えて笑顔だった。幸紀がペコリと頭を下げると店員さんは立ち去る。……店員さんにも彼氏ができると信じておこう。
「えと、秋渡さん……」
「ん?」
声を掛けられ、幸紀に視線を向けると幸紀がメニューを開いて恐らくさっきのパフェを見付けたのだろうがなぜかメニューで顔を隠していた。なんでそんなことをしてるかはわからないが聞かないとどうしようもないため、聞こうとして口を開き掛けた時だった。視界の端になぜか店員さん(さっきとは別の人)の前で男の人が立ち上がって女の人の側に立ち、女の人に何か言っていてそれを聞いた女の人が顔を真っ赤にして何か言っていた。男の人も顔を赤らめており言い終わったのか即座に顔を手で隠していた。それを見終えた店員さんが頷いてからチラシにあったパフェをテーブルに置き、そして立ち去った。
その一連を見てどうやらパフェを頼むには何かを言わなければならないようだ。幸紀へ視線を戻すと一連を見てたのだろう、顔を赤くしていた。というかあれ(公開処刑)をやらなきゃいけないことを知らなかったのだろうが、最初の店員さんがなぜカップルか否かを聞いてきたか。それは逃げられないようにするためだ。逆に言えばカップルじゃない人は「リア充爆発しろ」と思ってただろうし公開処刑を見て内心ほくそ笑んでいるのだろう。嫌な性格してるな、この店。とは言えやればパフェは七十%割引になるらしく、元の値段がお高いことを考えればやった方がずっと得ではある。代わりにプライドは死ぬけどな。
さて、どうするかと考えた矢先、狙うようにしてさっきの店員さんがやって来た。さて、どんなことを要求されるのやら……。幸紀がビクッとして驚いてるし。そしてそんなこともお構い無しに店員さんは僕に一つのプレートを渡して耳打ちしてくる。
「お客様、こちらを彼女さんへお伝えください。それに彼女さんの反応が良ければパフェは七十%割引となります」
「……」
僕は無言でプレートに書かれていることを読む。そしてそれに目を細めるがまぁ幸紀のためだ。やってやるか。……周りの人が注目してきてるが気にしてたまるか。幸紀はメニューで顔を隠しているがチラチラ僕を覗き込んでいる。その姿はまさにちょっと相手を気にしている小動物みたいでかわいい。それはそうとさっきの人みたいに立ち上がって幸紀の側に立つとプレートに書かれていたことを話す。
「……ハッピークリスマス、幸紀。普段の君もかわいくて素敵だけれど今日は一段と素敵に見えるな。この冬の寒さも君の笑顔や声、それと抱き着いた温もりで温かく感じられそうだ。すまないが温まりたいから君を強く、優しく抱き締めても構わないか?」
言うべき台詞を途中で切って幸紀に笑顔を向けて手を差し出す。幸紀は顔から湯気が出るほど真っ赤になって固まり、周りの人達も成り行きを見守る。幸紀は硬直が解けたのかアワアワしながらも僕の差し出した手を取り一言。
「……喜んで」
と笑顔で返してくれた。それを確認すると幸紀を立ち上がらせてから優しくギュッと抱き締めて耳元でプレートに書かれていたことの最後の文を話す。
「ありがとう、嬉しいよ幸紀。大好きだ」
「はい、私も大好きです、秋渡さん……」
幸紀を腕の中で優しく抱き締めると幸紀も抱き締め返してくれて言葉を返してくれ、そのままお互いに顔を近付けて軽く唇と唇を重ねる。それを見守っていた店員さんは……。
「え、や、やったよこの人……。すご……」
なぜか驚愕していた。店員さんにこれで終わりだろ?と視線を送ると店員さんは我に返り、「ありがとうございます、こちらがパフェでこちらの券が割引券となります。どうぞごゆっくり」と早口に言って立ち去った。幸紀を離すと幸紀は顔を蕩けさせて席に座る。僕も席に座ると周りからは拍手が沸いた。……なんでだ?
