第七十二話 長谷川家へ
星華の告白を聞いて動揺してたのは何も秋渡だけではなかった。その話を聞いていた愛奈、美沙、舞が星華の行動に思わず絶句していた。愛奈は普段から言っているから秋渡もさすがに気付いている。だが美沙は護衛はしてもらってもそういう甘い展開に持っていったことはないため、恐らく誰よりも出遅れているだろう。舞は秋渡に対して兄妹ではなく、一人の異性として好意を抱いているが、果たして秋渡はそれに気が付いているのだろうか?いや、気付くはずがないだろう。何せ秋渡は妹は今まで甘えられなかった分甘えて来ているのだと思っている。となるとまだ告白してないことから秋渡が舞の想いに気付くことはないだろう。
しかし、ここには星華以外にも告白したものはいる。冬美だ。彼女はもう復帰していることから秋渡へのアプローチも再開するだろう。
「……ダメ、このままじゃ……。いや、私だって……」
美沙は焦りからどう動くかを考え始める。しかし、焦ってはいけないことを理解している美沙はやはり普段から話すことが大事だと考える。だがそれではあの鈍感な秋渡は何も思わないだろう。
「……やっぱりもっと積極的にならなきゃ!友里に少し相談しよ」
美沙はそう考えて今日会うことになってるマネージャーの友里への相談を決めた。
ーー
秋渡side
「くあ……」
終業式が終わってから僕は早速幸紀と合流するために欠伸をしながらもさっさと凛桜女学園へ向かう。さて、幸紀の両親と会うことはいいがあいつの家、凛桜の生徒会をやるほどだから相当厳しいよな……。どうしよう、僕は敬語が苦手だからこういった堅苦しいことが苦手だ。……マジでどうしようか……。
「冬美、元気そうでよかったな」
終業式の時に冬美が生徒会長挨拶で平然としながら話してるのを見て安堵していた。冬美の側にいた工藤もどうやら完治したみたいで普段通りに過ごしていたことに安心した。特に冬美は櫻井から与えられた傷は多く、そして生徒会メンバーの中で誰よりも負傷してたにも関わらず復帰が早かった。見舞いに行ったりもしたがその時は苦しげだったり多少回復してた時だったな。僕は室川の冷やかしを受けながらも冬美と話したり工藤が室川と少し言い争いを聞いたりしてた。冬美曰く二人の言い争いは結構あるから気にしない方がいいとのこと。にしても室川も大分丸くなったな。初めの頃はめちゃくちゃ敵視されてたのにな。
「っと、着いたな。時間は……丁度いいな」
凛桜女学園に着くと一時前だった。幸紀はまだらしく、校門で待つことにした。先に終わってるのだろう、凛桜の生徒がちらほらと見える。僕がいることに驚き僕を見てくるが、なぜか全員して熱っぽい視線を送ってくるのはなぜだろうか?校門の壁で寄りかかって腕を組んでいたが、チラチラ見てくる女はどいつもお嬢様と呼ばれるに相応しいようなやつしかいない。改めて凛桜が別名お嬢様学校と呼ばれることを理解できるな。まぁ意外にも呼ばれるだけで振る舞いとかは深桜とあまり変わらない。目を瞑って待つことにする。
「あの……、誰かを待っているんですか?」
ふと声をかけられ、目を開ける。そこには……。
「(あれ?なんで囲まれてんの?)」
凛桜の生徒に囲まれ、どこか期待するように見てくる視線で見られても困る。
「ああ。生徒会に長谷川幸紀っているだろ?そいつにな」
「え?」
なぜか僕が説明すると全員してなぜか驚愕している。幸紀に何か問題でもあるのか?
