第五十二話 舞の兄
舞side
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お兄様が私達を保健室に残してから二十分くらい経ちました。最初はお兄様ならばすぐに撃退をすると思っていたのですが、敵は普通の相手ではなく、お兄様はめんどくさそうにしていそうですね。ですがお兄様ならば勝つのは確実でしょう。しかしまさか……。
「お兄様を掻い潜ってここに来るとは思いませんでした……」
赤い髪の女性が一人保健室にやって来たのです。ですがどう考えてもお兄様が敗れたとは思えません。だから掻い潜ってきたと思いました。赤い髪の女性は息を切らし、結構苦しそうにはしていますが……。
「あ、あなたの兄、ば、化け物過ぎるわよ!」
赤い髪の女性は着くなりこちらを睨んで文句を言ってきます。ただし、滅茶苦茶疲れていますが。しかしお兄様を化け物呼ばわりしたことに関しては捨て置けませんね。あんなに優しくて格好よくて強くてモテモテのお兄様のことを化け物呼ばわりしたことは許せません。私は赤い髪の女性と対峙します。
「はぁ……はぁ……」
……すでにヘトヘトなんですがこの人は大丈夫何でしょうか?演技という可能性も考えられますがどう見てもそれはなさそうです。というよりこの状態でよくここまで来れましたね。
「炎真、私達と戦うの?」
明菜さんが私の横に並び、ナイフを構えながら聞きます。それに炎真と呼ばれた相手はというと。
「ごめん、せめて少しだけ待って……」
未だに息を切らせていました。待つのは構いませんがね。理由ですか?待っていればその間にお兄様が炎真さん以外を倒してくるからです。お兄様は負けませんから。ですが明菜さんはやはり躊躇いがありませんでした。
「いや、敵対するならば待たない!」
ヒュッ!とナイフを複数個投げました。炎真さんは銃を取り出してナイフを銃の弾丸で撃ち落とします。いえ、辛うじて軌道をずらしただけですね。炎真さんには当たりませんでしたが後ろの壁に刺さりました。明菜さんならばこれはチャンスですね。
「はぁ……はぁ……」
「……炎真、どうやってここに来たの?」
「あ、あの男に雷紅達が攻撃して防御しか取れない状況にする……つもりだった」
「つもりだった?」
明菜さんの質問に意外とすんなり答えた炎真さんの言葉に生徒会長が反応しました。室川先輩と工藤先輩も同じように疑問の顔をしています。かく言う私も疑問です。つもりだったということはどうしたのでしょう?
「あ、あの男、スモークで視界を奪ったのに私に接近してきたのよ!?しかも雷紅達を捌きながら!」
「つまり足止めにはあまりならなかったと言うわけね」
声を荒げたことに反応せずに生徒会長は苦笑しました。雷紅さんと言う方がどんな人なのかはわかりかねますが強い人なんでしょうね。そうでないと説明がつきませんからね。ですがその人ですら簡単にあしらえるお兄様はさすがです。もっと早くお会いしたかったです……。
「あ、あの強さからして私の予想では『最後の五神将』でしょ!?」
「!?」
炎真さんの言葉に反応したのは生徒会長さんでした。五神将という言葉に対しての反応なのでしょうか?だとすればお兄様は五神将ということになります。あれだけ強いのならば納得はできますけど。私はお兄様がたとえ五神将であろうと今までと何も変わりません。変える必要もありません。
「ふ、ふふ……。どうやら当たりのようね……。だったら貴女達が真っ先に倒すべき相手は彼のはずよ!なぜ誰もそうしないの!?」
当たったことから正論を言ってくる炎真さん。ですがそんなのは関係ありません。
「私はお兄様を信じています。真っ先に倒す相手?私にとって真っ先に倒すべき相手はお兄様と敵対する者だと思っています。仮に五神将だとしても敵対する気でいるのならば私達をもっと早くから始末することも可能でした。ですがお兄様は始末することもなく私達を守ってくださいました。私からすればそれだけで充分です。ましてやもし私達を始末するのならばこの学校の生徒の危機を救ったりなんかしません。しかも相手は五神将です。普通の男性ならば下につくか逃げるところです。ですがお兄様はそんなことをせずに立ち向かい、そして撃退しました。だからこそ私はお兄様を全面的に信頼することができます」