「秋渡さんに……ギュって……」
「ここじゃなくてもいくらでもしてやるから今は忘れてくれ」
僕だって恥ずかしくないわけじゃない。逆に言わない台詞だからすっげえ恥ずかしかった。それでもなんとか平常心を保ってはいたけどな。なお、幸紀はパフェを食べ始めたらやたらに「あ〜ん」をやって来て食べてあげると幸紀は口を開けて待っていたためにやり返していたら益々美味しそうに食べたのだった。パフェの感想?……甘過ぎて僕には辛かった。
ーー
レストランを出ると再び街を歩く。幸紀は上機嫌に腕を組んで密着してきてるし、レストランを出る前の会計で店員さんに「お客様は俳優ですか?」と聞かれて否定すると驚かれて終わるという出来事もあった。なんでもあれを最後までやれたカップルはいなかったらしい。……まぁそりゃそうだろうな。僕だって二度はやりたくないし。でもやった結果が幸紀の機嫌が良くなったから後悔はしてない。
「〜♪」
幸紀は鼻歌を歌って上機嫌なのを表現している。周りの視線が痛いがこんなのは全然堪えるほどではないので放っておく。と、ある広場に着くとそこには……。
「豪華なクリスマスツリーだな」
「綺麗……」
見上げるほどの大きさのクリスマスツリーが自分の存在を知らしめるように輝いていた。様々な色のライトで明るさを表し、多くの綿で雪を表現している。そして頂点の星は何色にも色を変えて輝いていた。横で幸紀が子供のように興奮してはしゃぐ。
「秋渡さん、秋渡さん!クリスマスツリーが凄く輝いてますよ!」
「ああ、そうだな」
「秋渡さんと見れるなんて……幸せ過ぎます……」
「……今は幸紀の方が輝いてるように見えるがな」
幸紀のはしゃぎ様はどう見ても普段のお淑やかさはない。だが逆に言えば新しい一面を見れたということで満足はできるものだった。
「(二人きりのクリスマス、か。恋華とはあったが他の人とのクリスマスも悪くはないな)」
僕は内心そう思って笑みを浮かべた。少なくともイルミネーションを見てレストラ食事にデザートでカップル用のパフェ、ここまでは充分だろう。だがまだ問題もあるのだ。
「(……急過ぎたせいでクリスマスプレゼントを用意してねぇ……。どうせなら渡してあげたいが……)」
幸紀の上機嫌な姿を見るとそれも大丈夫かと思ってしまう。それでも折角初めて一緒のクリスマスならば多少は奮発したい。ただ幸紀が喜ぶものもわからないのも事実。それにこっそり買いに行くこともできないためどうしようもない。さてどうするか……。
「秋渡さん」
「ん?」
突如声を掛けられて幸紀を見ると幸紀は少し笑ってから腕を離す。そして鞄から小さな箱を取り出すとそれを差し出してくる。
「クリスマスプレゼントです。気に入っていただけるかはわかりませんが……」
幸紀は不安そうにしているが、僕は素直に受け取る。
「ありがとな、幸紀」
「喜んでもらえかはわかりませんが……」
「開けても?」
「はい」
僕は幸紀に礼を言ってから尋ね、不安そうに見てる幸紀を横目に綺麗にラッピングされた箱を開ける。入っていたのは……。
「……紅葉?」
そう、紅葉を模した銀のペンダントだった。
「はい。秋渡さんの名前には秋が入っていたので秋に合わせたものと思いまして……」
「なるほどな」
よく考えて探したものだ。紅葉柄のペンダントはそう見付からないものだと思うのだがな。それよりもこれは素直に嬉しい。
「いいプレゼントだな。ありがとう」
「喜んでいただけて何よりです」
幸紀に微笑むと幸紀は笑顔を返してくれる。それなのに……。
「お返しをやりたいところだが……」
そう、返せるものを持ち合わせていないという悪循環だ。だがそこで一つ閃く。
「幸紀、して欲しいこととかはあるか?やれることなら……」
「あります!」
ふと思い付いたことを言ったら幸紀は驚くほどすぐに食い付いてきた。それに思わず言葉を止めると幸紀はハッとなって恥ずかしそうに押し黙る。まぁ言ったからには僕は聞くことにする。
「なんだ?」
「一日、私に時間をください」
「?一日と言わず数日でもいいんじゃないか?」
「え!?しゅ、秋渡さんのエッチ……」
「はぁっ!?」
よく分からん濡れ衣。一体何をする気なのだろうか……。まぁいい。目的はわからずとも聞いてやるのもまた婚約者の役目だろう。
「まぁいい。構わんぞ」
「わぁ……♪ありがとうございます!覚悟しておいてくださいね?」
「ちょっと待て、何をする気なんだ?」
覚悟ってどういうことだ!?しかし幸紀は悪戯っぽく笑うだけで……。
「内緒です♪」
決して話すことはなかった。言い出したからには何をされても黙って受けてやることにはするけどさ……。ただ後が怖いなとは思ったが口には出さない様にした。
「……お手柔らかにな」
「はい♪」
最後の最後で大きな不安を残したが幸紀が嬉しそうだしまぁいいか。こうして今年のクリスマスは幸紀と……婚約者とデートという形で終わったのだった。
余談だがされたことに関しては色々と取り返しのつかないことだったこととだけは伝えておこう。語りたくはないのでな。