「えっと、あなたは長谷川先輩のなんなのですか?」
皆の代表で一年っぽい子が少し睨むように見てきたが僕はそれに首を傾げて思考するが何かおかしいのか?僕の考えを読んだのか、その一年がやれやれと肩を竦める。
「もしあなたが長谷川先輩の婚約者だとか言い張るのならば私達が全力であなたを消します」
……えらく物騒なことを言う子だな。だけでどうする。周りの子も頷いてる子が多いし。だが実際に婚約者だし……。けど言えば騒動は免れない。となると実力行使っていうことがありえそうだな。さて、どうしようか。
「あ、秋渡さん!」
この時、丁度幸紀が僕に気が付いてやって来た。周りの子は幸紀が笑顔で僕に近寄ってることが驚きを、隠せなかったみたいだ。だが僕は周りの子達を押し退けて幸紀に近付く。
「よう。生徒会は大丈夫なのか?」
「はい。今日は特に仕事はないので」
「そか」
「では行きましょうか」
「わかった」
そう言って幸紀と歩き始めたんたが……。
「ちょ、幸紀様!?その男は誰なのですか!?」
さっきの代表で話してた子が妙に焦った感じに聞いてくる。だけど幸紀は振り返り、そして……。
「私の大切な……大好きな婚約者ですよ♪」
飛びっきりの笑顔でそう言い切った。僕はそれにフッと笑って聞いていた。
「で、ですがその男は地位が低そうな……」
「ん?ああ、一般人だからな」
「……」
僕が一年の子に説明したが、なぜかその子じゃなくて横にいる幸紀が変な目で……いや、ジト目で見てきてた。五神将って答えても恐らく疑われるだけだろうし、何よりも面倒は避けたいし。まぁ幸紀の言葉を遮ったことがもう問題だろうけどな。現に目の前の女達、さっきまで熱っぽい視線を送ってたがそれが変わってる。まぁ特に動じなかったけど。
「幸紀様!こんな男なんかに!」
「そうです!あなたにはまだまだいい相手がいます!」
「一般人となんて!」
ドガンッ!
突然の何かを破壊する音。彼女達からでもなく、そして僕からでもない。その場のほぼ全員が黙りその音の方面を見る。
「あなた達が……」
その視線の先にいるのは先程から凛桜の生徒の視線、そして言葉を受けていた女子。幸紀だった。幸紀は側にあった壁を破壊したらしく、その破片がパラパラと落ちていた。さすがの僕もこれには本気で驚き、表情にも出てしまっていた。しかし壊れた壁よりも怒ってる幸紀に驚いていた。実は今まで幸紀の怒り顔は初めて会った時にも軽い怒りならば見たことがあるが、今回のはその比じゃない。幸紀から放たれてる怒りは普段から知ってる者なら想像もできないほどのものだった。
「あなた達が私を心配してくれてることはわかります」
幸紀からは優しさ溢れる声が漏れる。だがそれには誰も反応ができない。なぜならば幸紀の声とは裏腹に目が全く優しさを帯びていない。
「ですが秋渡さんを侮辱することは私は相手が誰であれ許せません」
……なんだろう。僕はなんと思えばいいんだろう。喜べばいいのか?それとも幸紀の怒りを抑えればいいのか?