私の話を聞いた炎真さんはポカンとしましたがそれもすぐになくなりました。薄く笑い、手に持っている銃を握る力が強くなった気がします。そして不適の眼差しを私に向けてきました。
「ふふふ、貴女が言いたいことはわかったわ。でも他の人達はどうかな?みんな貴女と同じように思ってるとは……」
「私も秋渡君を信頼しているわ」
炎真さんの言葉を生徒会長さんが遮りました。そういえばお兄様から聞いた話では生徒会長さんは何度か助けたと言っていましたね。
「なっ!?」
遮られたことよりも生徒会長さんの言葉に絶句する炎真さん。どうやらこんなに早くも思い通りに行かないとは思わなかったんでしょうね。恐らく生徒会長さんが助けられたのならば他の二人も同様ですね。
「くっ!あ、明菜は!?」
最後の希望のように明菜さんも聞かれます。しかし明菜さんはこれまた力強い目で炎真さんを見ていました。
「私はあの人のことはまだわからない」
明菜さんは俯き、目を閉じました。それを見ての炎真さんが口角を上げます。しかし明菜さんは目を開け、炎真さんを見る目は敵対心を持った心でありました。
「私はあの人から笑顔をもらった。希望ももらった。そして何よりも私を道具ではなく一人の人間として見てくれた!こんなに色々してくれた人を私は信じるわ!」
明菜さんの言葉に炎真さんは完全に絶句しました。そして遂に限界が来たのか銃口をこちらに向けてきました。しかし、その手は震えています。
「悪いんだけど貴女は私達が倒すわ」
生徒会長さんがベッドから起き上がり(かなり休んだからか足取りはしっかりしている)、室川先輩から刀を受け取り、鞘から刀を抜き出しまし、刃先を炎真さんへと向けます。生徒会長さんの横に室川先輩と工藤先輩も並び、短刀と剣を構えます。明菜さんもナイフを構えました。私は正直戦いはあまりできないので、おとなしく下がっています。
「……大口叩いておいて貴女は戦わないのね」
炎真さんが小馬鹿にするように嘲笑ってきました。……ええ、ですが戦えないのも事実なのでそれを受け止めます。おじいちゃんから少しだけ剣技を教えてもらいましたがとても実戦で通用するレベルではありません。教えてくれていたおじいちゃんも私にここに来るように言ったのでもう教われませんし……。
「言うだけ言ってそれは贅沢ね。それとも貴女じゃ私は相手にならないのかしら?」
小馬鹿にしていたのが完全に馬鹿にする態度になりました。私は唇を噛んでそれを聞いています。正直言ってかなり悔しいです。お兄様を侮辱され自分がこんなに馬鹿にされたことが。しかしここで怒ったのは私でもなく生徒会長さんでもなく明菜さんでもありませんでした。
「言うだけ言って、ね。なら僕と対峙していたのに今ここを襲ったお前にも言えるよな?」
私の大好きなお兄様が無傷でしかも息も乱すことなく炎真さんの背後からまるで瞬間移動をしたかのように現れたのです。銀色の綺麗な髪を靡かせながら、しかしその目には怒りが籠っていました。
「とりあえず僕の大事な妹を侮辱したんだ。覚悟してもらうぞ」
「お兄様!」
私は無意識にお兄様を呼んでいました。何故なのかは自分でもわかりません。ですがお兄様は私を見て頷きました。まるで『もう、安心しろ』と言われたように感じました。
ア「どうも!アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
明「明菜です」
冬「冬美よ」
秋「やれやれ……。舞達の所に敵をやっちまうとはな……」
明「雷紅達相手に一人しか突破させなかった方が凄いよ」
冬「しかも突破した相手もかなり疲弊してたわよ」
秋「そりゃあ多少攻撃を加えたからな。それでも避けられたのは痛いがな」
ア「つまり五人を相手してる中一人が隙を付いて冬美さん達の所に行ったのですね」
秋「ああ」
冬「やっぱり凄いわ……」
明「本当に敵にならなくて良かったわ……」
ア「一度相手にしたら誰もが思いますよ……」
冬「確かにそうね……」
秋「……なぜだ、凄く心が痛い」
ア「……終わりましょうか」
冬「……そうね」
明「……はい」
ア「では」
ア・冬・明「また次話で!」
秋「……今回の僕の扱いはなんなんだ?」