第六十四話 婚約者!?
親父の言ってきたことは驚かない方がおかしい。婚約者なんて僕にいたのか?いや、それよりもなんでそれをずっと言わなかった……あー、最近思い出したって言ってたな。僕は寧ろそんな大事なことを忘れてた親父に頭痛がする。
「……冗談か?」
だがさすがに真に受けることができず、冗談かと思ってしまう。
『こんな冗談はさすがに言えねぇよ。前に友人から久しぶりに電話が来たと思ったら挨拶なしでなんて言ったと思うよ?』
「……なんだ?」
『「いつウチの娘と婚約させるんだ?」って言ってきたんだよ』
……さすがあの親父の友人だ。ストレートすぎる。
「それで、親父はなんて答えたんだ?まさか忘れてたって馬鹿正直に答えたのか?」
『あー、国に帰ったら息子に話すって言ったんだがさすがにそれだといつのなるかわからんから電話でもなんでもいいから話せって怒られてな』
そりゃ誰だって怒るだろうと僕は内心思いながらその友人さんに同情した。親父が日本に帰るのは当分先だろう。そんなに待てるわけねーわな。
「……とりあえず名前とかだけでも聞いていいか?」
『ああ。凛桜女子学園に確か通ってる子なんだよな……えぇっと……長谷川……なんだっけ?』
「凛桜!?」
僕は名前も気になったがそれよりも凛桜女子学園の生徒が相手ということに驚いた。あの学園の女子は男性をかなり慎重に選ぶはずだ。それは凛桜を知っている大体の人が把握していることだ。そんな凛桜に婚約者がいるなんて思いもしなかった。いや、そもそも婚約者がいることが思いもしてなかったことだ。
『うーんと、名前は……なんだったかな?あいつの名字が長谷川だからそこは覚えてるんだが……』
親父が悩んでる中、僕はふと長谷川と聞いて思い出した女子がいた。
「親父、一応聞くがその子の名前って幸紀じゃないよな?」
『おぉっ!そうそう、幸紀って名前だ!……ってなんでお前が知ってるんだ?』
「色々あってな」
『ふむ、こりゃ丁度いいや!仲はいいのか?』
「悪くはない」
『よし、長谷川に連絡しておく!あいつ、婚約者がいるのは話したらしいが名前までは伝えてないみたいだしな!』
「……僕に拒否権はないのか?」
『幸紀って子、かなり可愛かったろ?俺も写真で見たことしかねーけどよ、そんな子が婚約者なんだから喜べよ』
そこじゃなくて幸紀との関係を考えてみたら凄く気まずくなるのが目に見える。確かに可愛いのは認めるがな。
「はぁ……。ま、幸紀も相手が僕なら断るか」
『それはねーと思うぞ?』
「なぜだ?」
『気になるなら自分で聞いてみろ。じゃあそろそろ切るぞ?』
「……ああ。お袋にもよろしくな」
『おう!じゃあな!』
その言葉を言って親父から電話を切った。僕は爺と婆さんのことを報告して明菜のことを話せば終わると思ってたんだが……。とんでもない問題がここで発生した。とりあえず頭の中を整理するとしよう。大分混乱してるからな。僕はソファーに座って手で顔を覆う。
「(まさか幸紀が婚約者だなんて思いもしなかったな。ただ親父の最後に言ってたことからしてまだ僕ってことは知らないはずだ。だがこれで間違いなく幸紀とは友人の関係でいれるかがわからんぞ……)」
色々ごちゃごちゃ考えてたが、結局何も思い付かなかったため、時間をただ浪費しただけだった。舞と明菜が上がってきても二人の気配にも気付けなかったほどに悩んでいたみたいで舞には滅茶苦茶心配されてしまった。明菜はらしくないと言ってそのままテレビを舞と見始めた。
やれやれ、とりあえず風呂に入るか……。
ーー
「……にしても親父の話を聞く限りだと昔僕と幸紀はどこかで会ったことがあるのか?」
だが会ったことがあれば恋華も知っているはずだし僕も覚えててもおかしくはない。それに、幸紀も僕を知っててもおかしくはないが幸紀と会った時はお互い知らない者同士での会話だった。ということはやっぱり会ったことはないのか?
「……考えててもしょうがねぇ。明日夜に聞いてみるか」
僕はそう結論付けて風呂から上がった。
ーー
部屋へ戻るとスマホに幸紀から着信が入っていた。親父の行動力にはいつも驚かされるな。ベッドに座りスマホのロックを解除してから確認すると着信が来てたのはついさっきのようだ。僕は迷わずに幸紀にかけた。幸紀は五コール目くらいに出た。
『もしもし?』
「ああ、幸紀。さっき電話があったみたいだが……」
『あ、はい。少々聞きたいことが……その……あって……』
声が上擦ってることから電話越しでもモジモジしてるのが想像できる。ということは今さっき聞いたみたいだな。
「安心しな、その聞きたいことは大体想像できる」
『えっ!?そ、そんなにわかりやすかったですか?』
……幸紀の電話越しの行動が恐ろしいくらいわかりやすい。今は驚いて少し跳ねただろうな。思わずフッと笑ってしまった。
「いや、想像は付くが合ってるとは限らん。一応聞かせてくれ」
『は、はい……』
幸紀は少し深呼吸してるのか、間が空く。この時点で僕の予想は当たりだと思える。しかもこのタイミングだから余計に、な。
『しゅ、秋渡さんと私が婚約者であるってことです……』
「……やはりか」
親父も行動が早いが幸紀の父親も同じらしい。そういやさっき親父の口振りからして婚約をさせたがってるのは親父よりも幸紀の父親の方が上だな。やれやれ、まぁさすがに写真は送られてるだろうから少なくとも幸紀の父親にしてみたら僕は合格ラインなのかもしれんな。
「本当みたいだぞ。僕もさっき親父から初めて聞いたが……」
『そ、そうですか……。婚約者がいることは……わ、わかってたんですけど……』
「幸紀はどこまで聞いてるんだ?こっちは婚約者が幸紀ってことしか知らないぞ」
『私の父と秋渡さんのお父様が親友同士なのは知っていますか?』
確か親父は親友とは言わずに友人と言ってたな。照れてたのか?