「で、ですが……」
おお、辛うじてまだ反論しようとする子がいる。その度胸は褒めるが……。
「なんですか?ちなみに地位のことなどは私は心配していません」
「え?」
だがここで先に先回りした幸紀が地位のことを言う。幸紀の言葉に驚いたのは一人ではなく、他の子もだった。そして僕もだった。しかしチラッと僕を見てきたが、何となくなぜかを察した。僕が目で好きにしろと伝えると幸紀は笑顔で軽く頭を下げる。そして再び女生徒達に向く。
「彼の立場、実は五神将です。だから地位で言うならば最高地位になりますよ。何せ今、五神将は総理大臣よりも立場は上なのです。なので地位のこと、強さ、他のことも他の普通の男性に比べたら優れています。……まぁ私はそんなの関係なしに大好きですけど♪」
言って幸紀は僕の腕に抱き付いてくる。それを見て僕はやれやれと思いながらも突き放したりはしなかった。幸紀はそのまま嬉しそうに抱き付きながら女生徒達を見る。
「と、いうわけです。いいですね?もし彼の強さを疑うのならば夏希会長に聞いてみてください」
「!そうさせてもらいます」
女生徒達は一目散に聞きに行った。どうやら全員が疑ったようだ。それに幸紀はぷくっと頬を膨らませるが僕はそれをツンツン突っつく。
「あんな奴等のことは気にするな。それよりも家に行くんじゃなかったのか?」
「あ、はい!こちらです」
言って幸紀は僕の手を引っ張って歩き出す。僕はそんなに楽しみなのかと思ってフッと笑う。誰かに手を引かれるなんていつ以来なんだろうな。前を歩く幸紀の顔は見えないが髪から覗き見える耳は赤くなってるのは気にしないでおこう。
それから少し歩いたら一つの家の前に着く。
「……でかいな」
思わず呟いたのは無理はないと思ってほしい。普通の一軒家に住んでる身からすると豪邸みたいな家に来るなんて想像もしてなかったからな。呆然とした姿に幸紀がクスリと笑う。
「さ、入りましょう、秋渡さん」
「あ、ああ」
僕は幸紀に手を引かれて中に入る。庭には様々な花が咲いていてとても綺麗でどこかいい匂いがする。
「ただいま戻りました」
幸紀が少し大きいドアを開けて中へ入り、僕もそれに続く。
「お邪魔します」
それだけ言ったが返事はなかった。が、ふと気配を感じて右側を見る。そこには長い黒髪をした僕や幸紀よりも年上だろうメイドがいた。
「お帰りなさいませ、幸紀様。そして、あなたが世刻秋渡様、ですね?」
「ああ。合っている」
「ようこそお越しくださいました。奥で旦那様と奥様がお待ちしています」
「……ああ」
「はい。ありがとうございます、椿」
「お褒めいただき光栄です」
ペコリと頭を下げ、椿と呼ばれたメイドは幸紀の荷物を持って去っていった。幸紀はそれを見送ってから僕を見、そして……。
「では行きましょう。お父さんとお母さんが待っています」
「いいんだが……僕、敬語で話すことが苦手だぞ?」
「普段通りで大丈夫ですよ。立場は秋渡さんが上なんですから」
五神将だから、か。五神将の地位は上なのは知ってたがそこまで高いとは思ってなかった。僕はフッと笑い、そしてカラコンを外してそれをコンタクトケースに仕舞ってそれを内ポケットに仕舞う。そして幸紀が歩き出して僕もそれに続く。しばらく歩き、一つの部屋のドアの前に立つ。幸紀がドアをノックしてから幸紀が「失礼します」と入る。僕も同じように言ってから入る。入った部屋は広く、まるで食堂のようだった。そこには二人の男女と四人の執事、二人のメイドがいた。この男女は幸紀の両親だろう。女性の方は幸紀に似ていることから容易にわかる。男性の方は威厳がありそうな顔立ちでいかにも厳しそうな性格をしてそうだ。
「ようこそ、世刻秋渡君」
しかし、予想外に優しい声で話しかけてくる男性。この人は……雨音財閥とそう勝らずとも劣らない企業で有名な長谷川俊明さんじゃねーか!長谷川って結構いるから普通よりもいい育ちをしてるだけかと思ったらそんなことなかったし!というか凛桜に通ってることで気付けよ、僕。
「初めまして、だよな?」
あ、敬語……忘れた。
「そうだね、一応初めまして、で構わないよ。それよりもこちらに来て座りなさい」
「あ、はい」
僕は幸紀と共に彼女の両親二人が座るテーブルに近付き、そこで執事の人が笑顔で椅子を引いて「こちらへ」と誘導する。僕は礼を言うと一礼してから元いた場所へ待機する。幸紀もメイドに同じようにされて僕の横に座る。と言ってもかなり大きいテーブルというわけじゃなくて丸いテーブルであり、隣は幸紀だけじゃなくて父親の俊明さんもいる。……なぜだろう、いつぞやの愛奈と久英さんの時のことを思い出す。
「ではまずは昼食にしよう。秋渡君の口に合うといいのだが……」
「それに関しては問題ないですよ」
僕が敬語でようやく返せたらなぜか俊明さんは眉をしかめる。……ひょっとして何かまずったか?
「おいおい、そう堅苦しくしなくていいぞ。君は将来義理とはいえ息子になるのだからさ」
「そうですよ、秋渡君」
俊明さんに同意した女の人は俊明さんの妻で名を早奈英と言う。しかしこの二人相手に食事を共にしてるだけでかなり恐縮ものなんだが……。発言については……気にしないでおこう。気にしてなるものか。
「それに、君は五神将の一人なんだ。我々よりも立場は上なのだぞ?」
俊明さんの言葉にハッとなったがよくよく考えたら親父と親友なんだから知っててもなんら不思議じゃない。
ともかく料理を堪能させてもらおう。
「うまい」
僕が料理をいくつか口に入れて咀嚼し、飲み込む様を執事の一人が落ち着かない様子で見ていたが、僕の感想にホッとしたらしい。むしろこれで不満なやつはもうどこに行っても何も食えないだろう。それほどに美味しい。
「ははは。彼は君が食べてくれたことと味付けが大丈夫かずっと不安だったそうだぞ!相手は五神将だからってな」
俊明さんが愉快そうに笑う。それにその執事さんも苦笑いをし、否定もしなかった。
「むしろこれで不満があるのならばそいつは重度の味覚障害の持ち主だと僕は思うぞ」
素直な感想を述べると俊明さんは笑いながら「違いない!」と言い、幸紀と早奈英さんも同じように笑っていた。いや、執事さんもメイドさんもみんなしてだった。料理担当の執事さんは照れたように笑っていたが、僕が「凄くうまくてまた食いたくなる」と言ったらなぜかめちゃくちゃ頭を下げられた。謝罪ではなく、光栄なんだそうだ。それを見てメイドさんにからかわれてたが、執事さんは頬を掻くだけだった。それを眺めながら僕は……。
「(こういった食卓も悪くはないな)」
と内心思っていた。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
恋「恋華です」
舞「舞です!」
ア「いよいよ卒業シーズンですね」
秋「そうだな。正直泣いた記憶はそんなにないが……」
恋「卒業どころか他の時でも泣いてないと思うわよ、秋渡」
秋「……まぁそうなんだが」
舞「さすがですね、お兄様。ならば泣いてたらその時の姿はさぞ稀少な光景でしょう」
ア「そうですね」
秋「僕の泣き顔なんて見ても面白味なんてないぞ?」
恋「(無邪気に泣いてたらそりゃギャップはあるんだろうけど……)」
舞「(お兄様の泣き顔、一度見てみたいです)」
秋「卒業と言えば冬美は何気にもうじき卒業なんだな」
舞「そうですね……」
恋「何度も秋渡のことで衝突したけど生徒を思いやる心は素直に尊敬できるわ」
秋「同感だ。次期生徒会長は誰になることやら」
舞「関沢会長以上の人が私達の学年にいるのでしょうか?」
秋「候補としては美沙だろうが……」
ア「さすがに色々と忙しいでしょうから無理でしょうね」
秋「ああ」
恋「卒業……か。あっという間なんだろうなぁ……」
舞「そうですね。今のうちにたっぷりお兄様に甘えておくとしましょう」
秋「今のは聞かなかったことにしておこう。卒業したらどうなるんだろうな、皆」
ア「秋渡君は色々と苦労しそうですね」
秋「……否定できないのが悲しいな。ま、そこまで悲観していないけどな」
恋「やっぱり色々強いね、秋渡」
舞「そこがまた魅力的です!」
秋「(幸紀との結婚のこともあるしな)」
ア「そろそろ終わりましょうか」
秋「そうだな」
ア「それでは……」
ア・秋・恋・舞「また次話で!」