「ああ」
『大学を卒業してお二人とも結婚して子供ができて異性同士なら結婚させようとしていたみたいです。双方の了承も得て。母と秋渡さんのお母様も承諾したらしいですよ?』
「……あのクソ親父なら考えそうなことだな」
そんなことを忘れてたのはどうかと思うぞ、親父。
『それで色々話してたはいいのですが父が転勤で遠くへ行ったらしいんです。そしたら行き先に着いて少しして私が産まれたそうです。私の誕生に父は大喜びでした。少し前に秋渡さんのお父様から秋渡さんが誕生したことを聞いてたみたいですから』
「……先に伝えていたのか」
『会えなかったのは数年後にまた父が転勤したことと秋渡さんのご両親が海外へ行ってしまったからだと仰っていました』
「なるほどな。さて、そんな親のことはいいとしてだ。幸紀、お前はどう思っているんだ?正直な感想を聞かせてくれ」
『わ、私の、ですか!?』
幸紀はどうしてか凄く慌てたようだ。ああ、いきなり聞かれたからか。と、僕は思うことにした。なんであれ幸紀が嫌ならば親父にこのことはなしと伝えた方がいい。仮に幸紀がいいって言うならば僕は了承してもいいとは思うが……。愛奈や冬美がうるさくなりそうだ。
『えっと……その……秋渡さんが嫌でなければ私はできたらな……なんて思っています……』
余程恥ずかしいのか、幸紀は少しぼそぼそと呟くようにそう言った。告白もされてたことからある程度予想はできてはいたがいざいいと言われると結構恥ずかしいもんだな。
『しゅ、秋渡さんは……』
僕の名を呼んで間が空く。恐らく聞くか聞かないか悩んでいるんだろう。
「ん?」
『秋渡さんはどう……思っていますか……?』
不安そうな、それでもどこか期待してそうな声で聞いてくる。何が、なんて言うのはここでは無粋だろう。さすがに僕でも理解している。だが僕は答えがあやふやなのもまた事実。どう答えようか……。
「……そうだな。悪くはないとは思っている」
『……そうですか』
何も答えないのは悪いと思い、とりあえずそれだけ答えると幸紀がふぅっと息を吐く音が聞こえる。安心したのか、それとも望んだ答えじゃなくて悲しがったのかはわからんが、少なくとも悪い答えは出していないと思う。
……僕もそろそろ冬美への答えも幸紀への答えも誤魔化して逃げていちゃダメだな。いい加減答えを出さなければ二人に悪い。それに愛奈だってあれだけ言ってきてるんだ。愛奈のためにもそれを考えた上で答えを出さなければならない。
僕は少しずつ時間がなくなっていることに徐々に焦り始めていた。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
恋「恋華です」
美「美沙です」
秋「急展開すぎて色々脳が追い付いてないぞ……」
ア「婚約者ですよ?しかも知り合いに」
恋「お、おじさん、どうして私を……」
美「う、羨ましいよ……。高校で会った私には不利……」
秋「幸紀を妻に、か。彼女にするかですら迷ってんのにな」
ア「告白されてましたからね」
秋「幸紀だけじゃない。冬美もだ。……返事を考えたりするのがこんなに大変だとは思わなかった」
恋「(わ、私も本気で動かなくちゃ!このままだと……)」
美「(容姿には少しは自信があるけど秋渡君が求めるのはきっと中身。もっと女子力を磨かなきゃ!けどそれでも早めに言わないと……)」
恋・美「(他の子に盗られちゃう!)」
秋「くっそ!あのクソ親父め!戻ってきたらボコボコにしてやる!」
ア「や、八つ当たりじゃないですか!?」
秋「例えあいつが泣いて許しを乞っても許さん!僕の平穏を奪った罪は重いぞ!」
ア「……それは秋渡君が棗君と戦ったのが最初の理由じゃ?」
秋「……それはそうかもしれん。だが婚約者のことについては許さん!」
恋「しゅ、秋渡落ち着いて!おじさんをボコボコにしても意味ないよ!」
美「そ、そうだよ!きっとわざとじゃないんだから!」
秋「それでもこの怒りは親父をボコボコにしなきゃ収まらん!」
ア「あ、あのー、そろそろ締めてもいいでしょうか?」
秋「はぁ……はぁ……。……そうだな、そうしよう」
ア「そ、それでは……」
ア・秋・恋・美「また次話で!」
ーー
秋「あ、このことを舞と明菜に説明しなきゃいけねぇ……」
ア「明菜さんはともかく舞さんは……」
秋「……何か言われるのは間違いないだろうな。はぁ……」